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25、花採りじいさん

 友達のチプを通じて老人の行動を知ったヘレマが呆然としている間に、他の村人が老人の頼みに応じて旅に必要なものを手に次々と現れた。

 自然とお喋りなどの声で外はすっかり騒がしくなった。


 そんな中で我に返ったヘレマは老人の行方を聞き回った。


 その喧騒につられたのか、お嬢さんたちは外に出た。そしてたちまち餌の匂いを嗅いだ飢えた金魚のような村人たちに囲まれた。




 どれぐらい経ったかわからないが、太陽はもう完全に赤い夕日になった。お嬢さんたちはやっと村人の聴取のような細々な質問から解放された。

 その質問の連撃が始まった間もないすぐに飽きた私は早送りしたおかげで、そのつまらない時間をスキップできたが、それができないお嬢さんたちにはちょっと同情した。


 「はーーやっと終わったーー?」


 「どうしたんですか?」


 お嬢さんは体を伸ばしながらそう言ったが、何故か疑問形だった。

 不思議に思ったチェルカといっしょにお嬢さんの視線を追うとその先に浮かない顔のヘレマがいた。


 「ヘレマさん、どうしました?」


 「お爺ちゃん、まだ帰ってこないの」


 お嬢さんが声を掛けるとヘレマは今にも泣き出しそうな顔になった。

 それを見たチェルカは小走りで行ってヘレマを抱きしめた。


 「ヘレマちゃん、大丈夫ですよ。落ち着いて」


 チェルカはそう言いながらあやすようにヘレマの背中をなでた。


 「チェルカ、外も涼しくなってきたし、とりあえず中に入ろう」 


 お嬢さんはどことなく不機嫌な口調で提案した。

 チェルカはそれに従い、ヘレマの手を引いて家に入った。


 3人はまたヘレマが挟まれた形で並んで椅子に座った。


 「ヘレマさん、どうしましたか? 夜になろうというのにおじいさんがまだ帰ってこないのが心配なのはわかりますが、そこまで慌てる必要はないと思います」


 「だって、だってお爺ちゃんまた倒れたらどうしよう」


 ヘレマはチェルカに抱きしめられて少し落ち着いたが、老人のことを聞くとパニックになった。


 「また倒れるってなんですか?」


 「だめだ、だめだ早くお爺ちゃんを探さないと」


 パタン!

 ヘレマはお嬢さんの質問を無視してそう言うやいなや出ていった。残るのは呆然としたお嬢さんたちとドアの閉まる残響。


 我に返るお嬢さんたちは、慌てて追いかけて外に出ると一つ幅が大きめな人の影が森の方に行く道の真中にあった。

 よく見るとその人影はヘレマが老人を抱きしめているのものだった。


 「お爺ちゃん、どこに行ったの? 心配したんだよ」


 「心配させて悪かった。ちょっとこれを取りに行ったんだ」


 そう言って老人は手に持つ花の入った籠を見せた。


 「ニカオブの花……」


 「それはなんですか?」

 ……

 「別に特別な花ではないが、この村では遠くへいく友人や結婚する人に祝福として送っています」


 ヘレマの呟きを聞いたお嬢さんはナチュラルに質問したが、ヘレマは何かを思い耽るように花を見つめている。代わりに老人が答えた。


 「そうですか、じゃぁわざわざこの花を採るために遅く帰ってきたんですか。どうしてですか?」


 「どうしてと言われても特にこれといった理由はないんです。強いて言えば、後悔を残したくないです。

 この子もこの子の両親のように突然僕の側からなくなるかもしれないし、あるいは明日でも僕がこの子から去らなければならない。

 そんないつか必ず来る時に備えて僕は後悔を残したくないんです」


 「お爺ちゃん……」


 ぐるうぅ


 ヘレマが涙目で何かを言おうとしたが、チェルカからちょっと聞き慣れた音が響いた。

 チェルカのほうを見ると案の定顔が真っ赤になった。そしておもむろにお嬢さんの背中に隠れた。


 「ヘレマ、まず夕食しよう、話はそのあとにしよう」


 「わかった……」




 夕食後、お嬢さんは服を着替えたいと言うと、ヘレマは「じゃぁ、あたし着てみてもいい?」とお嬢さんに言い寄った。

 お嬢さんが承諾したら、ヘレマがお嬢さんの手を引いてある部屋に駆け込んだ。いきなり過ぎたせいか、慌てて追いかけようとしたチェルカは転んだ。


 「それにしても驚きましたね。ヘレマさんと少し話をした間にわたしたちのことはもう村の皆さんに知れ渡った上、必要なものまで用意してくれましたなんて」


 「そうです! 本当にびっくりしました」


 「よそは知らないが、この村じゃそれが普通だよ……今更だが、本当にいいの? 服を交換しちゃって」


 下着姿のヘレマはおどおどしながらチェルカからお嬢さんの脱ぎたての服を受け取った。


 「いいよ。わたしにとって服より先を急ぐほうが大事ですから。わたしのことよりおじいさんは大丈夫?」


 「大丈夫じゃない、この前畑で倒れたの。もしあたしが気づかなかったら危ないかもって言われたの」


 冷たい声で言いながらヘレマまた暗い顔になった。


 「ヘレマちゃん……」


 「あーーすみません、わたしが言いたいのは服の交換についてです。わたしはおじいと交換するつもりなんですが、旅の装備の全部は他の村人が用意したものだから、この場合服の所有者は誰になるのです? 揉め事になりませんか? そういうことです」


 チェルカをよそにお嬢さんは誤解を解こうと説明した。


 「そ、そうか。それなら大丈夫と思うよ。村の皆は昔からずっと支え合ってきたの。あたしのものはみんなのもの、みんなのものはあたしのもの。みたいな感じでよく貸し借りしたよ。だから大丈夫と思う」


 なにそれ、ユートピア?

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