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全国、世界各地に発生した地の裂け目から多くの異形の生命体が雪崩れ込んできた。
異形は目に入った人間を手当たり次第に殺していった。
自衛隊を含む各国の軍隊は、謎の生命体へ攻撃を仕掛けた。
はじめこそ優勢であったが、攻撃が効かない個体がいつくかおり、その特殊な個体は特異な力により攻撃を仕掛けてきた。
銃も、ミサイルも、最新鋭の武器さえも、特異な力の前では何の意味もないただの鉄クズでしかなかった。
原爆を落とすという話も流れてきたが、それはつまり異形生命体の代わりに、原爆に、”人類”に殺されることを意味していた。
人間はあいつらに根こそぎ殺されるんだ
もうこの世界は終わるんだ
異形生命体が現れて10日後には、世界滅亡という現実が目前に迫った人類は、成すすべもなくただ殺されるのを待つのみとなった。
僕は、この時でさえ、そういうマジョリティーに属すことさえできず、もう自分で死ぬ必要はなくなったんだなとぼんやり考えていた。
田舎に置いてきた両親が死んだという訃報でさえ、なんだか夢の中のような感覚でぼんやり聞いていたものだから、女性警察官に「大丈夫ですか?」とひどく心配されたが、その警官の僕の背中をさする手もまた震えていた。
その手のぬくもりに触れながら、僕は、意外にも自分が強くて冷たい人間だったのだと知り、悲しくなった。
人間なんて本質的には不真面目で屑なのだろう。
あれ以来、マンションに引きこもっていたが、17日目には水道が止まり、その何日後かには電気、ガスも止まった。
いよいよ世界の終わりか。
案外、世界なんて簡単に終わるのなら、僕でもこの世界を終わらせれたんじゃないかとか不謹慎な考えが頭をよぎり、「いやいや」と首を振る。
そういえば…
東京に来たばかりの頃、大人の世界に早く入りたくて、危ない裏通りに一人で行ったことがあった。
確か、まだ捨ててなかったはず。
以外にもごく普通の青年っぽい男に、怪しい白い粉を渡されたことがあった。
「最初だからサービスだよ。嫌なこと全部忘れられるよ。気に入ったらまたおいで」
好青年の4月がよく似合う爽やかな笑顔と言葉と、そして断れない僕のダメな性格のせいで、それを受け取ってしまった。
いつかもしかしたら使うかもしれないという言い訳と興味本位と悪への憧れから捨てられずにいた白い粉は、カモフラージュのつもりだったのか、薬箱の中に入っていた。
安っぽい映画に出てきそうなありがちな展開で、僕は、世界滅亡への高揚と自分への自己嫌悪と自棄と甘美な興味本位と未来への絶望で、白い粉を一気にビールで流し込んだ。
もうどうでもいいや。
そのままベッドに倒れるように眠り込んだ僕は、微睡みの中で懐かしくて苦しい過去を思い出していた。
「魔物を倒すぞ」
勇者となった僕はコントローラーで世界を救いながら、母さんの作ったホットケーキを頬張る。
鉛筆を振り回しながら、「ウィンガディアム・レヴィオーサ」と念じ続けて小1時間。
全く浮く気配のない緑の羽を息吹きかけて、「僕も魔法使いだ」。
もしかしたら、ある日突然、「選ばれし者」と呼ばれ、冒険や戦い、ファンタジーの世界に身を投じるんじゃないだろうか。
こんな僕でさえ、その頃はまだ、密かに自分が「選ばれし者」と呼ばれる日が来るんじゃないかと内心ワクワクしながら、郵便受けを何度も覗いてみたり、家のチャイムに飛んでいってみたり、鉛筆を杖代わりにフリフリしてみたりしたものだった。
それがどうしたことか、「選ばれし者」どころか「モブ」にすら成り損なった僕は、人並みに人類滅亡を悲しむこともできないで、一人ベッドの上で魔物が殺しに来るのを待っていた。
ファンタジーに夢見る幼き頃の僕は、いつの間にこうなってしまったんだろうか。
あぁ気持ち悪い。
薬物が効果を発揮し始めたようだ。
吐きそうなのに、異様に楽しくて仕方ないようだ。
自分が自分でないみたいだ。
見慣れたはずの自分の部屋がぐにゃりと歪み、自分は別の世界に紛れ込んだ子猫か何かだろうか。
一度は飲み込んだ吐瀉物を何とかトイレまで持っていこうと立ち上がるも、歩けない。
ぐわんと歪んだ視界と縺れる足でトイレまで這おうとするも、途中で床にリバース。
なんだか可笑しくて大声で笑いこけ、衝動に任せて、母さんの携帯に電話をかけるも出ない。
あ、死んだんだった。
こんなものはいらんわ。
iPhoneを床に叩きつけ、転がっていたビールの残りをぶっかける。
「ひどい有様だな」
ついに幻聴が聞こえてきた。