4、これも仕事
結婚ってあの結婚か?
人生の墓場という別称のあの結婚か?
結婚と本当の墓場を1つ選ぶと言われたら、私はきっと棺桶を用意して墓場を選ぶのだろう。
いやいや、冷静に考えよう。
感情移入せず、客観的に整理しよう。
聞く限りでは嬢さんの父さんはかなりの金の亡者だそうだ。
娘がいくら気を引こうとしても無駄なほどに。
そんな人間が絶対と言っても過言ではないほど精確な宝の地図を手に入れたら、最大限まで稼ごうとするだろう。
海外探索は船があればできるとしてさておいて、鉱山の開発はせめてその土地を手に入れないと始められないのであろう。
今までこの嬢さんの力でどれぐらい儲かったかは知らないが、人並みの商人が買えないであろうこの屋敷に住めるぐらいは儲かったに違いない。
なら土地の1つや2つは簡単に買えるだろう。
なのに今は娘を嫁にだそうとしてる……
何故だ? その必要はなかったはず。
「パパ……ママ……」
あっ 当事者に聞けばいいではないか。
気づかないうちに嬢さんはもう寝ている。
泣いてスッキリしたおかげなのか、それとも夢の中に逃げたのか。
顔に涙痕を残したまま嬢さんは静かに寝息を立てている。
これでは聞けないな。
そういえば、今は夜だったな。
寝ても不思議じゃないか。
この身体になってからもう約一日半が経過したか。
やはり眠気や飢えなどを感じない。改めて身体がないことを実感する。
それにしても、何故この嬢さんはこんな私の声(?)が聞こえるのだろう。
その頭に図表とかを浮かべる力とは関係があるのか?
…………
考えても仕方がないか。
今この嬢さんのストーリをもっと知るには……
あのメイドの姉さんをさがすほうが手っ取り早いか。
まだ寝てないといいな。
こんな大きな屋敷で特定の誰かを探すのは普通に骨が折れる仕事だが、夜の今なら人はそんなに移動しないだろう。それに壁など無視して直接部屋を見回れるし……
よっし探すか。
「ヒャリエーお嬢様のご結婚とあたしたちの自由にかんぱい!」
よほど嬉しいのか、音頭をとったメイドがそう言いながらコップを高く持ち上げた。他のメイドはそこまであげていないが、同じ嬉しそうな顔でコップをあげた。
屋敷のあちらこちらを探し回ったが人を見当たらなかったと思ったら、キッチンに集まってパーティーとは思わなかった。
泣いたから顔は印象的だったのでここにいればすぐわかるはずと期待したが、あの姉さんはここに居ないようだ。
「さすがにこの言い方ひどくない?」
「でも事実でしょう! あんな仕事二度とごめんよ!」
「それはそうだけど……」
居ないものの、面白そうな話が聞けるかも。
さて、一体なんの仕事でしょう。
「まぁまぁ、そんなにムキにならなくてもいいじゃない。みんなわかっているよ。仕事のためとはいえあれはひどいね」
「そうそう、旦那様はお嬢様が寂しがっているのを知っているのに、私たちに『ヒャリエーと遊ぶな!』って正式に仕事として命令するなんて」
メイドたち誰もがうんうんと頷いている
なるほど、自己実現理論だっけ、所属と愛の欲求などの欠乏欲求が満たされないと病気になるそうだ。
それで、嬢さんは親からの愛などが満足できなかったから、初対面(?)の私にお願いするなどおかしなことする。うん、なるほど、だから私も……
「そういえば、この仕事が出る前にお嬢様と仲良かった人が居たような気がするけど、だれだっけ?」
「へぇ、そんな人居たの? 知らなかった」
「ああ! 居た居た。 それはチェルカじゃない」
「そうだ。 チェルカだったんだ。 チェルカは?」
「用事があるからってパーティーに参加しないと前から言ってたよ」
「ああ。 そうだった」
ここに居ないメイドと言うと私はその姉さんしか知らない。
どうやら、あの姉さんの名前はチェルカのようだ。しかし、一体どこへ行ったのだろうか。
「噂によるとこの仕事のせいで、チェルカとお嬢様の関係が一気に悪化したらしいよ」
「へぇ、なんでなんで?」
「聞くところによるとお嬢様はずっと寂しいお子様のようにワガママ言っていたそうよ」
「それで?」
「チェルカはその時からずっとお嬢様にお仕えしてきたんですから、お嬢様もチェルカのことを厚く信頼したらしいよ。 そこであの仕事のせいで、お嬢様は深く裏切られたと感じたようです」
「その後は?」
「その後のチェルカはいつも通り仕事するけど、お嬢様は今のように誰にも冷たく当たるようになったよ」
なんとなく嬢さんの気持ちがわかる気がする。
ずっと側にいてボロボロな心を支えてくれた人が何の理由であれ、距離を置かれただけでつらいのに、ましてや裏切られたようなことはいうまでもない。
「そうか、でも仕方ないよね。なにせ、違反したらクビだもんね」
「そうそう、それに旦那様は結構影響力があるから、クビされたらどこも雇ってもらえないね」
やはり仕事なんて「自分は真人間です」というアピール以外にいいことはないか。
「そうなったら、いい男を捕まえるしかなくなるね」
「男といえば、最近だれかが男と手紙でやりとりしてるようなないような」
「そ、それは言っちゃだめーー」
その後、メイドたちは恋バナに夢中になったせいで、ほかにお嬢さんやメイドチェルカに関する話は聞けなかった。




