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7-1 キラリンの機転で九死に一生

 冥王ハーデスの輝く杖が、俺の胸を貫いた。


 ――と思った瞬間、俺は見慣れた場所に立っていた。吉野さんのマンションのリビング。間違いない。十一月の東京、午後三時の気だるい陽光が、部屋を満たしている。


「俺は……」


 見回すと、パーティー全員がいる。レナは俺の頭上に浮かんでいた。全員、敵に襲われたままの恐怖の表情。暗闇から戻って、タマの猫目がきゅっと縮んだ。


「平くんっ!」


 凝固が解けたかのように、吉野さんが駆け寄ってくる。


「俺は……」


 慌てて体を探ってみた。胸にもどこにも、怪我はない。吉野さんが抱き着いてきた。


「平くん。良かった……。生きてる」

「平気です、俺は」


 きつく抱かれて息が苦しいが、とりあえず健康体だ。


「そうか。キラリン、転送してくれたんだな」

「そうだよ、お兄ちゃん。うまく行って良かったあ。だってもし……」


 急に黙ると、キラリンの瞳から大粒の涙がぽろぽろと流れ落ちた。


「もし……あ、あたしがし、失敗してたら……」


 後は言葉にならなかった。


「うえーん」


 幼児のように泣いている。まあスマホ形態で誕生したのが、わずか数か月前だ。感情面が子供でも、不思議ではない。


「ありがとうな、キラリン」

「お兄ちゃーん。えーん」

「ごめんな、泣かせちゃって」

「ぐす……。へ、平気だよ、もう」


 涙を拭って、前を向いたな。よしよし。


 俺の頭は、ようやく回り始めた。


「キラリン判断力あるな。吉野さん家なら、突然現れても問題ない」


 実際、全員ミスリルチェインメイル姿で会社の公式異世界通路に帰還したら、大騒ぎになってただろう。ドワーフの資産だというのに、貴重な資源・資材として勝手に取り上げられる危険性がある。川岸と黒幕にミスリルの存在が知られれば、ドワーフに危険が及ぶ事態すら考えられる。


 まして謎スマホは持っておらず、代わりに見知らぬ使い魔がいるわけだし。こっちはこっちで、「これはなんだ説明しろ」って展開が見えてる。


「ご主人様、本当に大丈夫?」


 心配げに、レナが俺の肩に留まった。


「おう」


 改めて調べてみた。チェインメイルの胸の部分が、わずかに凹んでいる。ミスリルの強靭さが幸いした上に、本当に貫かれる瞬間にぎりぎり間に合ったんだな。こりゃキラリンに大感謝だわ。てか人型になっていてもらって助かった。それじゃないとマジ俺死んでた。


「さて、少し落ち着こう」


 吉野さんの体を優しく抱くと、俺はトリムを呼んだ。


「ここでお茶にする。トリムお前、コーヒーを淹れてくれ。何度かやったから、淹れ方わかるだろ」

「うん」

「心が鎮まったら、キラリンに再度地下迷宮入り口付近に飛ばしてもらう。ドワーフ族長ナブーは、扉の前ではらはらしてるはず。冥王を確認して逃げたと話そう」


 それから鎧を脱いで普通の服になり、キラリンをスマホに戻して公式通路に帰還する。それなら転送担当者にイレギュラーな異世界往来がバレない。


 会社への報告には、キラリンのことは書いてない。教えると絶対面倒なことになる。人型キラリンはなんたって、異世界通路を使わずにあっちとこっちを行き来できる「最強チート技」持ってるからな。研究のためとか称して、キラリンを取られそうだ。


 それにそもそも、なんでIデバイスが使い魔になったって話になるから、俺の特異体質だって知られっちまう。そうなりゃ、俺が使い魔生産工場として酷使される「最悪ルート」に分岐する可能性だってあるし。


 他人の欲望のために面倒でややこしい事態に巻き込まれるのは、とにかく避けたい。俺はただ、自分の好きなように異世界でまったり楽しみながら、寿命を取り戻したいだけだからな。


 キラリンとその能力を知っているのは、マリリン博士だけ。変人で研究のことしか頭にない彼女は、余計なことを会社に知らせたりしないから、安全だ。


「そうね。それがいいわ」


 ようやく安心したのか、吉野さんは体を離した。


「もう平気ですか、吉野さん」

「うん……。抱いてもらって心が安らいだから」


 恥ずかしそうに微笑んだ。


「私、平くんの匂い大好きなの」

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