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6、借り物かな

 「お嬢様、おやめください。私なんかは放って置いてお一人でお逃げください」


 「ヒャリエー!」


 どうした? いきなり自分の名前を叫んだりして。


 嬢さんは泣かんばかりに続いてこう言った。


 「最後はせめて以前のように名前で呼んでよ!」


 「黙れ! 大人しくこっち来い」


 二人が侵入者に恫喝されるタイミングでチェルカを拘束するやつの身体を拝借することに成功した。前回は偶然できたので少し不安だが、成功できてよかった。他の二人はお嬢さんに集中しているからこっちに見向きなどしない。


 さり気なくチェルカを後ろにどかして。


 「「え?」」


 お嬢さんとチェルカの反応で侵入者たちも異変を……


 「どうした、早く来い!」


 気づかない。

 

 まあ、こっちの方がやりやすくて助かる。

 毒、血で全部洗われてたらいいね。


 まずは私に近いやつの太ももを狙って一刺し、これで逃げることになってもコイツは追いかけられないだろう。


 「ああああああ!」

 「きゃああああ!」


 「なんだ! はっ!」


 仲間とチェルカの悲鳴でようやく異変を気づいたもう一人の侵入者がふりむいたが、仲間が仲間を刺したところを見たせいか。一瞬ぼーっとした。この隙を突いてナイフをのどの横から頸の奥深く入れた。


 残念なことに私は人を生け捕りにする方法を持ち合わせていないのだ。下手に取り押さえたら、かえって危険かもしれない。その危険でお嬢さんかチェルカ、あるいは2人ともに死なれては困る。


 素早くナイフを抜いて構えて太ももが刺された侵入者のほうを警戒する。


 あれ?

 ぴくりともしない。


 近づいて確認したら、息をしていない。ずばりというと死んだ。


 多分仕込んだ毒は血で薄めたけれど、まだ致死的の量がナイフに残っていたのだろう。

 しかし、この毒は異様なまでの猛毒だったな。さっき刺された時もそうだ。気を失ってから死に至るまでの時間が短すぎる。こんな猛毒はこの世界で簡単に手に入れられるのだろうか。


 もしそうじゃなかったら、この侵入者たちは一体何者なのだろう。


 「「……」」


 お嬢さんとチェルカは私を見ている。


 お嬢さんは警戒に満ちた眼差しで私を見ているに対し、チェルカは今にも泣き出しそうな表情で見ている。

 

 考えるのはまた今度にしよう、今はとりあえず話しかけよう。


 「お嬢さん、私だ」


 「あなたは誰ですか?」


 よく考えたらこの詐欺としか思えない台詞でわかってもらえるはずもないか。


 「馬車の小屋で君の願いを聞く前に断った存在だ」


 「!」


 お嬢さんが一瞬目を見開いた。


 どうやらわかってもらえたようだ。


 「これがあなた本体ですね。さっきは本気で殺しにきたのにどうして今は守りましたか」


 何を言っているのだろう。この嬢さん。


 「本体というのは何だ? 私は言ったではないか。『私は身体がないから見えないのだ』と」


 「じゃあ、その身体はなんですか」


 「借り物かな」


 「それはどういう意味ですか」


 なんだ?この会話。

 さながらお子さんと話しているみたいだ。


 「私も君たちにいろいろ聞きたいのだが、場所を変えないか? 私、死体の近くで呑気におしゃべりする趣味はない」


 「そうですね。じゃ私の部屋に行きましょうか」


 「構わない」


 私は振り向いてチェルカに「君は?」とばかりの視線を送ったが。


 「ひっ!」


 ただ怯える反応が返ってくるだけだった。


 それも無理もないか。自分に害をなそうとした人が突然仲間を皆殺しして「私はお嬢さん知り合いだよ」と言ってきたら、「はい、そうですか」と受け入れるはずもないか。

 それに今の私は身体のあちらこちらが血だらけになっている上、ナイフを握っている。傍からどう見ても関わってはいけないやつだ。

 

 でもメイドとして人の視線を正しく感じ取ってほしい。


 「チェルカを驚かさないでもらえますか」


 「ただ見ただけだ」


 「チェルカ、こっちにきて」


 私を無視してチェルカを手招いた。

 チェルカは警戒する小動物のごとく私と距離をとってお嬢さんのところに行こうとしたが、私と屍で通路の大半を占めたので、壁を伝って行った。


 怖がられて当然とわかっているが、これはこれで面白いかも知れない。


 「お嬢様!」


 チェルカはヒャリエーお嬢さんを抱きついたが、すぐ離れた。


 「大丈夫ですか。お怪我はございませんか」


 「ヒャリエー」


 「はい?」


 「以前のようにヒャリエーって呼んで」


 「しかし……」


 心配するチェルカに対してお嬢さんはよほどチェルカにお嬢様と呼ばれたくないのか。まだ呼称のことを言っている。


 「呼んで……くれないの?」


 「そんなことないよ。 ひゃ、ヒャリエー」


 ぎこちないながらもお嬢さんが少し悲しい顔になっただけすぐ要望に応えた。

 

 ちょろいな。


 「ふふ、ありがとう、チェルカ」


 お嬢さんはいたずらっぽく笑ったが、その笑みにどことなく満足も感じた。


 「もういいか?」


 「あら、失礼しました。 こちらへどうぞ」


 お嬢さんはチェルカの手を引いて私と屍のよこを通過して案内する。


 チェルカの顔はまるで血が届いていないように白くなった。


 結局、チェルカがお嬢さんのところにいくのではなく、お嬢さんがチェルカのところに行けばいいでは? と思ったが、さっきのいたずらっぽい笑顔が頭によぎった。


 わざとじゃないといいな。

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