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5-5 三木本商事開発部I分室に、嫁を連れて行く

「そんで今日はなに。あたしに挨拶とか?」


大昔の事務用チェア、いわゆる「先生チェア」をくるっと回し、マリリン・ガヌー・ヨシダ博士は、俺と連れを見つめた。


 新富町。三木本商事開発部I分室──と偉そうな名前だがだだっ広いだけの元水産倉庫。マリリン博士がいつもどおり、俺達を待っていた。俺と吉野さん、キラリンとレナといういつもの面々に加え、今日はタマゴ亭さんも連れてきている。


「まあそんなところです。知っての通り、俺と吉野さんはもう、三木本を辞めるので」

「あんたがいつまでも社畜なんかできるわけないもんね。頭おかしいから」

「余計なお世話だ」


 あんたこそまだ十代の、ガチのキ○○○博士だろうが──と言いたかったが、とりあえず我慢する。今日はお願いに来てるからな。下手に出ないと。


 社長が青筋立てて怒鳴る中、俺と吉野さんはなんとか辞職日程を詰めることに成功した。自筆の退職願だけどさ、コピペじゃなくちゃあんと自分の言葉で書いたよ。室長にも釘刺されてたし。でも文中でハゲに感謝とかなんとかハゲハゲ連発したから読んだ社長、マンガかってくらい青筋が立ってて笑った。いやただ俺、「自分の言葉」で書いただけだし。まあ……もちろん書き直させられたけどさ。半分冗談で出した奴だし、当然だ。


 いずれにしろ辞職内示が社内掲示板に出るのは、辞職当日。今からひと月くらい後だ。だから辞職の件はまだ社内で公になってはいない。


 ではあるがまあなんたって、俺と吉野さんが辞めるんだ。どこからともなく漏れた噂は既に社内を走っており、事実上もう公然の秘密状態になっている。なんたってあの山本が連絡してきたからな。ふたりの「卒業」記念の同期会を開きたいって。


 いやお前、またぞろつまんない政治ムーブなんて止めて、異世界で真面目にやれよ。一度下手打ったって言ったって、なんたって新天地だ。挽回のチャンスはそこらに転がってるじゃん。


「ふーん……」じろじろ


 タマゴ亭さんの体を上から下まで、無遠慮に眺め渡す。


「あんたが噂の、異世界の姫だね。シュヴァラとかいう。それで遺跡の異世界通路を起動し独り、こっちの世界に転生した。それも……時間軸すら超えて」

「はい。お会いしたことはありますよね、博士。三木本商事社内で」

「三木本偉いさんとの会議は退屈だからねー。アホくさい段取りがどうのばっかりで。あんたが配ってくれる弁当だけが楽しみだったよ、タマゴ亭さん」


 微笑みかける。


「異世界からの転生者は興味あるねー。ほら、スカートとパンツ脱いで」

「は?」

「実験用に卵子もらうから。吉野さんも、今日こそパンツ脱いでね」

「あの……」


 城壁蹴破り伝説を持つお転婆姫も、さすがに呆れてるな。もう慣れてるんで、吉野さんは普通にスルーしてるけど。


「それはちょっと……」

「でもあんたも吉野さんも、平くんの子供産むんでしょ」

「ええ……いずれ……多分……」


 ちらと俺の顔を見る。


「もしかしたら……すぐ」

「あたしが先に作っといてあげるよ。体外受精で。……幸い平くんの精液、大量に冷凍保管してあるから。それにDNAの塩基配列はぜーんぶ解析した。なんなら平DNA化学合成も、もうできるし。あと通常細胞のミトコンドリアから、ミトコンドリアDNAも取り出して解析した。あれ、普通の遺伝情報じゃないからね。面白いことがわかったよ。平くんのミトコンドリアDNAにはなんと──」

