18、ヒャリエー・ソーディ-2
『なるほど、家出嬢さんか』
荷台に乗り込んで間もなく、どこからともなく誰かの声が聞こえた。最初は泥棒かなにかと思ったが、話を聞けばどうやらわたしみたいにワケのわからない力の持ち主のようだ。
そして、今この人はわたしが夢で弟の誕生日パーティーに参加した時の「誰も自分を見えない」状態のようだ。
誰も見えない……
そうだ。婚約は探検地図を渡してから結んだから、この人にお願いしてその在り処を探ってもらってわたしがこっそり燃やせば、この婚約もなくなってまだチェルカの近くにいられる。
いっしょに逃げるのが嫌なら、わたしが側に居ればいい。今はあの忌々しい命令でいっしょに遊べないけど、いつかは……
『断る』
まだお願いの内容を言ってないのに断られた。しかも2回も。やはり、わたしのお願いなんて叶わないし、誰も聞いてくれない。だからパパとママが変わった。だからチェルカはいっしょに逃げてくない。だからわたしは1人だ。
逃げる理由? そんなの……
「苦しいからに決まっています!」
「誰だ!」
まるでわたしの声に反応するみたいにチェルカが門を破るような勢いで入ってきた。
でも、何故こんな時間に車舎に来た? もしかして、気が変わっていっしょに逃げてくれる?
「ヒャリエーお嬢様! どうなさいましたか」
チェルカはよそよそしい態度で声をかけてきた。その行動はいつもと変わらないのに、何故か今はやけに苦しく感じた。
知らない人に断られた直後から?
それともわたしの期待がまた裏切られたから?
ううん、もうどうでもいいか。どうせわたしは1人だ。どこに嫁がれても、どこに逃げても。
わたしはチェルカをあしらって部屋に戻ろうと車舎を出た。そして早足で部屋に戻ってベッドに飛び込んだ。そのまま寝ようとしたところに誰が話しかけてきた。
うるさいな、ここまま寝かせてくれ。
しかし、まるで身体が言う事聞かないようにペラペラと喋った。
力でお金を稼いたことも、結婚することも、聞かれたこと全部話した。
『……』
考えてるだろうか。次の質問が来ない。その間にわたしは眠りについた。
嫌な夢をみた。
男の子がなんのおねだりをしてもその両親が叶えてくれる。
男の子が笑えば、その両親も幸せそうに微笑む。
男の子が泣けば、その両親もまた悲しむ。
ただそれだけでも妬ましいのに、さらに忌まわしいのはその両親は同時にわたしの両親でもあること。
「誰だ!」
誰かの大声でわたしは夢から覚めた。声の聞こえた方向から察すると、どうやら誰か部屋の前に居るようだ。何事と思ってドアを少し開け、その隙間から覗いて見た光景は覆面した男が片手でチェルカの肩を掴み、もう片手に今も振り下ろしそうにナイフを高く振りかざしている。
「痛い!」
気がついたら、わたしはもう男を突っぱねてチェルカを引っ張って走っている。
しかし、角を曲がって少し進んだら3人の覆面男が現れた。
ぐっ、仲間がいたのか。
男たちが逃すまいとナイフを取り出しながら道を塞いでこっちに迫ってきた。仕方なく引き返したらさっきの男はもう追いついてきて、挟まれる状態になった。
もうここまでか。
人生の最期にチェルカが側にいてよかった。
そう思ってチェルカと抱き合ったら、男たちが一斉に襲いかかってきた。
「だから殺すな!」
その声とともにプスッとした音がした。
音がした方を見ると、手に血の着いたナイフを持って慌てふためく3人と地面に倒れた1人がいた。
男たちが慌てる隙にわたしはチェルカの手を引いて再び逃げだした。
やはり少しでも生き残れる可能性があるのならその可能性にかけたい、たとえ死ぬかもしれない可能性でもチェルカが無事ならわたしは死んでもいい。
そう考えた途端、まるでわたしの決心を試すようにチェルカがこけて男たちに掴まれた。その上にチェルカがまたしてもよそよそしい口調で自分を見捨てほしいと言った。
ふざけるな! 見捨てるなんてできるわけないだろう! だから……
「ヒャリエー!
最期はせめて以前のように名前で呼んでよ!」
そんな時に異変が起きた。
何故かチェルカを捕らえている男がチェルカを逃した。
まだ状態を飲み込めないわたしとチェルカをよそにその男がナイフを取り出して仲間を殺した。
人が……死んだ。
何故だろうか、意外と何も感じなかった。いや、それどころか全然重要じゃないと思った。そうだ! 今重要なのは男たちの死活じゃない、チェルカの安全だ。なんとかしても男の注意をこっちに引きつけてチェルカを逃さなければ。
「お嬢さん、私だ」
何故か男が突然になれなれしく話しかけてきた。話を聞いてみればこの男を動かしてるのはさっきの謎の力の持ち主のようだ。最初はこれが本体と思ったが、ちがうのようだ。
まぁ、敵意さえなければどうでもいい。
同類もいろいろ聞きたいことがあるようだが、死体の側が嫌だから場所を変えてほしいと言った。
そうだね、チェルカも落ち着かないだろうし。
「そうですね。じゃ私の部屋に行きましょうか」




