5、身体を手に入れたが……
メイドたちの恋バナをもう聞いていられない私はキッチンを出て、屋敷のあちらこちらをうろついたら、探していた人を見つけた。
あの泣いたメイド、チェルカは通路である部屋の扉にもたれて寝ている。
腕の中にあの時に持っていた布の袋を抱えている。
壁をすり抜けられるからさっき探し回った時に通路だけ確認しなかったのがかえって裏目になったか。
しかし使用人部屋はあったはずなのに、何故自分の部屋に戻らずにこんなところに寝ているのだろうか。
でも、もっと気になるのはあの布の袋だ。さっきから大事そうに持っている。中に一体何が入っているのだろう。
視界を袋の中に移動してみた。
中に入ってるのは硬貨の入った財布、サンドイッチの入った籠、一通の手紙。これは差し入れかなにかだろう。
しかし、こんなものを持って荷台しかない小屋の近くにいくのはなぜだろう。お使いにしては時間がおかしいし、そこには特に何もない。
私が思い耽ているその時。
ガシャン!
静寂を破ったのは屋敷のどこかから聞こえてくるガラスの割れた音。この音によって、メイドチェルカを夢から目覚まさせた。
「!」
メイドチェルカは警戒する猫のように周辺の音を拾ってよく聴いていたら、通路の向こう側から靴とカーペットの摩擦の足音が聞こえた。チェルカは華奢な身体を立たせて身構えた。
そして、得体のしれない私ではない誰かに問いかけた。
「誰だ!」
チェルカは多分暗くてよく見えないのだろう。その誰かは布切れで口と鼻を隠し、手にナイフを持っている。聞くまでもないどう見ても危ないやつだ。
その危ないやつがチェルカの問いかけを聞くや否や目を細めた。笑っているようだ。
多分、小娘一人は恐れるに足らずとでも思ったのだろう。周辺に警戒しないで呑気にチェルカがよく見えるところに歩きながらこう言った。
「メイドの嬢ちゃんよ~ この屋敷のお嬢様はどこだか知らねぇか?」
「教えるわけないでしょう! この曲者!」
「そう、ここで騒がれても面倒だから死にな」
侵入者がチェルカに近づき、ぐいっとチェルカの肩を掴んで逆手に持ったナイフで刺そうとした。
おいい! ここで殺したら、このメイドとお嬢さんのことを知れなくなるではないか。 殺すな! (ナイフを)寄越せええ!
そう思った途端視界が変わり、私は突き飛ばされた。
あれ? 私、身体がある!?
「痛い!」
突然なことに呆気にとられた私はそのまま尻餅をついた。
「誰だ!」
痛みを耐え、よく周囲を見回すとお嬢さんがチェルカの手を引いて逃げた。
ん? 今の自分の声はどこかで聞いたことがあるような……
はっ!
気づいたら、ここには私しか居ない。お嬢さんとチェルカはもちろん、さっきの侵入者の姿も見当たらない。
このままでは面白い展開を見逃してしまう。考え事するより早く追いかけないと。
「おい!待ってくれ!」
我に返った私はすぐさまお嬢さんとチェルカの消えた方向に駆け出した。
少し焦ったが、角を曲がったらちょうどお嬢さんとチェルカが進路を引き返したところだった。二人の後ろにさっきの侵入者と同じ格好した不審者が3人いる。多分さっきの侵入者の仲間だろう。
二人は私を見るなり不安しか言いようがない顔で抱き合って、私と不審者たちに視線を行ったり来たりして壁まで引き下がった。
今の私はそんなに怖いのか?
不審者たちがお互いと私に目配せして一斉に二人に襲いかかった。
「だから殺すな!」
私は侵入者たちを止めようと双方の間に入った。見事に止める事ができたが、受け止めるほうだった。3本のナイフがそれぞれの根元まで深く差し込まれた。
痛いはずなのに意識が遠くなっていくせいか、それほど痛くはなかった。
気がつくと目の前に一人の侵入者が倒れている。他の3人は血のついたナイフを持って目を見張っている。
あれ?
「な、なんで?」
「しらねぇよ! それに毒はもう回った、聞いても無駄だ」
毒? なるほど、道理でこんなにはやく意識がなくなった。
侵入者たちが狼狽えている隙にお嬢さんがさっきのようにチェルカの手を引いて逃げた。
「くそ。逃がさねぇよ」
当然のように鬼ごっこが始まった。しかし、二人ともマキシスカートに対し、侵入者たちは動きやすそうなズボンを穿いている。このままでは逃げられないだろう。
しかし、この屋敷は警備の人はいないのか?簡単に人に入り込まれてこんな騒ぎになったのに誰もこないなんて。
「きゃぁ!」
チェルカが自分のスカートを踏んで転んで簡単に侵入者たちに捕われた。
「お嬢ちゃんこのメイドを死なせたくなけりゃぁ、こっち来な」
いやいや、さっきから自分を殺そうとする人に誰が近づくのだ。それに、例え従ったとしても人質が無事の保証もないのだろう。
「やめて! 行きますからチェルカを傷つけないでください」
やはりこの嬢さん、どこが壊れているのだろうか。それとも、恐怖のあまりで冷静に考えられなくなったのか?
どっちにしろ、このままでは二人のことを知ることもできないし、身を挺して守ったことも無駄になる。
仕方ないが、偶然できた憑依だからうまくできるかどうかわからないけど、ここはやるしかなさそうだ。