「もういいっしょ。ふたりとも呆れ返ってるじゃないすか」


 俺は口を挟んだ。ほっとくとこの人、延々話し続けるからな。わけのわからない謎科学のタワゴトを。


「それにホムンクルスは禁止したでしょ、博士」

「大丈夫だよ、平くん。あんたが異世界で死んだらクローン創る。言ってみれば保険だし。吉野さんを未亡人にはさせない。平二号が面倒見るから。生活もベッドも。だから安心して地獄に落ちて」


 とんでもないことを言い出す。死んでたまるか。


「ああそうだ。どうせならキングギドラみたく三本生やらかそうか。同時に三人相手できるように。あんた、嫁多いんでしょ」

「バケモンにする気か、俺を。それに死んだ後で吉野さんが誰かのものになるなんて嫌だ」

「あんたのクローンだよ。あんたのものじゃん吉野さんは永遠に」

「別の俺でも、なんか嫌」

「ならまあいいわ。今回は諦めて、ちゃあんと人間の赤ちゃん創るから」

「そっちは余計悪いわ、アホ」

「ママ、あたしもパパの赤ちゃん欲しい」

「あらー……」


 キラリンの頭を、マリリン博士は撫でた。


「あんたもいつの間にか色気づいたねー。なら卵子もらうか。……あんたはそもそもあたしの卵子を使ったからあたし、平くんの義理の母親ね、ぐふっ」


 俺を見て。


「ならせっかくだから、あたしにも種付けてもらおうかな。平くんも、子供多いほうが楽しいでしょ」

「いらんわ……てか、体外受精は禁止だ」

「そう。じゃ生身に放精してもらうわ。シャケだってそうやるじゃん」


 白衣をするっと足元に落とすと、シャツのボタンに手を掛ける。いやシャケといっしょにすな。


「博士、とりあえず今日は話を聞いて下さい」


 いつまで経っても埒が明かないからなー。このままだと。俺のこと激流の鮭扱いだし。


「あら、なによ」


 やっと諦めてくれた。俺達のコントを、レナはにやにや笑いながら鑑賞している。サキュバスってのは趣味悪いよな、マジで。


「俺と吉野さんは三木本を辞める。当然、異世界Iツールも返却することになる。三木本の全員が、俺達はもう異世界に行けなくなると思ってる。……社長も含め」

「だよねー」

「でも俺にはキラリンがいる。異世界Iツールが俺の妄想の影響で人型化した、俺の使い魔が」

「あたしはパパのお嫁さんだよーっ」ぷくーっ

「そう怒るな。ちゃんと今度嫁にしてやるから」

「本当? ならキングーと一緒がいい。あの子もすっごく待望してるし」


 いやロリとショタ同時嫁かよ。まあキングーはもうほぼ女体化してるけどさ。


「それでですね」


 強引に話を元に戻す。今日はなんだか疲れるな。


「俺達は今後も、異世界と現実を行き来する。中心は異世界暮らしにしますが」

「うん。いいわね」


 俺は説明を続けた。異世界には三木本の探査チームがいる。当然俺と吉野さんがあっちにいることはすぐバレる。


「異世界で転送装置を手に入れたことにします。まあ実際、キラリンの経緯はそんなようなもんだし」

「いいね」

「そこに問題があるんです」


 吉野さんが口添えしてくれた。


「私や平くんが、異世界と現実を自由に行き来している。三木本社員という立場を離れて。もちろん、国の探査事業とも無関係に」

「つまり、外から見れば、俺達は『なんでもできる』立場に見える」

「有象無象が群がってくるねー、当然」

「そこです」


 さすが博士。アレとはいえ頭は切れる。


「異世界利権や直裁な利益を求めて、いろんなオファーがあるでしょう」

「だから私と平くんは、マリリン博士にエージェントになって頂きたいんです」

「窓口になってもらいたいわけね。代理人に」

「ええ。博士なら信頼できる。馬鹿共は煙に巻くか叩き出してくれるでしょ。その頭脳とアレな装置を使って」

「あらあんた、あたしのこと尊敬してるんだね。ぐふっ」

