Part W‐5
車いすでワーフに運ばれながら、セシリアはうつらうつらとしていた。車いすが揺れるたびに、首が前後左右にぐらぐらと揺れる。
「お疲れさまでした、お姫様」
「うん……検査も楽じゃないわね」
「コールドスリープはどんな影響があるか分かりませんから」
セシリアを車いすからベッドへ移動させ、ワーフは壁の浄水器へとマグカップを持っていく。
「どうぞ」
「紅茶?」
「白湯です」
「……おいしくない」
セシリアは一口飲んで舌を出す。
「それにしても、大人達も今更念入りなことね。私が貴重だ貴重だって言うなら、私が一番ストレスなくいられるようにしたらいいのに。そう簡単に死にはしないわ」
「大事な体ですから」
ワーフは視線を落としたままで微笑む。
「あなたも、大人達と同意見?」
「……ええ」
「都合が悪いとすぐ目を泳がせるわよね」
セシリアの言葉に、そっぽを向いたままでワーフは耳を立てる。
「驚かなくてもいいじゃない」
「何で分かるんですか」
「あなたの耳は分かりやすいの」
セシリアはマグカップを両手で包む。
壁掛けのアナログ時計が、かちりと針を鳴らして時を刻んだ。セシリアは白湯に息を吐きかけ、ワーフは立ったままで窓の外へと視線を向ける。
「あなたと会って、今日でひと月ね」
「ええ」
振り返ったワーフの、赤褐色の目を見つめる。ワーフは瞬きもせず、静かにセシリアの翡翠色の瞳を見返した。
「ちょっと、お話ししましょうか」
「構いませんよ」
かちり、とまた時計の針が鳴った。空調が待機状態へと切り替わり、部屋の中に完全な沈黙が落ちる。遮っていた雲が退き、窓から日の光が差し込んだ。床から天井へと反射した光で、部屋の中が明るく照らされる。
「昔ね」
静かに切り出したのは、セシリアだった。
「ズィルヴァーの記憶は、三世代以上残るって話を聞いたことがあるの。本当の本当に大切なものは、何百年、何千年も覚えていられるんだって」
「ええ」
「あなたにも……ある?」
セシリアの言葉に、一瞬、ワーフは眉根を寄せた。
「ええ」
短く返事をして、ワーフは目を伏せる。セシリアはぐっとつばを飲み込んだ。
「あなたは、ズィーダなの?」
かちり。時計の針が鳴る。大きく息を吸って、セシリアは視線を落とした。長く息を吐いても、心臓は踊り狂っている。一度強く目をつぶって、それからセシリアは、ゆっくりと、ゆっくりと顔を上げた。ちらりと見えた口元は、やや驚いたように開かれていて、それからきゅっと引き結ばれて、それから――――
「遅いですよ、王女様」
優しく、笑った。