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閑話 レナとデート

「大人二枚」

「お待ち合わせですか」


 窓口のねえちゃんが、俺の周囲に視線を投げた。祝日の午後、映画館入り口のチケットカウンター。俺はもちろんひとりだ。というかレナを連れてるんでつい二枚と言ってしまったが、考えたらレナは服の中だった。


「お、大人一枚、子供一枚」

「……」

「あーいや、大人一枚だった」

「大人一枚ですね」(にっこり)


 フィギュアサイズの使い魔を連れてると、どうにも混乱する。恥かいた。


 祝日はもちろん、異世界業務は休み。どうしてもデートしたいとレナがだだをこねたんで、仕方なく連れ出した。


「本当にこの映画でいいんだな、レナ」


 自分の胸に向かって小声で話しかける。


「もちろん。これ観たかったんだぁ」


 声が返ってきた。


 映画――というか「この映画」を選んだのは、レナだ。どうやら俺のスマホを器用に操って、こっちの世界の情報を、隙を見て漁っているようだった。


 レナが選んだのは、SFアクション映画。――と言えば聞こえはいいが、B級、いやC級、もといZ級の超絶低予算SFホラーアクションだ。


 洋画なんだけど、なんせ邦題が「デッドリースッポン」とかいうね。もうタイトルだけで脱力もの。これ配給会社の担当者、訴求ポイント皆無のクソ映画に呆れて、やけくそで名付けたろ。


「『デッドリースッポン』かあ……」


 血まみれねーちゃんが恐怖に目を見開いているポスターを、俺は見上げた。この安っぽいポスター。ますます嫌な予感がするw


「面白いよきっと。ご主人様」

「そうかなあ」


 そうは思えない。


「ねえポップコーン買ってよ。映画といえばポップコーンでしょ」

「どこで仕入れた。そのくだらん知識」

「へへっ。いいからいいから」

「わかったわかった」


 レナの希望なら仕方ない。せっかくだから記念に、どでかいバスケットサイズの奴を買ってやった。ついでに俺は生ビール。B級映画鑑賞となれば、ビールは必須だ。まあZ級だけどなー。


「さて、空いてるかなー」


 ドアを開けたが、心配するまでもなかった。なんたって「デッドリースッポン」だからなー。ガラガラじゃん。


 ところで映画鑑賞となれば、レナはシャツの間から顔を出すことになる。観客は画面に集中してるし暗いからバレないだろうとは思うものの、念のため、前から覗かれるリスクがまずない最前列に、俺は陣取った。どえらく見上げる角度になるので、首が疲れそうだ。


「ご主人様。ポップコーン食べていい?」

「まだ場内が明るい。映画が始まってからにしろ」

「もう我慢できない」

「しょうがないなあ……」


 シャツからにゅっと突き出たレナの手に、ポップコーンをひとつ掴ませてやる。まあこのくらいならバレないだろ。最前列にいるの、俺含めて数人だし。ひとつ空席を挟んだ隣に、いかにもB級マニアでございといった風体の奴が座っているのがちょっと心配だが。


 そのうち、場内が暗くなった。この瞬間が、俺はけっこう好きだ。これから観る映画への期待感がマックスに高まるから。ただ今日を除くw


 始まったのは、映画泥棒のマナー動画。シャツのボタンを外して、レナが半身を乗り出した。まあ大丈夫だろ。誰もこっちなんか見てやしない。


 ひょっとしたら映画泥棒のほうが本編より出来がいいのではという予感がしたことは、内緒だ。


 いよいよ始まった。オープニングは、夜の湿地帯を逃げ回る半裸のねーちゃんカットから。ときどき後ろを振り返りながら、沼に足を取られたりしながらはあはあ逃げている。続いて、なんかよくわからない影が一瞬画面を横切って、ねーちゃん絶叫。


 暗転してタイトルが出た。英語の原題は、訳しちゃえば「神聖なる沼地」か。どうしてこれが「デッドリースッポン」になった。てか、原題もおかしいだろ。Z級映画なのにA級気取ってどうする。


