エピーログ
「オギャー」
「泣くな!」
店員はロイリネだったショートの女の子が泣き止むまで打ちのめした。
「ふー、やっと静かになった。しかしコイツはこんなすぐ泣くようなやつだっけ?」
どうやら、私が気絶している間に体の主導権を取り戻した店員は女の子が赤ちゃん同然の状態になったことに気づいていないようだ。
それもそうか、私が憑依している間の記憶はないから、店員にとって気がついたら泣いていたとしか認識できないだろう。
「まぁ、ちょうどいいストレス発散になったし、このぐらいにしよう。おい! そこに寝てないで早く仕事に戻れ」
「……」
ボロ雑巾のようになった女の子は返事も動きもなかった。
「おい! まだ殴られたいのか。早くしろ!」
店員は女の子の襟を掴んで耳に吠えるように言ったが、依然と反応はない。赤ちゃんのようなものだから、自然に泣き止んだとは思えない。もしかしたら、気絶しているかもしれない。
まぁ、私にはもう関係のない話だ。
私の記憶なのか、それともロイリネのか。世界で1秒に何人が死んでいると聞いたことがあった。だから、これはたまたまその一例が目の前にいるだけだ。
たとえ、今この女の子を救っても、いずれ死ぬのだろう。
それは店員に殴り殺されるか、自然に寿命が尽きるかぐらいの差しかないだろう。
「将来は何になりたい?」とか「どんな仕事したい?」とか聞かれた時、毎回答えられなかった。
まず頭によぎるのは自分の趣味。漫画や小説が好きだが、職業にするのはハードルが高いし、よく考えたらそれらが好きになった理由はただつまらない時間をとばせるからだった。
それ以上思い浮かべなくなると、次は「何故仕事するのか」を考え始めた。
第一の理由は「生きるため」と考えなくてもわかるのだが、では何のために生きるのだろうと考えてしまった。
個人差はあるのだろうが、私は一日8時間を寝ていた。つまり一日の三分の一は消えたということだ。そして、仕事の時間も8時間、それは即ち一日に自由に使える時間はもう最後の8時間しかない。
だがしかし、それも食事や通勤などの時間を引かない場合の話。
一日実際に自由に使える時間など、ほんの数時間しかなかった。そして忙しい時期はその僅かな時間も蒸発してしまう。
普通は仕事が好きじゃない人が多いだろう。その上で言うなら、仕事じゃない趣味などの時間を楽しい時間で例えば、なぜ楽しい時間はいつも短く感じるのかは説明がつくだろう。
毎日三分の一未満の楽しい時間のために倍以上の時間を差し出さなければならない。それを気づいてしまった私はまた働く意味を考えはじめた。
当然の結果、無限のループに入り何の意味も考えを繰り返すだけになった。
まさに空回りだ。
もし普通の人がこのループに入ったなら、多分友達か家族に吐露して脱出できたのだろう。もしくはその考えを吹っ切るほどの生き甲斐を見つけて一心不乱になったのだろう。
しかし、独りぼっちでちょっと人間嫌いな私にはできなかった。
やがて、趣味にも仕事にも身が入らなくなった。
最後、耐えられなくなった私は逃げることにした。
人のいない廃墟の屋上に登って、重力加速度で一階に降りた。
でも別に、しにたいわけではなかった。ただ不毛な悩みから解放されたかっただけだった。
その証拠にこの世界に来た途端、ドラゴンに殺されるかと思った次の瞬間逃げようとした。おかげで自分は働かなくてもいい存在になったとわかったが、やはりやりたいことがないせいで、つまらなくてたまらない。
もうそれ以上は逃げられないから子供みたいにはしゃいでみたが、やはりどこか虚しさを感じた。
結果からみると海で人を見つけて、街にたどり着くことができたが、やはり私は何にも変わらなかった。お嬢さんを救うのもただつまらない時間を誤魔化すためだった。
例え数えきれない人生の記憶を持っていても、私は何もなかった。むしろ、その中の成功や幸せな記憶が余計に自分の虚しさを強調した。もしこのままでいるならきっと苦しくてたまらないだろう。
でも、悪いことばかりではなかった。
おかげでこの無限になった時間を終わらせる方法を見つけることができた。
私は店員と少女をよそに、両目から光が消えたと思える顔で膝を抱えて浮かぶリペーのほうに見遣って、私にしたことをやり返した。
これで、もう大丈夫だろう。
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