1-2 馬車の旅立ち
「さて……徘徊老人の行方は……と」
馬車の御者席で、タマゴ亭さんが、視線を落とした。手には銅色の円盤が握られている。魔導徘徊監視システムのモニター、その広域対応版なんだと。
「東のほうだよ、平さん」
「よし……。始めろ、トリム」
「うん」
トリムが手綱を握ると、俺達の馬車は進み始めた。王都の大通りを、東門に向かって。
「なかなか乗り心地いいな、これ」
あんまり揺れない。乗り込む前に下を覗き込んだら、車軸に板バネが付けられていた。トラックのように。一応サスペンションはあるってことだ。でもそれだけでこんなにスムーズなはずはない。
「そりゃあね。父上が誂えてくれた王室特注馬車だし。魔法で色々加護されてる。振動も」
「見た目もちゃあんと地味な感じに偽装されてるしね。目立たないように」
俺の胸から、レナが見上げてきた。
「だなー」
振り返ると俺は、荷室の状況を確認した。十二人と旅荷物を載せる馬車だけに、荷室は広い。棚があれこれ設けてあって、大量の荷物もきちんと整頓されていた。旅では基本、宿屋に泊まる算段ではあるが、山道などでの荷室泊にも対応できるようになっている。
とはいえまあ俺達は、いつでも現実世界に飛べるからな。毎日マンションのふかふかベッドでぐっすり寝てもいいわけで。留守の間も山賊に荒らされないよう馬車には、結界の魔導処理が施されている。
みんな適当に車座になってなにかしている。なんかひそひそ話でくすくすしてたり、クッキーや果実をつまんでたり。吉野さんはタマと抱き合ったまま昼寝中。昨日寝不足にしちゃったからな。
「平さん、門に着くよ」
「ああ」
馬が脚を緩めると、衛兵長のじいさんが近寄ってきた。笑いながら。
「やあ平殿。今朝出発と聞いておったが、少し遅くないかね」
「まあ……ちょっと」
「平さんが昨日、食堂の味見を遅くまで頑張ってくれてね」
タマゴ亭さんが付け足してくれた。
「ああタマゴ亭の……」
「うまいですからねー、あそこは」
若い衛兵も頷いている。
「そうそう。ほら、しばらく王都から離れるからさ。あたしも平さんも」
「店長が居ないのは大変だな」
「大丈夫、ニーラさんがいるから」
「それもそうか」
タマゴ亭さんがヴェーダ王女であることを、大門の衛兵は知らされていない。
「……にしても」
荷室を覗き込むと、苦笑いした。
「平殿のパーティーは賑やかじゃのう、いつも」
「のんびりしてますねー。寝ているの、吉野さんですよね。王室客人の」
「ご主人様が昨日寝かせなかったからねー。なにしろモガー」
レナの口を塞いでやったわ。余計なエロトーク挟むなし。
「まあ……パーティー仲がいいのは、いいことじゃで」
「いいなあ……」
若い衛兵は、涎を垂らさんばかりだ。
「大丈夫。あたしがちちう……王様に頼んでおくよ今度。衛兵の合コンをセッティングしろって」
「た、助かります、タマゴ亭さん」
涙を流さんばかりだ。にしても合コンとかセッティングで通じるの凄いわ。さすが日本人の妄想から生まれた異世界。なんでも話が通るな。そもそも日本語で話してるしさ、俺達も。
「開門しろーっ」
衛兵長が怒鳴る。見た目じいさんなのに生命力に溢れた、すごい声量。さすがは王都大門の衛兵長だけあるわ。
「はいっ」
高い塀に巨大な門。人力での開閉など無謀極まるが、この大門は魔導力で補完されており、衛兵数人での開閉が可能だ。もちろん敵の接近時などは補完を中断の上、逆に魔導ロックが掛かる。
ぎいぎいという軋み音と共に門が開く。
「平殿、また……」
衛兵長の言葉と共に大門が閉じ、俺達の馬車はフィールドに進んだ。
「この瞬間は、いつもわくわくするよねー、平」
トリムが微笑む。
「いよいよ冒険に進むんだーって期待感で」
「そうだな、トリム」
抱き寄せてやった。
「まあゆっくり進もう。いちゃつきながら」
「もうっ。くすぐったいよ」
身をよじっている。
「馬を導くんだから、今は止めて」
「平さん。そういうのは夜にしようよ」
タマゴ亭さんに、やんわりたしなめられた。
「ここはあたしとトリムちゃんで見ておくから、荷室で休んだら。誰か……ブランケットにひっぱり込めばいいじゃん」
「いや、いくらなんでも真っ昼間からは……」
「とか言いながらご主人様、荷室ガン見してるじゃん。……誰か決めた」
「決めとらんわ、アホ」
レナをデコピンする。
「そういうのはしない。まだ王都近郊だ。人通りも多いし。……でもまあ、昼寝はしようかな」
いやマジ、エロ展開は無しだ。もふもふのタマを抱きまくらにして居眠りするくらいがいいんだがタマ、吉野さんと抱き合ってるしなあ……。よし決めた。ケルクスにしよう。ダークエルフの魔法戦士は筋肉質とはいうものの、胸は柔らかいし。あの胸に溺れながら眠るわ。たしかに昨日、朝まで頑張ったから、俺だって眠いし。
「平ったら、黙りこくっちゃってさ。なに考え込んでるの」
トリムに笑われた。
「邪魔だからとっとと後ろに行って。あとついでにケルクス呼んできて。あたしとケルクスで当面、馬車を操るから」
「エルフふたりに任せておけば、安心だよねー。野山や獣に関してはプロみたいなもんだし」
涙ぐんだ俺をよそに、タマゴ亭さんと盛り上がってやがる。くそっ。ええもういいわ。独りで眠るから。