17、ヒャリエー・ソーディ
わたしはヒャリエー・ソーディ。
この国で一番大きいと言われるソーディ商会の長女、下に会ったことのない弟が1人いる。
今はこんな立派な屋敷に住んでるけど、前は店と居住がいっしょの併用住宅に住んでた。この屋敷に住んで嬉しく思ったのは新鮮さを感じられる最初の一週間だけだった。
この屋敷に住んでからパパとママに会わなくなった。かわりにわたしをお世話するためのメイドという知らない人たちとよく会うようになった。
メイドたちにパパとママが何をしているのかは聞かなくてもわかる。なぜなら、わたしのワケの分からない力でお金を稼ぐようになってからそれしかしなかったからだ。
パパは普段仕事で家にいない。たとえ居ても書類仕事を片付けるために書斎から出てこない。
以前はいっしょに遊んでくれたのに。
ママは家事をしなくなって以来、家に居る時はどこのパーティーで知り合った人とお茶会、居ない時は長いお買い物に行くかどこかに遊びに行くかだ。
以前はいっしょに家事やパパのお手伝いをしてたのに。
そして、わたしは良き淑女、良き妻、良き母になるための授業を受けさせられている。そのスケジュールは毎日起きてから寝るまで心に休む時間もないほどのものだった。実につまらない毎日だ。
そんな毎日は屋敷に来ても続くと考えなくてもわかるわたしはイタズラし始めた。最初は輪番で毎日違うメイドが来ていたが、だんだん特定の誰かしか来なくなった。
わたしはパパに説教されるだけだが、当番のメイドはその後始末と壊れた物の賠償をしなければならない。それを耐えられないメイドたちは次々と当番拒否したらしく、いつの間にかその誰かがわたしの専属メイドになった。
専属メイドの名前はチェルカ。決して完璧ではないが、仕事はもちろんお願いしたこともちゃんとやってくる。そして、いつも側に居てくれる。イタズラをやめたのはパパが説教しに来なくなったのもあるけど、チェルカに叱られたからだ。
悪いことをしたら叱られる、いい子でいれば甘えられる。そんな忘れかけたことを思い出させてくれた。その時にわたしの中にずっと足りなかった何かが満たされていく感じがした。
しかし、それは一瞬しかなかった。わたしがそんな感覚に浸っている間にママとパパが王都に引っ越した。そして、チェルカはわたしといっしょに遊ばなくなった。
チェルカを捕まえて無理やりに理由を聞いたら……
「旦那様が誰もヒャリエーと遊んではいけないと命令したからです」
と言うや否や、逃げ去っていった。
わたしはまた1人になった。その後、何週も人と会話らしい会話をしなかった。
毎日は以前のようにチェルカが着替えさせてくれたりするが、必要以上の言葉は交わせなくなった。
寂しいよ。苦しいよ。チェルカ何か言ってよ。わたしを1人にしないでよ。
そんな日々の中、わたしはパパとママに会いたくてたまらなくなっていった。チェルカと仲良しできないなら、パパとママが昔のようになって戻ってくるというありえないことに縋り付いた。
そんな妄想をした日、わたしはやけにリアルな夢を見た。
夢の中にパパとママが知らない男の子の誕生日を祝っている。その誕生日はわたしには一度もしてくれなかったほどの盛大なものだった。参加者の数、ケーキの大きさ、パパとママの笑顔。どれも妬みを抱くほど苦しかった。
みんなが祝福しおわり、プレゼントを送る時間になった。
パパが男の子にレプリカの剣をプレゼントとして渡したが、ずっと欲しかったのか。男の子がはしゃぎすぎて誤ってパパの手をその剣で叩いてしまった。切れないとはいえ確実にアザになるだろう。
ここで夢が覚めたが、何日後、パパが来た。来た理由は海外探検のための地図がほしいからだ。地図を渡すところにパパの手にアザがあることに気づいた。同時にその悪夢は現実だったと悟った。
今思えば、いくら寂しいとはいえ、こんなやつに尻尾を振ったのは失敗だった。その数日後、パパから手紙が来た。内容はただの知らせのようにわたしの婚約の詳細が書いてあった。
薄々思ったが、もう誤魔化せないようだ。
やはりパパはもうわたしのことがどうでもいいと思っているようだ。
ならばわたしは居なくなってもいいよね。
通知を読み終わったわたしは逃げることを決意した。
そう思ってまず頭によぎったのはチェルカだった。わたしが逃げたことで必ずチェルカに罰があるのもあるけど、最もの理由はいっしょに居たいからと誘ったが、結果は断られた。
何故だ?
チェルカもわたしのことどうでもいいと思っているのか?
やだやだやだやだ……
わたしはそんな不安を抱えながら計画を立てた。
というより力による情報で、買い出しに出るメイドが毎回幌の張った荷台の中を確認せずにいくのを知ったから、ただ買い出しの前日の晩に荷台に潜めば翌日の朝に屋敷から逃げられると自然にわかった。
そして、その夜がやってきた。わたしはこの夜が人生で一番長い夜とも知らずに荷台に忍び込んだ。