「そりゃもう」


 まあ尊敬はしてる。少なくとも、その頭脳は。性格は……その……アレだが。


「異世界採掘物の窓口は、もう決めました。天猫堂という宝石商に。人間の窓口を、博士に頼みたいんです」

「そうね……」


 珍しく、博士が真面目な表情になった。


「あんたらの居ない三木本なんて、退屈だからねー。あたしも少し距離を置こうかな。……でもあんたら、三木本が本当に離してくれたの」

「完全には無理でした」


 俺と吉野さんは事実上、世界トップの異世界冒険者。三木本という紐が無くなれば、後釜に座りたがる企業だの団体は多い。そう容易に想像がつく。だから社長は俺と吉野さんに「三木本異世界アドバイザリースタッフ」契約をさせた。コンサルよ、早い話。


 といってもライバルを寄せ付けないための肩書で、主要目的は秘密保持。それと野犬が他の飼い主に懐かないための首輪だ。だから業務としては年数回、社長と茶飲み話する程度なんだけどさ。少しでも雑音を遠ざけたいんだと。


 ちなみに無報酬だ。別にもうがつがつ稼ぐつもりはないし、税務申告が面倒だからな。嫁と一緒に楽しく暮らせれば幸せなんだ。それ以上の金なんかいらん。今あるダイヤをゆっくり売るだけで充分だしさ。


「アドバイザリー契約がある。『三木本と繋がっている』イコール『三木本に情報が筒抜け』だ。俺と吉野さんに来る他社のオファーは、ごそっと減るはず」

「……でも、それにめげずにトライする連中を、あたしに手玉に取ってほしいわけね」

「そういうことです」

「よしわかった。手玉に取るのなら得意だし」


 うんうん頷くと、博士は立ち上がった。


「なんなら平くんに繋ぐ報酬として、全員の前立腺液を取ってもいいな。女子なら卵子」

「あ……ありがとうございます」ピクピク


 まあ実際、この博士相手なら相手もビビるから、うるさい勧誘はかなりふるいに掛けられると思うんだよな。だからこそエージェントにしたかったわけで。それにキ○○○とはいえ、博士は天才だ。海千山千のクソ共をうまいことさばいてくれるだろうしさ。


「契約書は一応、用意してきました」


 吉野さんが、書類をテーブルに置く。


「企業法務専門の弁護士を入れて、穴のない内容にしてあります」

「いらないいらない」


 首を振った。


「平くんや吉野さんとあたしの仲じゃない。平くんにはあたしの愛娘、キラリンも預けてあるし。信義と有情に基づく関係だもの。ただ……引き受ける代わりに……」


 博士デスクの引き出しから、医療用ラテックス手袋を取り出すと、右手にぱちっと装着した。


「脱いで。平くん。今日も前立腺肥大のチェックしてあげるから。男の子は全員、肥大するからねー、いずれ」

「……」


 いや前立腺肥大するの、五十代とかだろ。俺まだ二十代だぞ。……この野郎、また肛門から前立腺刺激して、俺の精液採取するつもりだな。研究用に。


「いいでしょ。前立腺ガンにならないよう、あたしがこれから一生、観察してあげるからさ」

「……」


 いやキ○○○博士に一生飼い殺しにされてケツに指突っ込まれまくるとか、どんな地獄だよ。


 困り果てて見回すと、吉野さんもタマゴ亭さんも「まあいっかー、減るもんじゃなし」という顔。キラリンやレナはもちろん、博士の行為は大賛成。俺の味方、ひとりもいないじゃん……。


「くそっ」

「ぐふっ。今日は諦めいいわね」


 博士の手が、俺のベルトを外しにきた。続いてパンツを下ろす。


「これからもよろしくね。いずれ……あんたはあたしも嫁にするんだから」

「は? そんな予定は──」ずぶっ


 アッ──! という俺の叫びが、だだっ広い元水産倉庫に響いた。やまびこを呼びながら。



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