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4-2 謎パーティーのゴブリンを瞬殺する

「あそこに誰かいるぞ」


 昨日に引き続き安全地帯たる湖のほとり方面へと歩みを進めているとき、タマが注意を促した。はるか遠く、まばらに生えている木々の隙間を指している。


 見てみたが遠すぎる。かろうじて木とわかるくらいの遠さで、心地よい風に枝がゆったり揺れているだけに思える。


「誰も見えないけどなあ……」

「いや、いる。十人弱。モンスターも含めて」

「含めて?」


 ということは、人間もいるってことか。それにこの世界のモンスターならポップアップするはず。ポップアップせずに存在しているってことは、俺達同様の侵入者か、この世界の「住人」ということになる。


「本当に見えるのか」

「ご主人様、ケットシーは獣人だから目がいいんだよ」

「お前も見えるのか」

「ボクには全然」

「私にも見えないわ、平くん」


 近眼の吉野さんには見えるわけないな。それにしてもレナが言うなら、多分タマには見えてるんだろうけど。


「ここで止まる。様子見だ」

「はいご主人様」


 念のため、俺達は立ち止まった。これから出会う奴がどんな類かわからない。その直前にモンスターがポップアップしたら、ややこしい事態がありうる。


「万一ってことがある。あそこに誰かいるとして、突然攻撃してきたときのために、心構えだけしておこう。各人注視。あと吉野さんはポーションや火炎弾の確認をしてください」

「はい」

「レナ、こっちの世界に住人っているのか」


 会社の資料では無人って話だったけど。


「いると思うよ。ただここ妄想が形になった世界だから、いわゆる住人って言っていいかわからないけど」

「文化とか文明とか、どうなってるのかしらね」

「異世界人とのファーストコンタクトか……」


 いや相手、こんないい加減な俺で大丈夫か? 吉野さんに頭に立ってもらうか。俺よりはきちんと対応できるだろうし。妙に誤解されて攻撃食ったりしたら面倒だ。


 だがそれは住人ではなさそうだった。


 というのも、そのうち見えてきたから。タマの言うように十人弱。先頭やしんがりはテラテラとゴキブリみたいに肌が油っぽく輝く人型モンスターで、中心に俺みたいな人間らしきものが陣取っている。あとなまっちろい女型モンスターが一体と。


 統制の取れた歩き方で、今はもうはっきりとこっちに向かってきている。


「平くん」


 不安げに、吉野さんが寄り添ってきた。


「ええ。どうやらご同業ですね」


 人間の着衣とか見る限り、普通の日本人のように思える。ウチの会社から異世界に出張しているチームは俺達だけ。ということは、事情は不明だが、別の企業だか国の機関だかが送り込んだってとこだろう。同行しているモンスターは、多分だが使い魔だろう。


 俺の知る限り異世界通路は日本にしか湧いてないから、海外の機関ということは考えづらい。


「攻撃するつもりじゃないみたいだけれど」

「そうですね。この距離だ。やるつもりならとっくに戦端が開いてる」


 もうすぐそこ、表情がわかる程度の距離まで来ている。


「いずれにしろ、連中の目的は不明だ。油断せずに行きましょう」

「そうね」

「やあ、これはこれは」


 すぐそこまで来て立ち止まると、リーダーと思しき中年男が、声を掛けてきた。日本語だ。人間は奴ひとり。俺よりはもう少し戦闘寄りの服装をしている。コンバットスーツというか、あの手の類の。


