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6-2 第三階層の謎

「このフロアは特殊じゃのう……」


 ダンジョン第三階層。注意深く、俺達は一歩一歩進んでいた。


「モンスターがおらんわい」


 ドラゴンの杖を器用にくるくる回すと、エンリルはトンと地面に突き立てた。


「力を持て余すわ」

「まあいいじゃないか、エンリル。お前の力は、俺達にとってはいわば切り札。婚姻形態とはいえ、お前は神話上のモンスター、ドラゴンロードだからな」

「ふん……」


 エンリルは溜息を漏らした。


「聖魔大戦で力を振るった我が母のように暴れ回りたいわい」

「エンリルを産んだということは、誰か人型種族から婿を迎えたんだな」

「そうじゃ。母は余を産んでまだ間もないというのに聖魔大戦に参戦した。この世界を守るために。そして……死んだ」

「……」


 みんな黙った。


 最強モンスタードラゴンロードが倒されるほど、厳しい戦いだったのだろう。


「お母様、お気の毒です」

「いいのだふみえよ。余の母は衰えておったからのう。……余を産んで」

「産後で調子が出なかったのか、エンリル」

「それは……」


 エンリルは詰まった。俺をじっと見つめている。


「まあ……そのようなものじゃ」

「頑張ったんだな。それにしてもそれでよく、こっちの側が勝てたな」

「勝てた。……ただ、勝ち切ってはおらん」


 エンリルは言い切った。


「敵方の大将のマナを削り切って封印したのだ。もはや復活はない。その意味で、事実上の勝利ということだ」

「エンリル、お前の父親は誰なんだ」

「それは……もういいではないか、平。お前には無関係だ。もちろん余ともな。余が産まれたときにはとうに亡くなっておった。余の腹の仔をお前が見られないのと同じよ」

「寿命が違うから……か」


 エンリルが俺の子を産むとき、俺はとうに死んでいる。たとえ戦いに倒れなくとも。老衰で。それだけ、ドラゴンの妊娠期間は長いらしいからな。


「それより、このダンジョンの話をせんか、平よ。余の感じるところ、このフロアにモンスターがおらんのは、なにか理由がある」

「……たしかに、少しヘンね……」


 吉野さんも眉を寄せている。


「でもその分、罠がいーっぱいあるよ」


 俺の胸から身を乗り出して、レナが両腕を広げてみせた。


「たしかになー。嫌な階層だ。……よし」


 俺は決断した。


「ここでしばらく休憩にしよう。罠の連続でリズムが狂った。落ち着きたい」


 壁を背にみんなで座り、茶を回し飲んだ。


「それにしても……」


 キングーが溜息をついた。


「本当に罠満載フロアですね、平さん」

「ああ」

「ワープの罠がヤバい」


 抜かりなく部屋の奥に視線を投げながら、タマが口にする。


「小部屋に入った途端、まるっきり同じ構造の別の部屋に跳ばされるとか。……あたしの嗅覚でも判別が難しいし」

「通路でのワープもあったのう、甥っ子よ」


 サタンはナッツを口に放り込んだ。キラリンとふたり、こそこそおやつを持ち込んでいるのだ。休憩のときに仲良く分け合って食べている。


「底意地の悪いフロアなのは確かだな」


 ドラゴニュートの長、ドライグも、苦虫を噛み潰した表情だ。


「ランダム生成ダンジョンだけに、時折このような確率の偏りが生じるのはわかってはいるが……」

「それだけでしょうか、平さん」


 バンシーのエリーナも唸っている。


「運命の偏りで、これほど罠が集結するとも思えません」

「あるとしたら、かなりの偶然ね」


 吉野さんが頷いた。


「でもいいじゃん。あたしがついてるっしょ、お兄ちゃんには」


 キラリンは意気軒昂だ。まあ実際、キラリンは元異世界ツールだっただけに、「座標記録の鬼」だからな。ワープしてもすぐ座標の違いを感知するから、少なくとも「迷いの罠」には、俺達はひっかからない。むしろこのフロアの地図が順調に完成していくわけで。

 俺達にはキラリンという座標記録の鬼がついてるからすぐわかったけど、そうでないと迷路で迷った末に遭難死だろう。


「まあなー。助かってるよキラリン」


 ややこしい迷路状のフロアを、キラリンは着々とマッピングしてくれた。「そこ右」「こっちは前通った」とか、適切な指示を出してくれる。


「へへーっ」


 喜んでるな。


「でも気を抜くとまずい。……ワープの罠だけじゃないし」

「悪意の塊だな、このフロアは」


 タマは首を鳴らした。


「罠満載の宝箱ばかりよね、タマちゃん」

「そうです、ふみえボス」


 このフロアには宝箱があちこちにある。これが全部罠。笑っちゃうよもう。開けると毒矢が飛び出るとか爆発する、あるいは死の呪いがかかるとか、そんなん。これはあっさりサタンが見抜いてくれた。なんせおこちゃまとはいえ魔王だからな。邪悪な罠方面は得意中の得意だ。


 それにそもそも、俺達は宝を探しに来た冒険者じゃない。だから仮にガチ宝箱だとしても開ける必要はない。罠だろうと本物だろうと無視すりゃいいんだから、対処は簡単だ。


「でもまあ、罠としては比較的単調よね、ねっ平くん」

「そうですね、吉野さん」


 罠でよくあるのは、作動スイッチを踏むとモンスターが両側にポップし、通路で挟み撃ちに合うとか、そういうのだ。だがこのフロアにそれはない。モンスターがとにかく出ないのだ。


