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7-12 秘すればタマ

「はあーっ……」


 CFO石元に解放された俺は、へとへとになってボロアパートに辿り着いた。とりあえず飯食ってなんちゃってビール飲んで休まんと。疲れ切ってて、半額弁当を買うのもパスした始末だ。常備してある冷凍チャーハンかカップ麺でも食うわ。


「なんだ……」


 いや俺の部屋の電気、点いてるじゃん。部屋の掃き出し窓、カーテンを通して灯りが漏れてるし。


 一瞬、吉野さんかなと思ったが、部屋の合鍵、渡してない。渡したのは向こうのマンション「クラブハウス」の鍵だけだ。こんなボロい部屋に用事なんかないだろうしな。仮に呼ぶとしても、俺が開ければいいだけだし。


「となると、誰だ」


 まさかとは思うが、俺の抹殺を狙う、黒幕の殺し屋とかw


 いやそんなはずはない。灯り煌々で待ってる間抜けな殺し屋なんか聞いたことないし。となると朝、なんかでスイッチを入れたまま、俺が忘れてたってとこだろう。


「しようがねえなあ>俺」


 愚痴りながらドアを開けると、タマがいた。狭い玄関の向こう、引き戸は開いた状態で、ワンルームが見えている。タマは俺のベッドにちょこんと腰を下ろしている。


「タマ……」

「平ボス」


 タマは立ち上がった。


「遅かったな」

「ああ」


 鍵開けたのがタマとは思わなかったわ。タマ、そういうことするキャラじゃないし。


 部屋の中を見回してみたが、他には誰もいない。物を減らしたがらんどうの部屋を、天井灯が無機質に照らしているだけだ。


「タマだけか」

「そうだ」

「どうやったんだ」

「ヒューマンに化けた。部屋に着いてから、変装を解いたんだ」

「いや、鍵の話さ」

「レナにもらった」

「レナに……」


 なに当たり前の話を、といった顔つきをしている。


 レナなら、俺と同棲してるも同然だ。鍵を持ち出してタマだかトリムだかに合鍵を作らせることは、たしかに可能だろう。だが、なんのために……。


「いや待てよ。そう言えばレナは……」


 おかしい。レナはいつも、俺がアパートに帰ると即、姿を現すはず。今晩に限って、なぜ出てこない。


「レナは来ない。あたしと平ボスだけだ」

「そうか……」


 俺の知らないところで、なにか事態が動いているんだな。


「座れ、平ボス」

「ああ」


 タマと並んで、ベッドに腰を下ろした。とにかく、そうする他ない。まあ俺を食い殺しに来たわけでもないだろうし。


「……説明してもらおうか」

「あたしは発情する」


 淡々と言い切った。なんの感情も感じられない。落とし物の届け出くらいの素っ気なさだ。


「あ、ああ……それで」


 以前デートしたときタマは、近々発情すると話してくれた。「近々」ってのは、ケットシー感覚での「近々」だろうから、いつになるかは俺には見当も付かなかったんだが……。そうなのか。


「今日なのか」

「これからだ。……もう始まりかけている。感じるんだ」


 改めてよく見るとタマ、普段と違い、かわいらしい服を着ている。異世界ではだいたい、革の軽防具にミニスカート。こっちの世界では防具の代わりに簡素なシャツか活動的なフリース姿が多い。


 今日はミニスカートこそいつもどおりだが、ジップアップの薄手セーターを着ている。小さな花柄が散らされた、白いセーターだ。


「かわいい服だな、タマ」

「ふみえボスが選んでくれた」


 恥ずかしそうに微笑んだ。今初めて、タマの感情を感じたわ。


「なるほど」


 となるとこれ、吉野さんもレナも知ってるな。うぶなトリムは……絶対知らんか。キラリンも。トリムが出てこないのは、レナに適当なでたらめ吹き込まれてるからに違いない。


「晩飯がまだだろう、平ボス」

「ああ。タマも食うか」

「頼む」

「冷凍のチャーハンかピラフならあるはず……。ちょっと待ってろ。冷蔵庫を覗くから」


 ふたり並んで、エピピラフを食べた。なんちゃってビールを飲みながら。なんか柄にもなく俺は妙に緊張しちゃって、あんまり話せなかったけど。


「悪いな、こんな飯で」

「いいんだ。平ボスとふたりっきりの晩餐ばんさんなんて、初めてだからな。あたしはうれしい」


 とびっきりの笑顔で、しおらしいことを言う。思わず、ぐっときたよ。封を切って半分食べ残したまま長いこと冷凍庫に放りっ放しだったせいで、ピラフは氷臭い。こんな品でも、喜んでくれるのか。俺と一緒であればなによりのご馳走だと。


「それにタマ、大事なイベントなんだから、もっといい場所でもいいんだぞ。……なんなら今から都心のホテル、予約するし」

「ここでいい」

「遠慮するな。タクシー拾えば、すぐだ」

「勘違いするな、平ボス。あたしはここがいいんだ」


 じっと見つめられた。タマの猫目、今日は広がって、普通の人間と同じに見える。いつぞやデートしたときと同じだ。


「平ボスの巣で、一緒に過ごしたいんだ」

「そうか……」


 いじらしいな。こんなボロアパートがいいなんて。それだけ俺のことを慕ってくれてるんだ。なんか俺、タマが急に愛おしく思えてきたわ。


 自分で着飾ることも知らないタマ。ボロアパートで、冷凍飯だ。自分がどれほどかわいいのか、知りもしないし、気にもしないんだな。タマほどであれば、本来もっとふさわしい扱いがあるだろうに。それよりも俺を選んでくれるのか……。


「風呂、入るか」

「もう入ってきた」

「……なるほど」


 吉野さんのマンションで入ってきたか。もしかしたらクラブハウスのほうかも知れんが。……いずれにしろ、吉野さん公認ってことだ。そう思うと緊張するな。


 タマは前、発情については「ふみえボスも認めてくれる」と言っていた。自分は吉野さんの使い魔だから、それがわかると。なら俺が考えすぎる必要は、ないのかもしれないが……。


 とはいえ俺は今日、金属資源事業部長や最高財務責任者との、神経を使う連続会合をこなした。緊張の汗でどろどろだ。


「じゃあ俺だけシャワー浴びてくるわ」

「このままがいい」

「いやタマ、今日はいろいろあった。俺、汗まみれだぞ」

「いいんだ」


 言い切ると、俺の手を取った。


「ボスから男の匂いがするからな。日々理不尽と戦う、たくましい雄の。あたしの大好きな、平ボスの匂いが」

「タマ、俺……」

「もうなにも言うな」


 タマは、しなだれかかってきた。


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