ヌルゲーな世界1
「あっちぃ」
セミの鳴き声のうるさい8月初頭。俺は珍しく外出していた。
もちろん自主的に外に出たわけではない。俺は、平日で学校があろうが、涼しく過ごしやすい秋であろうが、桜の美しい春であろうが備していたいと望んでいるタイプの人間だ。こんなクソ暑い真夏に外に出たいなどとは思わない。
それでも俺が外を歩いている理由は、妹の舞依に家を追い出されたからである。
「ねぇ、おにいちゃん。今日友達が家に来るんだけどさ」
「あっそ」
「だから、今日は……夕方の5時くらいまで家に帰ってこないでね」
先に断っておくが、仲が悪いわけではない。むしろ良好といっても差し支えないだろう。
しかし妹的に、愚兄とは友人の目に触れさせることさえ嫌なものらしい。
容姿端麗、成績優秀、さらにコミュニケーション能力も高い舞依と、容姿は下の上、成績は中の下、コミュニケーション能力はかろうじてゼロを回避している俺では、家庭内での発言力にさえ大きな差が存在する。
結果として理不尽でさえある舞依の要求に逆らうこともできずに家を追い出されたのである。
「……ゲームでもするか」
とりあえず近所の公園にたどり着いた俺は、ちょうど日陰になっているベンチに座ると携帯ゲーム機を起動させる。
昨今はスマホの普及により、多くのゲームがアプリに移行、コンシューマーゲームはそのシェアを奪われてしまった。しかし、個人的にはアプリゲームよりもコンシューマーゲームの方が好みである。もちろんアプリゲームも幾つかプレイしているが、どうにも長続きしないのである。
「よし、スコアS達成」
ゲーム画面に撃退数、クリア時間、死亡回数が表示され、最後にSの文字が表示される。
「いやー、クソゲーと言われたこいつもやりこめば楽しいもんだな」
ダンジョン探索中のセーブ不可、しかも高難易度で死にゲー、覚えゲーといわれ、スコアをあげるためには周回必須、さらにダンジョン探索がメインの作品であるにもかかわらず協力プレイ専用マップと専用ドロップアイテムが存在するという誰得なゲームであり、まさしくクソゲーであった。
それでもこのアペイロンの迷宮をやりこんだといえるほどにプレイし続けたのには理由がある。
このゲームにはさっきも言ったように協力プレイ専用のマップがあり、そこでしかドロップしないアイテムが存在する。そのことを知った俺は、ゲーム機本体すら持っていなかった舞依にこのゲームを布教し……というか半ば強引に……購入させたのだ。クソゲーを勧め無駄金を使わせてしまった罪悪感から途中で投げ出すこともできずにもう1年以上もプレイしている。
……俺よりも2週間ほど遅れて始めた舞依が俺よりも早く1週目をクリアしたときにはさすがに投げ出そうと思ったが。あの時は得意分野のゲームでさえ妹に勝てないのかと人生すら投げ出したくなったよ。
「喉が渇いた」
公園に設置された時計は11時を指している。公園についてからすでに2時間以上が経過している。どうやらゲームに熱中しすぎて時間がたつのを忘れてしまっていたらしい。
「っ!」
とりあえず、自販機で飲み物を買おうと立ち上がると同時に軽いめまいに襲われる。
熱中症だろうか?
さすがにまずいと思い急いで自販機へと向かう。
そして自販機の前にたどり着き、愕然とする。
「財布、忘れてきた……」
飲み物が手に入らないとわかると途端に眩暈が悪化し、強烈にのどの渇きを感じる。
そういえば公園には水道が設置されていたはずである。
飲料水として利用して良いかはわからないが、このまま倒れるよりはましだろう。そう考え水道の方向へと歩き出す。
しかし、一歩目を踏み出したところでバランスを崩し転んでしまう。そのまま起き上がろうとするが手足に力が入らない。
「み、ず」
そのままだんだんと意識が薄れ、気を失った。