 おそらくなにかの意図の元にそうしているのだろうが、中々不気味だ。ワープと宝箱の罠ばかりで単調。多分だが、それだけで侵入者を殺せると思ってるのかもしれない。実際、どちらも致命的だしな。


「さて、そろそろ進むか」


 立ち上がると俺は、腰の砂を払った。


「モンスターが出ないなら、それはそれでこちらに有利だ。今日中にこのフロアの最深部まで進み、キラリンにマーカーを撃ってもらって地上に戻る。ドライグを村に戻し、俺らはマンションに帰還だ。今日の晩飯は出前にしよう」

「ピザね」


 キラリンが即断。


「あとお寿司。それにナポリタン」


 サタンが追従。


「それにデザートはプリン!」

「いいねいいねー」


 ふたりで盛り上がってんな。


「わかったわかった。ケーキも好きなもの頼め、みんな」


 スイーツの話になるともう、エンリルからタマまで幸せそうな顔つきとなった。やっぱみんな女子だな。


「ナポリタンは私が作るわ、平くん。一度にたくさん作るの、非日常で楽しいのよ」

「あたしもふみえボスの助手をしよう。野菜を剥いたり……」

「では進む」


 全員準備が終わったのを確認して、俺は皆を見渡した。


「いいか、ここまで罠しかなかったとはいえ、油断するなよ。罠は注意を逸らせるためで、最後の部屋に中ボスが控えてるとか、ゲームのあるあるだからな」

「ゲームって……」


 ドライグが首を傾げた。悪い悪い。俺や吉野さんの世界の話だわ。


 そうして俺達は進み始めた。警戒フォーメーションを崩さないまま。注意しつつ、俺は晩飯のことを頭の隅で考えていた。どこの出前を頼むか、とか、量をどうするか、とか。なんせ俺のチームはもう九人もいる。飯の組み立てもそれなりに大変なんだわ。


 そうして三十分も進んだだろうか。俺達はまた小部屋の扉を開けた。中はここまでの小部屋と大差ない……というかどれも同じだ。


 注意深く部屋の中央まで進んだところで、先陣を取るタマの脚が止まった。


「まずいっ!」


 振り返る。


「ボス、床がなにか変だ。細かく振動して――あっ!」


 突然、俺達の足元が崩れた。大規模に。部屋全ての床が抜け、俺達は第四階層まで落とされた。第四階層は、紺色に輝く奇妙なダンジョンだった。床も壁も天井もつるつる。全面が輝いている。だが、観察する間もなかった。第四階層の床も崩れ、俺達は瓦礫と共に第五階層まで落ちた。そこでまた床が崩れる。


「身を守れっ!」


 轟音に負けじと、大声で叫んだ。


「大崩落だっ。どこまで落ちるかわからんっ! 瓦礫だ。頭を抱え、ダメージを減らせっ!」


 もう体もくるくる回り、どちらが上かもわからない。


「罠なの、これっ!」


 吉野さんの叫びが耳に入る。


「お兄ちゃん、ダメだよ、ワープできない」


 キラリンの悲痛な声。


「崩落はいつか終わる。みんな頑張れっ。できる奴は、詠唱準備。止まったら即、詠唱。補助魔法と回復魔法だっ」


 ガラガラとした崩壊音と振動に、俺の声も掻き消される。


 どのくらい落ちていたのか。ふと気がつくと、俺は地面に転がっていた。どこともわからぬ地面。周囲は真っ暗。土埃に俺は、半ば埋まっている。


「……くそ」


 倒れたまま、手と足の指を動かしてみた。動く……。なんとか、俺は身を起こした。


「みんな……大丈夫か」

「う……ん」

「ええ」

「婿殿……」

「ここの地面が、大量の土埃に覆われていたんだよご主人様」


 レナの声がした。


「だからクッションになったんだ」


 不幸中の幸いってことか。


「誰か……トーチ魔法を」

「ボクが……」


 レナの指が輝くと、俺達の頭上に巨大な光球が現れた。


「全員、怪我の程度を申告しろ。後衛は治療開始っ」

「平くん、あれっ!」


 吉野さんが、俺の背後を指差している。


 そこには……巨大な影があった。大きな部屋の壁に、ゆらゆらと揺れて。闇色の影が。


「こいつは……」

「ご主人様、中ボスだよっ」


 レナが俺の胸を叩く。


「このダンジョンの主に違いない。戦わないとっ!」

「確認中断っ」


 即座に、俺は叫んだ。味方の状況もまだわからない。誰が怪我していて、戦闘能力がどれだけ残っているのかも。落下により、位置取りも滅茶苦茶なのもはっきりしている。それなのに即時戦闘に移らないとならない。どう見てもボス級の、この謎のモンスターに向かい。


「戦闘準備。フォーメーションを組めっ」


 俺の大声は、魔法の轟音に掻き消された。謎の影の前に、小さな氷の珠が浮かんでいる。それはどんどん大きくなった。二メートルほどにも。その珠は、凄い速度で発射された。まっすぐ。俺に向かって。




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