お風呂と昔話
「よーしお風呂に行くぞ〜!」
長嶋がそう声をかけてくる。今の時間は8時前だしちょうど良いだろう。
「じゃあ行くか」
そう言って元々準備してあった下着とタオルを手に持つ。
「あれ、パジャマは?」
「持っていく必要あるか?」
質問に質問で返してしまった。
「ま、まさかパン一でここに戻ってくるつもり……?」
「な訳あるか!逆に寝間着でここに戻ってくるつもりか?まぁ寝間着が普段着に近いものだったら問題ないんだが……。バッチリパジャマって感じだな」
すると長嶋はうーんと考えた後、
「分かった置いていく!」
「じゃあ行くか」
3分後、俺たち2人は銭湯に来ていた。
「おぉ……ほんとに昔ながらの銭湯って感じがする!」
そりゃまた大雑把な感想だなとも思ったが、実際瓦屋根に煙突の付いたThe銭湯って感じだな……。
「こんにちは〜。大家さんの紹介で来ました」
そう声を掛けると60過ぎのおじさんがこちらを向いた。
「おぉ!いらっしゃい!彰子ちゃんから話は聞いてるよ!いつでも自由に入っていいからな!」
ちなみに彰子というのは大家さんの名前である。
「これからお世話になります」
「そんなかしこまらくていいよ。どんな話でも相談に乗ってやらぁ」
気前のいいおじさんは好きだしこの人には好感を持てるな。
「男湯は左側ね。お嬢ちゃんは右側のお風呂を使いな」
2人はぺこりとお辞儀をしてさっさと風呂に向かったのだった。
風呂に入るなり俺は、
「おぉ……」
と感嘆の声を漏らしてしまった。それほど普通だったのだ。
一番奥の壁には富士山の絵が。その手前には湯船が3つほどある。恐らく温度で分けられているのだろう。
とりあえず身体を洗い、湯船へとむかう。
左から36度、40度、45度になっているそうだ。
まずは1番温度の低い36度の風呂から入る事にした。
体温と同じ温度なので熱くもなく冷たくもなくと言った感じだ。こんな温度の風呂には入った事がないからとても新鮮味を感じる。
5分ほど浸かってから次は40度、最後に45度に入ったが熱すぎてすぐに出てしまった。
身体を拭き、服を着たら外に出る。
外では既に長嶋が待っていた。
「あぁ〜樹生くんおかえり〜」
……マッサージチェアに座りながら。
俺も座ろうかと思ったがひとつしかないので断念。その代わりにコーヒー牛乳を買って飲む。
久々に銭湯に来たがやはり風呂上がりのコーヒー牛乳は最高だと思った。
「帰るか」
とりあえずこう声をかけておく。
「はーい。ちょうどマッサージチェア止まっちゃったしね」
帰り道。
「銭湯久々に来たけど入る順番間違えてちょっと恥ずかしかった……」
「銭湯に順番なんてあるのか?」
「最初に45度のやつに入っちゃったの!で、思っきりアッツ!って言っちゃって。周りのおばさんたちにクスクス笑われちゃった……」
「まぁ次から気をつければいいだろ。そのうちそのおばさん達とも仲良くなれるだろ」
「うーん、私人見知りだからなぁ……」
思わずは?と言ってしまいそうになる。俺と初めて会った時なんて人見知りのひの字も無いように感じたんだが……。
これが本当なら驚きである。
帰宅後、2人はそれぞれの部屋に布団を敷いて寝る事にした。
「よーし、電気消せー」
「うーい」
2人とも電気を落とす。もちろんだがカーテンは閉めてある。
「ねね、少し話しない?」
「良いけど話題がないやろ」
少なくとも自分の話が面白い事は無い自信がある。そんな自信持ってどうするって話だが。
「うーんとね、昔話?」
「桃太郎の話でもすれば良いのか?」
「そういう昔話じゃ無くて!お互いの過去を打ち明けようって事。そうすればお互いの事をもっと良く知れるでしょ?もちろん強制はしないよ。話したくないことがあったら話さなくてもいい」
そうだな……。ここは少し乗ってやるのも良いか。
「先にお前から話せよ」
「ん」
そうして2人の昔話は始まった。
「私ってさ、可愛いじゃん?」
「それ自分で言う事か?」
「いーの。むしろ可愛い事分かってるのに私ブサイクとか言ってる人の方が悪質だし嫌われるよ」
まぁ確かにコイツは可愛い。そんな奴が自分の事ブサイクとか言ってたら失礼極まりないだろうな。
「確かにそういう奴は嫌われるだろうな。まぁそうじゃなくても嫌われる奴は嫌われるけどな」
「そういう事。ただまぁそれでも嫌われちゃう事はあるけどね。そういう子とはあまり関わらないようにしてるの。余計に相手を不快にさせて煽るだけだし」
なるほど。美少女ってのも苦労するもんなんだな。
「でもね、私がどれだけ気を使っても女の子たちからは嫌われちゃった」
「どういう事だ?」
「中学生の頃ね、私クラスの男子の半分くらいから告白されたの。そのせいで嫌われちゃった」
つまりこういう事だろう。AちゃんとB君と長嶋が居たとする。AちゃんはB君のことが好きだった。にも関わらずB君は長嶋の事を好きになってしまうのだ。長嶋に悪気は一切無かったとしてもAちゃんは好きな人を奪われたようなもの。そもそも付き合ってもいねぇのに奪われたっておかしいだろ完全な被害妄想やん……。
「だから私は無理を言って遠いところの高校にしたの。まぁ高校でも中学の時みたいな事が起きないとは限らないけどね」
そう言ってヤハハ……と力なく笑う長嶋。今日は引っ越して初日だし疲れたのかそれとも新しい学校で前起きたことがまた起こるのでは無いかという不安か。はたまたどっちもか。とりあえず今日はもう寝た方が良いだろう。
「私は話したよ。次は君の番だ!恥ずかしい思い出とかなんか無いの?」
そう言えば俺言ってなかったっけな……。
「樹生君は彼女とかいた事あるの?」
と悪戯げに聞いてくる。
「無いな。そもそも恋愛というものをした事が無い」
「え?それって人生損してない?」
「そういうお前だって彼氏いた事ないんだろ?」
「当たり前でしょ!私に彼氏が出来ちゃったら次の日の教室は大荒れになっちゃうよ!」
「だろうな。俺は世にゆう恋愛感情というものを抱いた事がなくてな。もちろん可愛いと思う時は思うけどそれを恋愛感情と言うものに結び付けられない。お前の事は可愛いと思ってるけど恋愛感情は抱いていないように」
「うぇっ?え、あ、その、なんか……ありがとう……」
すると長嶋は突然驚いた様な声を上げた。最後の方は何を言ってるのか分からなかったが。
「じゃ、じゃあ家族構成は?」
じゃあってなんだよじゃあって。まぁ答えるけどさ。
「両親に妹が1人だ。妹は留学してるけどな」
「え!?留学してんの妹さん?凄いね」
「なんで留学したいって言ったのかは分からないけどな」
多分ただの旅行かなんかと勘違いしてるんだろうなぁと思いつつも本人には言わないでおいた。
「ていうか俺ほんとに話す事無いんだよなぁ……」
「ズルいよ!私はちゃんと話したのに!」
「まぁ気が向いたら今度話すわおやすみ」
「あ!ちょっと!もう!……おやすみ」
こうして夜は更けていく……。
次はお互いがお互いを考察する話にしたいと思います。早く書き上がれば今日中にあげたいと思います