2-4 エリーナ、自己実現して泣く
「うそっ!?」
ぺたんこと座り込んだまま、ラップちゃんは口をあんぐりと開けた。
「ほ、本当に抜けちゃった……」
エリーナのバンシースクリームを喰らうと、デンドロリウムの根はぷるぷると震え出した。罠のようにラップちゃんの脚を咥え込んでいた輪が緩んだり締まったり。緩んだ瞬間、俺とエンリルが力任せにラップちゃんの体を引き抜いたのだ。「すぽっ」という漫画並の擬音が聞こえそうなほどあっさり、デンドロリウムは脚を離した。
エリーナが叫び終わっても脚が抜けた「輪」の形のまま、気根は固まっている。
「で、できましたっ!」
ラップちゃんの足下にしゃがみ込んでいたエリーナが、俺を見上げた。嬉しそうに顔が輝いている。
「あ、あたしでも役に……立てました……平……さんの」
瞳がつと潤むと、涙の粒がぽつんと落ちた。
「できそこないの……あ……あたし……でも……」
あとは言葉にならなかった。涙が次々湧いてきては、ころころと流れ落ちてゆく。
「……平くん」
吉野さんにそっと押され、俺はしゃがみ込んだ。そのままエリーナを抱いてやる。
「平……さん……」
俺にしがみつくようにして、エリーナは嗚咽している。この娘、過去が不幸だったからな。自己肯定感が低いんだろう。俺の仲間になってからも、どこか遠慮がちなところがあったし。
「よしよし。お前は……いい子だ」
それに過去がどれだけ不幸だったとしても、ついこの間、俺の新しい嫁に迎えたばかりだ。俺が守ってやって愛してやるんだ。不幸な記憶なんか、俺が全部上書きしてやるからな。
「平……さん……」
エリーナの涙を、俺は胸で受けた。俺の服に、熱い染みができてゆく。
「ラップちゃん……これ」
アイテムバッグからポーションの瓶を取り出した吉野さんを、俺はやんわりと手で制した。抜けたとはいうものの、ラップちゃんの太腿には締められた赤いアザが残っている。
「……?」
不思議そうな顔で、吉野さんが手を止めた。
「ラップちゃん、これじゃ」
図書館長ヴェーダが、自分のポーションを取り出した。ラップちゃんの脚に掛けている。
「……」(そっかー……)
吉野さんが、俺にこっくりと頷いてきた。そうです……と、俺も瞳で返事する。
なんたって、ヴェーダはラップちゃんにベタ惚れしてる。だからこそあの歳でこんな危険な火口を垂直下降して助けに来たんだし。なら少しは花を持たせてやりたいじゃないか。同じ男として。
ポーションの効果で、アザは見る見る消えていった。
「よいしょ……っと」
立ち上がると、ラップちゃんは腰の土をぱんぱんと払った。
「ふう……」
脚を上げたり下げたり、ストレッチを始めた。
「ずっと同じ姿勢だったから、体が固まっちゃったよ」
ようやく微笑む。エリーナを抱いたまま、俺も立ち上がった。
「ありがとうね、平さん。そしてヴェーダもみんなも。……助かったよ」
「トイレ行かなくて平気か。何日も拘束されてたんだろ」
「やだもう……」
俺の冗談に、顔を赤くしている。
「レンバスブレッドと含露丸だからね。余分な成分はないから、全部体に吸収されるんだ」
「そうなんか。便利なもんだな」
さすがはエルフ神秘の携行食物だ。なんやら知らんがハイエルフであるトリムも、自慢げに胸を張ってるし。
「大変だったな、ラップちゃん」
「そんなことないよ、平さん。……ほら」
握っていた手を開く。グミほどの赤い実と、スイカの種くらいの黒い種がたくさん握られていた。
「デンドロリウム幻の実と種、しっかりもらっちゃったし」
「……やるなあ」
思わず苦笑いさ。自分で宣言してたとおり、スクリームでデンドロリウムが呆然としてる間に、実と種をいくつも引っこ抜いたのか。さすがは歴戦の……は変か、ともかく経験豊富な旅商人だけある。
「後で平さんやヴェーダにも分けてあげるね」
「これって、どんな効果があるんだ」
「まず延命。寿命を延ばす効果が大。それに……精力増進、健康増大。……まあ、権力者が欲しがる奴だから、たかーく売れるんだ」
なるほど。そりゃ男にとって夢みたいなもんだわ。
「平さんと吉野さん、それに姫様が食べるといいよ。他のお嫁さんはみんな長寿だからね。ヒューマンの三人は寿命を合わせないと。それに……」
にっこり微笑むと、ヴェーダの手を両手で包んだ。
「もちろんヴェーダも。あたしの友達だもん。これからも仲良くね。ズッ友だよ」
「ラップちゃん……」
ヴェーダの瞳が潤んだ。
「そんなにもわしのことを──」
「ところで平さん、もうひとりお嫁さん、どう」
ラップちゃんは、とんでもないことを言い出した。