「ご主人様、ポップコーン」

「わかったわかった。お前、もう少し小声で話せ。横の奴にバレる」

「早くぅ」


 ポップコーンバケットを胸の前に抱えてやると――。


「うわーいっ!」


 レナがバスケットに飛び込んできた。


「なにやってんだよ、お前」

「えへっ。ポップコーン、いい匂い。幸せ」


 そりゃ、うまいもんに囲まれてりゃ(というか埋まってるわけだが)、うれしいだろ。でもなあ……。


「油まみれになるぞ」

「いいんだよ。服なんか洗濯で落ちるし」


 レナは、ポップコーンをひとつつまむと、カリカリと食べ始めた。まあ、ひとくちは無理だし。レナのサイズだと。


「それに体はお風呂でご主人様に洗ってもらうもん。隅々まで」

「お前なあ……」


 バター香るレナを、手に石鹸塗りたくってもみもみ洗いする光景を想像してみた。なんというか、風呂というより料理の下ごしらえといった雰囲気だ。これまでレナの「洗ってちょうだい」攻撃は全部かわしてきた。今回も逃げればいいや。


 溜息をついてふと横を見ると、例のマニアが、こっちをじっと見ている。


「ヤバっ」


 そういやイントロが終わって、ちょうど今、白昼の砂漠、男ふたりがとぼとぼ歩いているシーン。やたらと明るいから、レナがくっきり見えている。


「レナお前、黙って硬直しろ」

「う、うん」


 棒のように固まったレナを、俺はポップコーンから取り出した。


「ほらーレナちゃん。これが映画っていうんだよ。面白いねー」


 子供に話しかけるような口調。わざと聞こえるようにつぶやくと、レナを画面に向かって振ってみた。


 横目で窺うと、「見てはいけないものを見てしまった」――そんな表情を浮かべた男が、あわてて画面に視線を戻した。


 なんとか無事に乗り切った。でもこれで俺、ドールを偏愛する変態と思われたな。ざまあ>俺(泣


「ほら、食べてもいいぞ」


 そっと、レナをバスケットに戻してやった。


「もう大丈夫だろ。二度とこっちは見ないだろうし」

「えへっ。ご主人様、優しい」

「ふう」


 疲れた。バスケットに漬かって画面を見上げるレナは、まるで泡風呂に入っているかのように楽しそうだ。俺はビールをがぶ飲みした。もう飲まんとやっとれん。こっちはこっちで楽しくやるわ。


 環境汚染で巨大化したカメとか称するハリボテが出てきて(今どきCGじゃなくてハリボテ)、キャーキャー叫ぶねーちゃんやカップルどもを片っ端から食いちぎるという。ねーちゃんも、叫んでるだけで逃げないのが謎だ。


 あっさり死んだねーちゃんが、後半もう一度普通に出てきたのには呆れた。脚本も監督も、演じてた当の役者も気が付かなかったのか、これ? まあまた瞬殺されてたけど。


 レナもなー。映画館初めてだったせいか興奮して、クライマックスで画面のスッポン野郎に突進してキックしてたし。


 もう俺は諦めの境地よ。どうせ誰も本気でこんな映画観てない。レナは小さいし、フィルムか画面の傷くらいに思ってくれるだろ。隣のあんちゃんだけは口をあんぐり開けてぱくぱくしてたけど。もういいや、フォローも面倒だ。


 そんなこんなでドタバタしながら映画を観た。映画館から出て確認すると、俺のシャツ、胸んところが油で光ってたわ。もちろん中にレナを格納してるからだ。


「えへっ。面白かったね。ご主人様」


 シャツの中から声がした。


「まあなー。俺もこんな経験初めてだし、一周回ってむしろ楽しかったと言えるかもな」


 本心だ。たまにはこんな休日もいい。


「もう夕方だよ、ご主人様。どこかでご飯食べようよ」

「お前、あんなにポップコーン食べたのに、もう腹減ったのか」

「へへっ。ボク、成長期だしさあ」

「嘘つけ。まだレベル一のまんまだろ、お前」


 俺は、バーに行くことにした。店内が暗い分、レナも見つかりにくいから。


 レナはバーでも楽しそうだった。その後も、事あるごとにレナはこの日観たクソ映画の話をした。心底うれしそうに。デッドリースッポンの話を。いや、俺とのデートの話を。


 だからまあ、レナの思い出作りに協力できたってことで、俺も悪い気はしなかったんだ。

次話から急展開! がんばります!

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