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4-1 魔道士の隠れ神殿

「婿殿」


 舳先に立ち海岸を眺めていたケルクスが、俺を振り返った。


「桟橋が腐っておる。上陸はあたしに任せよ」


 それだけ言い残すと、ひらりと飛び降りる。さすがはダークエルフ。トリム同様に足場の怪しい土地を進むのは得意だ。腐っていない場所を選んで歩き、タマが投げたロープを桟橋に固定された切り株にもやい結びした。


「やっと着いたわね、平くん。魔道士が隠棲する隠れ神殿に」


 桟橋の先、狭い浜から森に向かい、細い道が続いている。その先は木々に隠され、なにも見えない。道がなければ、先に人が住んでいるとは、誰も思わないだろう。その道にしてからが、海が閉鎖されて長い間誰も通らなかったせいで雑草が茂り、かろうじて道とわかる程度だ。


「ええ、吉野さん」

「平ボス、はしごを下ろした。いつでも下船できる」

「ありがとう、タマ」


 全員、はしごの前に並んだ。


「桟橋の木板が腐っている。先にケルクスが立つから、あいつが指差す場所を進むんだ。レナは上空からそれを補佐しろ」

「わかったよ、ご主人様」


 レナが飛び立った。


「最初は軽いキラリンからな。続く奴は、前の進む道を辿れ」


 全員が同意するのを見て取ってから、キラリンの手を取った。


「足を踏み外すなよ、キラリン」

「えへーっ。お兄ちゃん優しい……」


 俺の手に頬を寄せてから、はしごを一歩下りた。


         ●


「ここが魔道士の隠れ神殿……」


 崩れかけた小屋を見て、吉野さんが眉を寄せた。桟橋に続く荒れ果てた道を進むと一段高くなった場所が切り開かれていて、そこに小屋があった。わざわざこの場所を選んだのは、海が荒れたときも高波を避けられるからだろう。


「神殿……というより小屋、しかも廃墟ですね」


 キングーが呟く。


「あの山上の僕の小屋に近いかも」

「いや、キングーの小屋は、粗末とはいえきれいに保たれていたろ。ここはマジ崩れかけだ」

「壁には蔦が這っておるしのう……。穴があいてほら、穴鼠が顔を覗かせておるぞ、甥っ子甲よ」


 サタンも呆れ顔だ。


「そもそもここ、神殿という話ですよね」


 エリーナは首を捻っている。


「私の知っている神殿と、随分イメージが違います」

「まあ……神殿といっても住居兼用だろうしな」

「他に建物はない。兼用なのはたしかだよ、ご主人様」

「本当に誰か住んでいるのかしら」

「最悪、とっくの昔に中で死んでたりして」

「縁起の悪いことを言うなよ」

「大丈夫だ。死の臭いはしない」


 タマが断言するなら、まあ大丈夫か。


「少なくとも家の中には誰もいない。裏山で首でもくくっていれば別だが」

「縁起の悪いこと言うなや」

「とりあえず行ってみようよ、平くん」

「そうですね、吉野さん」


 だがまあ、タマの嗅覚に間違いなんかあるはずないわけで。ノックしても誰も出ないし、大声で呼びかけても、誰かが森から顔を出すとかもない。


「悪いけど、ちょっと中を見てみましょう」

「うん」


 踏み込むと、床にいたリスが二匹、慌てて逃げ出した。足元に木の実がたくさん積まれていたから、倉庫にでもしていたのだろう。


「つがいね」

「悪いな。食べやしないから安心してくれ」


 リスは隅から、心配そうにこちらを見つめている。


「随分長い間、誰も住んではおらんようだが……」


 奥の寝室を見ていたレナとケルクスが戻ってきた。


「寝台にはほこりが溜まっていたし、窓からつたが部屋につるを伸ばしてるよ、ご主人様。ボクの見立てでは、一年は戻ってない」

「一応、魔道士らしい祈祷書とかアイテムが置かれているな。ここが神殿機能だろう」


 祭壇と思しき場所は、サタンとエリーナが調べている。


「おい、甥っ子」

「なんだよ……てか、その呼び方やめてくれよ、サタン。見た目中坊のお前に言われたくないわ」

「いいではないか、本当のことだし。それよりこれを見よ」


 手にした書物を、ひらひらと振ってみせる。書物……といっても手製で、紙を束ね、紐で製本したものだ。中になにか文字が見える。


「これは日記だ。かなり前で、日付が途絶えておる」

「どれ……読んでみるか」

「この部屋暗いから、外で読もうよ」

「そうですね」


 みんな顔を突き合わせて読んだ。たしかに内容は日記だった。淡々と、日々なにをしてなにを食べたとか、どうやって精神を集中し修行したとか、その手の出来事が記載してある。修行の話以外には特段、魔法に関する記述はない。ただ時々、行ったとか戻ったとか、「上の村」に関する話が出てくる。


「これ、例のドラゴニュートの里よね」

「ええ吉野さん、おそらく」

「他に陸路は無いって言ってたもんね」


 最後の日付は、やはり一年ほど前。「上の村」で厄介事が発生したので行ってくる――。とだけ書かれ、そこで終わっている。


「なんだろう。嫌な予感がする」

「ですね。ここまでの日記だと、上に行っても一週間かそこらで戻ってきている。内容としても物々交換とかちょっとした野暮用みたいだし。でも今回は違う。なんせ『厄介事』とあるし、一年も戻ってきていない」

「最悪の事態も考えられるな」


 タマが唸った。


「悩んでおっても仕方あるまい」


 腰に手を当てると、サタンがささやかな胸を張った。


「その村とやらに行ってみるとしよう。ドラゴニュートという種族など、魔王たるあたしですら、聞いたこともないからな。楽しみだわい」

「でも……危険な部族だって、海竜島のヴァンさん、言ってたじゃない」

「他部族との接触を拒むって言ってたよね」

「極めて排他的で、近づくだけで攻撃してくるとか」

「止めたほうがいいんじゃあ……」

「いや、行く」


 俺は言い切った。


「俺達はなんのためにこの大陸まで来た。それはトリムを復活させるためだろ。俺達は獣の群れだ。たとえ一匹たりとも脱落させはしない。みんなで互いを守り戦う。それが俺達だろ。ならやることは決まってるじゃないか。なにがなんでもその賢者とかいう野郎に会う。そしてトリム復活の秘術を施してもらう」


「トリムの珠」を懐から取り出し、みんなに見せた。


「そうよね、平くん」


 吉野さんが、俺の手を握ってきた。


「それでこそ私達群れのリーダー、平くんだわ」

「みんな、いいな」


 全員頷いてくれた。


「まず、一度船に戻る。その隠れ里まで、どのくらいの距離かわからんからな。毎日退社定時にマーカー打って現実世界に戻るにしても、もしかしたらこっちで出張泊になるかもしれない。水や食料、簡易テントなんかを持ち出そう」

「足元もな。山道だ。登山靴に履き替えが必要だ」

「そういうことだ、タマ」

「日記によると、だいたい一週間で戻ってきてたよね」


 俺の胸の定位置から、レナが見上げてきた。


「ということは、最大でも片道三日くらい。向こうでの用足しを考えるなら、実際は一、二日ってところじゃないかな」

「よし、俺たちも一週間分の心積もりで準備しておこう」



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