2、別れはいつも早い
水平線の向こう側から太陽の光が差してきた……
えっ。 まさか私、一晩中暴走したのか。
ぐるっとあたりを見渡すと近くに小さい島がいくつかと一隻の帆船があった。
どうやら歌声がこの船から発されたようだ。
当然のように知らない言語で歌っている。
聞く限りでは多分歌い手はおっさんたちだろう。
どうせ歌うなら女性に歌ってもらいたい。
帆船はマストが3本あるタイプ。
両側に当たり前のように砲眼がある。
旗の絵には知らない鳥が描かれている。
早く追いつかないとせっかくのチャンスを逃すことになってしまうと焦ったが、無事に追いつけた。
なぜかこの船に普通に乗っている感覚で置いて行かれることはない。
自動的に船と同速で移動しているのか。
ますます、自分という存在がわからなくなってきた。
とにかくこれで娯楽を手に入れられる。
どこに向かっているのかは知らないが、いずれ補給やらなんやらで入港しないといけないのだろう。
その前に言語を学ばせてもらおう。
確かに前世で聞いた噂では何ヶ月か違う言語を使う人と生活すれば、その言語を話せるようになるそうだ。
まあ、私の場合は太陽の寿命が尽きても話せないのだろう。
でも絶対に聞けるようにする。でないと漫才とか落語とかそういう娯楽を楽しめない。
そうして、盗み聞きで言語を習得しようとする私であったが……
「ははは。今回も大当たりだったな」
「ああ、まったくだ」
無精髭のおっさんたちが笑いあいながらそう言った……っていうか何故こうも早く聞けるようになったのだ!
盗み聞きまだ三分足らずというのに。
肉体がないから言語の壁もなくなったのか!!
納得できない。これじゃ夏休みを割いて英語の補習を受けた私は何だったのだ。
カップラーメンを食べる前に映画か何かの音声を聞けば、あら不思議、英語がわかっちゃった。なんてこと許されていいはずがない!
「ん?」
「どうした?」
「なんだか見られてる気がする」
えっ? まさか気づかれた?
これが第六感というやつか。
カンカンカン
「敵襲!敵襲!」
警鐘がリズムで鳴り響く。
和気藹々だった雰囲気が一瞬で重くなった。
「やっぱりか」
「本当、お前の勘がよく当たるな」
なんだ、私ではなく危機察知か。びっくりした。
「くそ、もうすぐで港だっていうのに。 苦労した成果がパーになってたまるか! 奴らを返り討ちにしてやれ!」
『おおおお!』
リーダーらしきおっさんがそう呼びかけるとほかのおっさんたちが武器を振りかざして返答した。
さっき会話から察して多分この船は地球の大航海時代のように探検のため海にでて、運良く何かを見つけたのだろう。
そして、その帰港中にライバルか海賊に襲われた。
でもそんなことよりさっきリーダー(?)のおっさんが「もうすぐ港」っていうのは認識の差がないといいな。
足の遅い帆船で出港して何ヶ月も海の上で生活する船乗りの「もうすぐ」と
一般人のもうすぐが同じとは考え難い。
おっさんたちに悪い……もないか。
見ることしかできない私が残ったところでできるのは……
良く言えば、見守り。悪く言えば、見殺し。
この2つしかない。
そしてどっちも時間の無駄。
そんなことをするより、その「もうすぐ」着くという港を上空から探す方がましだ。
傍から見ればこの行動は見捨てているのだろうが、おっさんたちを助ける力が微塵もない私はどうしようもない。
だから、おっさんたちよ。言語をありがとう、そしてさらばだ。
下を見ながら、私はエレベーターに乗って(気分)空を登った。
追われる形でおっさんたちの船が旋回中。
船を見つけた時は他の船は見当たらなかったから多分、島の裏側に隠れたのだろう。
戦闘は始めたばかりなので二隻の位置から推測すると多分港は北西方向だろう。
うまく行けると良いな。
どれぐらい経ったのかわからないが、ずっと水平線だった方角に薄べったい異物があった。
多分陸地だろう。
つまらない時間が長いせいで逸る気持ちを抑えきれない。
只々、はやくはやくと願うばかりだ。
すると異物が海を侵蝕するように迅速に広がっていく。
太陽もいつの間にか視野に入った。
景色が低速度撮影の映像のように流れていく。
沿岸に着いた時、太陽はもう沈んだ。
夜の暗さを気にすることなく辺りを見渡せる私だが、陸地の一部がほかより目立っている。
何故なら明らかに灯りが灯してあるからだ。
綺麗だが無駄ではない。
灯りがあるということは人がいるのだろう。
その灯りは海の方に集中している。
近づくにつれてそこが港であることがわかった。
夜なのに賑やかだな。
何をやっている? 見に行こうか。
そう思って港に行こうとする私だが、途中にそれより気になるものを見つけた。
町外れにある立派なお屋敷の屋根に目立つ人影があった。
近づけてよく見るとその人影は白いパジャマを着た金髪の美少女だった。
多分この屋敷のお嬢様だろう。何故こんな時間に屋根に登るのだろうか。
少女は怯えも迷いもなく屋根から屋敷の裏側の壁を伝って降りていく。
どうやらかなりお転婆なお嬢様のようだ。
後をつけて観察しよう。
少女は幌馬車の荷台に乗り込んだ。
私も追って中に入った。
「よし、これで逃げられる」
なるほど、家出嬢さんか。
「だ、誰ですか!」
え?