7、大切なものはちゃんとしないと……
「ん? これは?」
お嬢さんがある部屋の扉の前に見覚えのある布の袋を発見した。
「どうしてこんなものがわたしの部屋の前にあるんでしょう? まさかさっきの人たちの仕業なのでしょうか」
「ひっ」
チェルカがさっき私に怯えた時と同じ声をあげた。
いきなりどうした?あの布の袋はなにかやばいのか? ……そういえばチェルカが大事に持っていた袋はいつの間にか持っていない。
「チェルカ、どうしたの? また驚かされたの」
お嬢さん、あれは見ただけで勝手に驚かれたのであって私のせいじゃないのだ。
「だ、大丈夫ですよ。 おじょ……ヒャリエー、ちょっとおしゃっくりしただけです。その袋は私が片付けますのでこちらにお渡しください」
慌てて取り繕うように返事したチェルカは反射的にお嬢様と呼ぼうとしたが、ヒャリエーの悲しい顔を見て呼び直した。
「そう、じゃお願い」
そう言って渡そうとした時。
「チェルカ!うしろに侵入者が!」
「!」
お嬢さんがそう叫ぶとチェルカは私に向けて両手を広げ、お嬢さんを守るように立ち塞がる。
その隙きにお嬢さんは袋をひっくり返して中の物を出した。
チェルカの気を全部私に逸らしたおかげか。チェルカはお嬢さんの行動を気づいていないようだ。
なんか面白そうだ。
お嬢さんの行動に支援しようと私はチェルカの注意を引きつけることにした。
「なんだ?そのポーズは。ハグして欲しいのか?」
「ち、違います。あなたこそ何をしようとしたんです」
チェルカは怯えながらも強気を装って問いかけてきた。
しかし……
「さっき言っただろう。私もいろいろ聞きたいと。 だから今はこうしてお嬢さんが提案した話し合いの場所、つまりお嬢さんの部屋に来た。 何か、問題でもあるというのか?」
お嬢さんは封筒から便箋を取り出して読みはじめた。
私は時間稼ぎしようとゆったりな口調で今の目的をまとめて逆に質問した。
「何を企んでいるんです? 正直に言ってください」
私がそんな口調で返事したからか。チェルカの言葉に疑いがこめられたのははっきりとわかる。
別になにも企んでいないが、強いて言えば君たちのことを物語として楽しみたいだけ。
でも正直に言ったら、多分ドン引きしてお嬢さんに助けを求めるのだろう。
それじゃ時間稼ぎにはならない。
しかし、チェルカのあからさま見られたくないものが、今お嬢さんに見られているのを気づかせても面白そう……
「だ、黙ってないでなにか言ってください」
チェルカは考え込みはじめた私に恐る恐る返事を促した。
ここは我慢してチェルカの注意を引きつけよう。
「は? 話し合いのためだと、さっき言っただろう!」
「んっ」
チェルカは恐怖のあまり目から謎の液体が滲み出た。
目から液体? ……やばい!
チェルカを泣かせてしまった。
人の注意をひくというと頭によぎったのは大声で恫喝するチンピラとかしかなかった。つい、真似して大声を出してしまった。
そしてチェルカにとって私は身体のあちらこちらに返り血がついた殺人鬼だ。チンピラの恫喝などとレベルが違う。
軽く考えればわかることなのに。
しかし、チェルカの顔は美人とは言えないが、泣き顔であればなぜか綺麗に思えた。
笑顔が似合う人がいるように、泣き顔が似合う人もいるかもしれない。
あるいは私がおかしい……
「ちょっと!どうしてチェルカが泣いているんです?」
お嬢さんは本当に怒っている口調で私を責めるように聞きながら慰めるようにチェルカを抱いた。
手紙はもう読み終わったのか。それともチェルカが泣いているのを見たからか。床に散らばったものはもう見当たらない。布の袋も元通りになった。
もう片付け終わったようだ。
何か理由を話さないとあとの話し合いに影響がでる気がする。しかし、正直に言っても同じ結果になる気がする……
面倒だが正当に聞こえそうな言い訳で誤魔化そう。
「考え事をしているときに邪魔されるのが嫌だからつい……」
「人と話している時、そんなに考える必要があるんですか?あなたがそうだとしても、いくら邪魔されたからって大声を出す必要はあるんですか?」
私の言い訳が論破された。取り繕おうとしても納得させられる言葉は思いつけない。ここは素直に謝ろう。
「君の言う通りだ。私が悪かった」
「チェルカはこんな手紙をかくほど怖がりだから、あまり驚かさないでうらえます?」
お嬢さんはさっき読んでいた手紙の封筒を見せつけるようにひらひらさせた。
「い、いつの間に!?」
チェルカは手紙を奪い取ろうと手を伸びたが、お嬢さんはトランプカードを投げるように封筒を投げた。
するとチェルカはほどよい回転しながら飛んでいく封筒を追いかけてキャッチした。その光景は飼い主が投げたフリスビーをキャッチした犬のようだ。
どんな内容かは知らないが、人が書いた手紙をそんな扱いするのはひどくない?
「?」
キャッチしたチェルカは何かの違和感を感じたらしく首をかしげて中身を確認した。
「ない……」
チェルカは青ざめた顔でそう言ったのを微笑みながら眺めながらお嬢さんはある便箋を広げた。
「親愛なるヒャリエー」
「おやめくださいいいいいいい!」
どうやらお嬢さんはチェルカの前で手紙を朗読する気ようだ。
それなら取るべき行動は一つしか無い……
「離してくださいいいいいい」
お嬢さんを止めようとしたチェルカを止めた。
チェルカ、悪いが私は手紙の内容を知りたいからしばらく大人しくしてもらおう。