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6-3 社長を言いくるめて呆然とさせたぜw

「それが副社長の動きか」


 銀座七丁目、例のワインバーで、社長は俺の報告を聞いた。


「はい社長。俺を手駒に、社長派、反社長派、どちらよりも先に役員動向を知りたがっています」

「なるほど……」


 乗り出していた体をソファーに沈め直すと、両手を後頭部に当て、天井を眺めてしばらく黙っている。


「子会社のストックオプションを持ち出すとは、あいつも考えたな……」


 呟く。


「社長、平は社長を裏切ってはいません」


 俺の隣の吉野さんが、口添えしてくれた。俺達三人の前には、注がれたまま誰も飲んでいない赤ワインの大きなグラスが三つ、並んでいる。


「わかっている」


 そのまま天井を見ている。と、起き直ってワインを口に含んだ。


「うん、うまい。君たちも飲み給え」

「はい」

「では平くんは……」


 俺と吉野さんがまだひとくちめのワインを味わっているところだというのに、続けた。


「平くんは、このまま役員を探れ。そしてもちろん、情報は私に最初に持ってくるんだ」

「そのつもりです。社長」

「役員の票読みでこちらが不利でも、動揺するなよ」


 厳しい瞳で、俺を見つめる。


「安心して下さい、社長。最悪でも、俺が社長を裏切るだけじゃないすか」

「はあ?」


 さすがに呆然としてるな。あの狸社長が、毒気を抜かれて素の顔になっとる。


「君はなにを言っとるんだ」

「状況を調べた上で俺が裏切ったってことは、社長の負けは確定ってことすよ。そんときゃ潔く退任しましょう。経営会議での社長解任動議なんか待たずに」

「君は本当に……」


 呆れたように、苦笑いを浮かべた。


「困った奴だな。やっぱり三木本商事始まって以来の無責任社員だ。もう鉄板で決まりだな」

「どうとでも言って下さい」

「君は悪びれんなあ……。今自分で、私を裏切るって宣言したんだぞ」


 笑っている。笑うしかないって奴かもしれんがな。


「正確には裏切りじゃないですね。むしろ社長に勇退のタイミングを教えるわけで。社長だって、経営会議で解任されて大騒ぎになり、マスコミの餌食になってあることないこと書き立てられるより、マシでしょ。『東証プライム上場商社、前代未聞のお家騒動』とかなんとか……」

「きれいに辞めれば……」


 吉野さんが口添えしてくれた。


「おかしな噂は立ちません。経団連の役職で、ご存分に活躍する、むしろチャンスです」

「君達はいいコンビだな。吉野くんに平くん。私の若い頃にも、こんな仲間が欲しかったよ」


 社長は、ほっと息を吐いた。またワインを味わう。


「円熟味があるな、これは」

「社長と同じですね」

「吉野くんにはかなわんな……」


 笑みを浮かべた。苦笑いではなく、本当に気持ちの良さそうな笑みを。


「まあ君達を悪いようにはしない。……たとえ運命のサイコロがどちらに転んでもな」

「大丈夫ですよ、社長」


 吉野さんが太鼓判を押した。


「平が口にしたのは、あくまでも『最悪の場合』のことです。三期務めての円満退任まで、私と平がお守りしますから」

「君は優しいね、吉野くん」


 社長が目を細めた。


「できれば私の末の息子の嫁に……と言いたいところだが、セクハラになるかな、今の時代だと」

「セクハラではないと考えますが……」


 吉野さんは、テーブルの下で俺の手を握ってきた。


「私にもプライベートはありますので」

「そりゃそうだな。こんな美人でできた女性、男ならほっておくはずはない。私が若かったら……という奴だ」


 俺に向き直る。


「平くん残念だったな。吉野くんの心は売り切れだそうだ」

「吉野さんは俺の上司ですよ、社長。恋愛対象にするとか、恐れ多くてとてもとても……」

「それに今の発言こそセクハラです、社長」


 かわいらしく、吉野さんが社長を睨んだ。


「悪い悪い。……お詫びと言ってはなんだが、君と平くんには、この店のフリーパスを与えよう。いつでも自由にここを使ってくれ。勘定はしなくて構わん。請求書は私に回すよう、ママには話を通しておく」

「ありがとうございます、社長」


 吉野さんは微笑んだ。付け加える。


「あの……父も連れてきてよろしいでしょうか」

「ああいいよ」


 社長は頷いた。


「君の父上は神戸で家具輸入商社経営だったな。……なんでもワインに詳しいとか」

「はい。私以上です。……なのでここの品揃え、目を見張ると思うんです」

「そのときはママに相談したまえ。とっておきを開けるよう、言っておく」

「父も喜びます」

「君と平くんが使うときは、残念だがそこまでの品はな。吉野くんはともかく、平くんはワイン、あんまりわからないようだし。猫に小判だと、蔵元に申し訳ないからな」

「あら社長」


 吉野さんが、また俺の手を握り直した。


「社長の薫陶を受け、平もかなりワインには詳しくなりましたよ」

「ですねー。少なくともうまいまずいはわかります。この畑は南向きで水はけがなんとかとか、ブドウの樹の樹齢がなんちゃらでテロメールがどうたらとかは無理ですけど。……ああ、品種だとカベルネ・ソーヴィニヨンならわかります。独特のどっしり味があるし」

「それじゃ初心者だ」


 苦笑いすると、社長はグラスを取り上げた。俺達にもそうするよう促す。


「まあ構わん。うまい酒を飲もう。『朝に道を聞かば、夕べに死すとも可なり』。それが今の私の気持ちだ。嘘偽りのない」

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