 あと八体ほど例の人型モンスターを連れている。モンスターは小柄だが、腕とか脚とか太くて、肉弾戦は得意そうだ。槍状の武器を抱え、革の鎧を身にまとっている。


 たったひとりで八体も召喚できるのか。


 どうやって使役してるんだかしらんが、ウチの使い魔召喚機能より優れてるじゃんか。開発部の奴にハッパかけないといかんなー。俺ももっと連れ歩いて楽したいし。


「こんな異世界で日本人に会えるとはうれしいですな。そちらは三木本商事のご精鋭とお見受けしました」


 ウチの社名を挙げる。


「そちらは?」

「いえ名乗るほどでは」


 言葉を濁してやがる。食えない野郎だ。


 俺はさらに気を引き締めた。


「異世界地図作りは、ウチが独占的に国から受注した業務と聞いているが」

「ああ、別にライバルじゃないのでご安心を。こっちは地図作りなんて辛気臭い仕事じゃないんで」


 皮肉めいた笑みを、唇の端に浮かべてきた。


「ならなにやってんだよ、こんなところで」

「サンプル採取」

「サンプル?」

「ええ、モンスターや鉱石の」

「……」


 俺達の地図作りの最終的な目的は、まさにそういった有用な資源調査のためだ。地図をすっ飛ばして、直接そこを調べている組織があるのか。


「あんた、新しく湧いたとかいう異世界通路を使ってるんだろ」

「まあ、そういうことですか。……ようやくわかったとはお笑いですが」


 いちいち突っかかってくる奴だな。ムカつく野郎だけど、俺は俺の必殺技、「馬鹿は日本語の通じる猿程度に考える」で、馬鹿に対処するぜ。


「そちらはおひとりですか。あとは使い魔さんに見えますけれど」


 吉野さんが口を開いた。俺がキレないように気を使ってくれたんだと思う。相手が不明なためか、タマとレナは賢明にも口をはさまず、俺と野郎のやりとりを注意深く聞いている。


「まあそうですね。飯炊きのバンシーを除けば、小汚いゴブリンばかりですが。バンシーは役立たずのクズですがゴブリンは容赦がないんで、戦闘が効率的でね」


 女型モンスターを小突いてやがる。モンスターとはいえ人型だし、泣き腫らした目をしてるじゃねえかかわいそうに。パーティー内でいじめられてるに違いないな。


 それになんだこれ、ゴブリンか。そう言われてみると、ゴブリンーって雰囲気だわ。ニヤニヤしながらゴブリン連中、吉野さんやタマの体を、上から下まで舐め回すように見つめてやがるし。一匹、どう見ても服の下で勃起してるカスまでいる。リーダー同様、クソみたいな野郎どもだ。吉野さん、こんなん使い魔に選ばなくてよかったな。


 気持ち悪そうに、吉野さんは俺の背中に隠れてしまった。


「そちらの使い魔は情けなさそうですな。弱そうな獣人に、なんですかその人形みたいの。それも使い手がふたりもいて、使い魔はたった二体とか」


 余計なお世話だアホ。他の使い魔は選べなかったんだから仕方ないだろ(怒


「へらへらへら」


 この野郎、今はもう遠慮なく、こっちを侮蔑して笑ってやがる。てか、ホントにへらへらって声で笑う奴、初めて見たわ。こいつ本当に日本人かw


 俺は、ひとつ深呼吸した。こんな馬鹿に挑発されるわけがない。こっちはたらい回しを極めた、筋金入りの左遷社員だぞ。この程度で挑発されていたら、メンタルいくつあっても足りなくなる。


 突然、レナが走り出すと、先頭のゴブリンに強烈な後ろ回し蹴りを放った。悲鳴を上げた首がそのまま吹っ飛び、野郎の足元にバレーボールのように落ちた。


「弱いかどうか試してみるか」

「あー……」


 虹となって消えていくゴブリンの首を見下ろしたまま、野郎は唸った。


「喧嘩っ早いですなあ。女のヒステリーはこれだから」

「あと七体のゴブリンくらい、十秒もあれば全部叩き潰せるけどね、こっちは」


 俺の胸から、レナが叫んだ。仲間が瞬殺されて、ゴブリンどもは動揺し、瞳には恐怖が浮かんでいる。しょせん、弱い者にだけ凶悪になるタイプの卑怯なモンスターなんだろう。


「また召喚するの、面倒なんですがね。発注元に稟議上げてもらわないとならないし」


 溜息を漏らしている。


「私は戦う気はないので、ヒステリーはやめてほしいもんですな」


 こっちの意志を見て取ろうとしているのか、抜け目なく俺の瞳を窺ってきた。俺は黙ったままだ。


 馬鹿に情報を与えてやる意味はない。やるときは黙ったまま叩き潰す。ゴキブリを踏み殺すときのように。


 だがそれより、今は情報収集が重要だ。馬鹿な猿にはペラペラしゃべらせとけばいいのさ。


「だんまりか……。まあいいか。同業を見かけたから仁義切りに来ただけですよ。どうせこっちはこんな場所、すぐ出てく。そちらのようにひとつところに居続ける意味はないんで、異世界全体を見て、ピンポイントで各所でサーチのフラグを立てて回ってるだけで」


 装置を使った、石油の試掘のようなものなんだろう。有用な資源が見つかったら、その場所を本格的に開拓するつもりに違いない。


「あなたたちはせいぜい、地べたを這いずるように一歩一歩、地図でも作ればよろしいでしょう。その頃には私は歩合で、人の百倍の資産を作って優雅にリタイアしてますけどね」


 大笑いの声を残して、謎のパーティーの姿は、すっと消えたよ。レナの話では、一度現実に戻ってまたどこか別の場所に出るつもりだろうってことだったけど。

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