8-11 ドラゴンロードの真名
俺、死んだーっ!
天国行くのに空飛んでんじゃん。てか俺地獄行きデフォだからヘンだなw
――と思ったんだが、気がつくと死んでるわけじゃなかった。
たしかに空は飛んでいる。でもなんか咥えられてな。迷子になった子猫を咥えるみたいに。
俺の襟を咥えているのは、巨大な竜だった。
「ドラゴンロード! 来てくれたのかっ」
「このリアリティーショー、脚本がズタボロで、とても傍観しておれんからのう」
俺を咥えたまま、器用に話す。
「まあ、この間の恋愛回は、観ているこっちも盛り上がったが。……ふたり相手にようやるのう、平よ。夜通し組んず解れつしおって、発情期のゴブリンもかくやという張り切りようであった」
含み笑いしてやがる。嫌な奴だ。
「そこな使い魔の髪を掴んで組み敷いたり上にしたり、なかなか見物であったぞ」
「もうよせ。俺は男優じゃない」
あわてて止めた。このままじゃ、俺がレナ相手にどの体位で何回したかとか、事細かく語りそうだw
「てか、お前こそ一晩中覗き見してたのかよ。エロドラゴンとか聞いたことないぞ。お前、ラスボス級モンスターだろ。威厳ってものがないのかよ」
「別に、余は恥ずかしくはないのう。異種族の生殖行為を研究しておっただけだし」
平然としてやがる。面の皮の厚い奴だ。
「俺が恥ずかしいわ」
俺は首を振った。今戦闘中だってのに、なにエロ回想に耽ってるんだ、俺。そんな妄想、いつもどおり寝る前でいいだろ。
それにしてもドラゴンロード、あれ全部観てたってのか。くそっ恥づい。俺やっぱ男優デビューじゃん……。これもう料金取っていいだろw
「使い魔候補として召喚したときから、モンスターはご主人様の行動を観察できるんだよ。忘れた?」
「そういやそうだったな、レナ。お前も俺のことずっと見てるらしいし」
まあトリムはどうやら俺のことチェックしてないようだがな(助かってるw)
ドラゴン族は長命だ。(多分)退屈しのぎもあり、俺の毎日を観察してたんだろう。まあ俺のエロ回だけは観てほしくなかったが。
遥か下、俺がいたあたりで、あの野郎の触手が蠢いている。仲間はみんな俺とドラゴンを見上げてるな。グリーンドラゴンのイシュタルも、噴炎を止めてこっち見てるし。
ただひとり、トリムだけが、出てきた触手に次々矢を射掛けてる。あれ、無力化するつもりなんだろう。さすがはハイエルフ。巨大ドラゴンが現れた状況に動じず、戦闘に長けてるわ。上空でエロ話してるとも知らずに。
「それより助けてくれるのか、ドラゴンロード」
「仕方ないではないか。お前このままでは確実に死ぬぞ」
溜息をついた。
「観察しているうちに情も湧いたから、平は余の眷属の末端くらいには感じるし。それに……」
混沌神を睨みつけた。
「それにこいつには、余の長き眠りの間に世界を乱された過去があるからな。いずれやらねばならんのも確かだ。なら今でもいい。平のリアリティーショーの脚本に手を入れるのと、一石二鳥だ」
「どうするの、ご主人様」
「そうだな。できれば噴炎で、上空からあの野郎をこんがり焼いてほしい。それで装甲が充分傷んだところでドラゴン、俺を頂点のすぐ後ろに下ろしてくれ。そこに弱点があるらしい。俺がこの剣で貫くから」
輝く魔剣をかざしてみせた。
「バスカヴィル家の魔剣か……」
横目で剣を見ると、ドラゴンロードはうなった。
「お前、その力をフルに使うというのか。……知っているのか、その代償を」
「仕方ないだろ。あいつ倒さないと俺のサボり王国願望も叶えられないし」
「そうか。サボるためか」
くっくっと、含み笑いしている。
「お前は面白い奴だな。ドラマを観ていて楽しいわ。ほれ――」
俺を軽く放り投げると、その下に回り込む。俺はドラゴンロードに跨った形となった。
「うわっ。ご主人様がドラゴンライダーに! それもドラゴンロードだよ。多分この世界で過去、誰ひとり成功してない快挙だよ」
レナが目を見張っている。地上からもどよめきが聞こえてきた。多分アーサーあたりがまたぞろ、末代までの語り草とかなんとか言ってることだろうよ。
「……いいのか、ドラゴンロード」
「やむを得んな。お前を咥えたままでは噴炎などできんし」
「ありがとう。助かるわ」
「礼はあいつを地獄に叩き落としてからだ。行くぞっ」
厳しい顔つきになると、大きく息を吸う。
カッと口を開くと、炎を噴き出した。以前、植物モンスターの谷で見たのと同じ、青く、いかにも高温の炎を。
炎が混沌神を上空から焼く。意図を悟ったであろう吉野さんがなにか耳元で囁くと、グリーンドラゴンも援護の噴炎を始めた。
赤と青、二色の炎が混沌神を包む。トリムの矢で傷ついていたこともあるのだろう。頂周辺の触手がみるみる焦げ縮まっていっている。
「あれなら着地しても触手に攻撃はされないな」
「うん」
言いながらも、俺を見るレナの顔が一瞬曇った。
「どうした、レナ」
「ご主人様、さっき『命を削った』って言ってたよね。あれ、なに?」
「ああ、あれか……」
ちっ。やっぱレナは頭が切れるな。あの戦いの最中でも、聞き逃さなかったか。
「敵の命を削ったことだよ。そんだけ全力で斬り込んだからな。まあ気にすんな」
「で、でも。それにドラゴンロードも今、代償がなんとかって――」
「とりあえず今はやるっきゃない。ほらレナ、奴の体が赤熱してきたぞ。さすがにダブルドラゴン攻撃は堪えたみたいだな」
「う、うん……」
ここ上空まで、焦げ臭さが漂っている。
「そろそろやるぞ。頼むドラゴンロード」
「やるか。いよいよ」
噴炎を止めた。
「とはいえ、ここ一発の正念場でそう呼ばれると、なんだか萎えるのう。余は、狂飆のエンリルだ。この世界では誰にも教えておらん秘名だがな」
「お前……」
真名を教えてくれるってのか。わかった。
「よし行こう。エンリル」
「おう。それでこそ気分が上がるというものよっ。しっかり捕まっておれ」
笑みを浮かべると、ドラゴンロード――狂飆のエンリル――は、急降下した。