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Part Z‐4

 顔に水をかけられて、セシリアは目を覚ました。

「おはよう、王女さん」

 低い男の声がする。セシリアは目を瞬かせ、頭を振った。

「ここは……?」

「ここが何処かは言えねえ。ただ、壁の外だ。お優しい守衛も忠誠心に満ちた従僕もいねえ」

 次第に、薄暗い部屋が見えてきた。身をよじると、ぎしぎしと軋む音がする。どうやら縄で縛られているらしい。

「大人しくすれば危害は加えねえさ。そこまで下衆じゃねえし、人質にはきれいでいてもらわなきゃな」

「……人質……あなた達、まさかアリウス解放軍?」

「……ほお。理解が早いな。賢い女は好きだ」

 暗がりから、覆面を付けた男がぬっと現れた。手には、銀色に鈍く光るナイフがある。

「これから、あんたにはちょいとビデオに出演してもらう。俺達も戦争は好きじゃねえ。まあ結果として戦争になるかも知れないがな」

「……まさかあなた達、ノアーズのことを公表するの? あんな程度じゃ戦争なんて」

「もっと大きいことだよ。黙って人質のお人形さんをやってな」

 セシリアの傍らに、見知った青年が立った。セシリアの腕を掴んで立たせると、その青年は、覆面の男の後を追って歩き出す。

「……ズィーダ」

 無表情のまま、ズィルヴァーの青年はセシリアを引っ張った。

『あなたは、元から解放軍のスパイなのよね』

 そう言った直後から、記憶がない。だが、攫われたことだけは理解できた。

 覆面の男が入った部屋は、壁が全て白く塗られていた。窓は塞がれ、蛍光灯が照らす室内には、カメラがぽつんと置いてあるのみだ。数人の男がカメラの前に椅子を用意し、その中心にセシリアが座らせられる。

「えー、各国政府及び一般市民の皆様方。我々は、アリウス解放軍と名乗る者達であります」

 覆面の男が、カメラに向かって仰々しく礼をした。

「我々の目的は言わずもがな、アリウスの解放。しかしながら、壁に囲まれて丁重に保護されているオリジナルはともかくとして、アリウスの解放とは何ぞやと思われるでしょう。そもそも我々は、解放されるべきアリウスの存在すら認知されていないことに、強い憤りを覚えております」

 覆面の男が、ズィーダを手招きした。ズィーダは頷いて、画面に入る。

「僕はズィーダ。転生の能力を持つアリウスです。……お久しぶりです、博士達」

 いつもの穏やかな調子で、ズィーダは話し始めた。

「ズィーダという名を知らないとは言わせません。オリジナルの保護地区の地下……そこにある研究所で、僕が生まれたその瞬間から、あなた達は僕の一切を記録して、観察して、分析してきたのだから」

 セシリアは息を飲んでズィーダを見上げた。

「ズィルヴァーの転生は、偶発的な能力でした。博士達は、数世代前の僕を収容し、様々な形で刺激を与えては殺害し、記憶がどれほど引き継がれるかを調べていました。死を覚悟すると、ズィルヴァーは他の個体との生殖行為なくして、自身のクローンを作ります。その特性も、都合がよかったのでしょう。通常クローンには引き継がれないはずの記憶が、ズィルヴァーでは引き継がれる。これは転生であると暫定的に名付けられてから、その原理の解明にさぞ頭を悩ませていたのでしょうね」

 つらつらと、抑揚の欠けた声でズィーダは語る。

「数年前に災害で停電した際、僕含む数名のアリウスが逃げ出しました。しかし、そのような報道は一切無かったでしょう。我々数名のアリウスを取り戻すことより、研究所の存在を隠蔽することが優先された結果です。しかし今も、数百名のアリウスが、あらゆる非人道的な実験の対象にされていることは明白です」

 ズィーダがナイフを取り、セシリアの首筋に刃を当てた。

「ここに、ノアーズに乗る予定の王女様がいます」

「ノアーズが表向きは宇宙観光船でも、実際のところは移民船だという情報もつかんでおりますとも。王族やら一部の人間のみで、遠く離れた星のシェルターに移動し、オリジナルだけの社会をもう一度作ろう……なんて」

 ズィーダの言葉を引き継ぎ、覆面の男は身を乗り出した。

「アリウスを生み出しておきながら随分と無責任ですねえオリジナルは!」

「リーダー」

 ズィーダが静かに、覆面の男を止める。覆面の男は身を引いて腕を組んだ。

「悪い」

「……我々の要求は二つ。研究所の資料と実態の公表、それから、実験体にされているアリウスの社会復帰です。武力行使は望みません。……公表の結果如何も、世論にゆだねましょう。ただ、どちらかが完全になされない場合、セシリア王女の身の安全は保障いたしません」

 ズィーダはナイフを鞘に戻し、やはり淡々と告げる。

「例えば、アリウスを解放し、実態を公表し、資料を一部公開とした場合。資料の公表が完全になされていませんから、王女の腕以外をお返しします」

 ズィーダの手が肩に乗り、セシリアはびくりと震えた。

「例えば、アリウスを解放し、資料を全て公開し、実態はその内容が凄惨故に非公表とした場合。王女の足以外をお返しします。他のどの場合でも変わらず。完全な公表と完全な解放。それがなされなければ、王女の五体満足は保証しかねます。期日は、このビデオが公表されて一週間。では」

 ビデオの録画が終わり、ズィーダは長い息を吐く。

「お疲れさん。あとは実働班に任せよう」

「はい」

「王女さんはどうするかね。男部屋しかねえぞここ」

 リーダーが覆面を取り、セシリアは驚いたように目を瞬かせる。

「あ? 何だ王女さん」

「意外ときれいな顔なのね。もっと野蛮かと思っていた」

「……けっ。ツラがいいのも俺の種族の特徴だからよ。こんな優男が解放軍のリーダー名乗ってもサマになんねぇだろ?」

「そうかしら。言葉を整えたらカリスマっぽくていいんじゃない?」

 ズィーダがセシリアを小脇に抱え、足を引き摺りながら運んだ。

「空き部屋でいいでしょう。埃は我慢してください」

 ソファと小さな机があるだけの部屋に、縄を解いてセシリアを放り込む。ズィーダはそのまま、セシリアが振り返る前に乱暴にドアを閉めた。

「ズィーダ!」

 ドアに鍵をかけ、外側からチェーンをかけ、更にもう一つ鍵をかけてから、「何です」とズィーダはぞんざいに返す。

「……どうして、こんなことを?」

「憎いからですよ」

 ドアに拳を当て、ズィーダは俯いた。

「僕達の声は小さい。それでも変えたいことがある。だから権力を利用する。……きれいな言葉で言えばそうですが、本当は、少なくとも僕は、憎いからここにいます」

 ズィーダは、握った拳でドアを叩いた。

「憎い。何年も、何十年も、僕を閉じ込めて、痛めつけて、殺したあいつらが憎いんですよ。また生まれるからって簡単に殺しやがって! 同じ遺伝子で、記憶を持っていたとしても僕は死んでるんですよ。同じ人間じゃないんですよ。それを理解しないあいつらが、憎くて憎くて憎くて憎くて、」

「………………」

「……もう、どうしようもないんですよ」

 セシリアは押し黙った。ズィーダの足音が遠ざかり、セシリアはソファに座る。硬いスプリングが、ぎしぎしと鳴った。



 号外がばらまかれ、街は連日騒然としていた。王女の誘拐。アリウス解放軍を名乗る連中の要求。ノアーズの実態。憶測と聞きかじりの情報が入り混じる噂話は、どんな伝染病よりも速く世界中に広まった。インターネット上にアップされたアリウス解放軍の動画は、削除されるたびにコピーが出回り、警察や軍部がいくら対応してもきりがなかった。

 目深に配達員の帽子を被り、ズィーダは石畳を蹴る。人でごった返す広場を避け、塀を乗り越えて城に侵入した。ひっきりなしに出入りする記者や警察から、便乗して王族に石を投げたがる一般人まで、守衛が対応しなければいけない来客は途切れない。頭上を抜けていったズィーダなど、誰の目にも映っていなかった。

 バルコニーから、ガラスを破ってセシリアの部屋の中へ。壁際のワゴンに駆け寄るとほぼ同時に、警報が鳴った。

「!」

 『ニルギリ』と書かれた紅茶の缶を掴んで腰のポーチにねじ込み、ズィーダは窓へと向かう。が、踵を返した瞬間に、部屋の扉が開いて銃口が並んだ。振り返ったズィーダの胴に、四つのレーザーポインターが当たる。

「……ズィーダ」

 銃口の向こうから現れたのは、セシリアの父――――王だった。ズィーダはすっと体の緊張を解き、王へと向き直る。

「……何故とは言うまい。研究施設のことは私も耳にしたことがあった。君の言葉が事実ならば、君の行為を非道となじることは、私にはできない」

「………………」

「じきに、君達の要求は飲まれる。だから頼む、娘は無事に返してくれ」

 王が、深々と頭を下げた。

「……きっと戦争が起きます」

 ズィーダがぽつりと言う。

「ああ、避けられないだろう。オリジナルとアリウスの間には、かなりの溝ができている。溜まり続けた不満が噴出するのは時間の問題だった」

 そのときは。王はまっすぐにズィーダの目を見た。

「娘を頼むよ」

「……頼む相手を間違えてはいませんか」

「娘のために、紅茶を取りに来たんだろう」

 ズィーダは舌打ちをする。

「何世代分の憎悪を背負っていても、君の本質は善良だと私は信じている」

「善良になれるわけがないじゃないですか」

「人は、そうなりたいと願ったものになるんだよ」

 王が手を挙げ、銃口が床を向く。

「君は少しだけ、君自身の声が小さかっただけだ」

「――――僕は、」

 ズィーダはポーチを握り、俯いた。

 割れた窓から吹き込んだ風が、ズィーダの髪を揺らす。壁掛け時計が、正午を告げるチャイムを鳴らした。

「僕は、僕がどうしたいのか、分かりません」

 絞り出すように言った背後で、空が光った。

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