Part W‐3
顔に向かって飛んできた端末を、ワーフは片手で受け止める。それを投げつけたセシリアは、怒りを剥き出しにしてワーフを睨みつけた。
「……そのお体でこの投擲力とは大したものですね」
「ふざけないでよ! お城のデータベースって言ったって、それで見られるのなんて本当の本当に一部じゃない!」
「……全てお見せすることはできません。勿論、お話しすることも」
「私に何を隠してるの?」
ワーフは押し黙って視線を逸らす。
「……ああそう。結局私に自由なんてないのね。あなただって監視のためにここにいるんでしょう」
「ええ半分は」
ぬけぬけとワーフは言った。
「……あなたは嘘吐きだわ」
「それは心外です」
「そばにいてって言ったのに」
セシリアはそっぽを向いて頬杖をついた。ワーフは頬を掻く。
「……知りたいって思う気持ちは、罪なの?」
震える声で、セシリアは言う。ワーフは端末を置き、セシリアに近付いた。
「中庭くらいまでなら出られますよ」
「結局城の中じゃない」
「……もし」
ワーフは膝をつき、セシリアを見上げる。
「触れることが許されるならば。抱えて、ここから街まで跳ぶことくらいは」
「……いいの?」
「あとで俺がしこたま怒られるだけです」
ワーフは下手な笑みを浮かべてみせた。
足と腰をそっと支えて、ワーフはセシリアを持ち上げる。セシリアは両手でワーフの首に抱き着いた。カーテンロープで互いの腰を結び付け、ワーフはバルコニーに出る。
「……あら、緊張してる?」
「それは、勿論」
二人は手すりに乗った。街を見下ろして、セシリアは目を細める。吹き上がった風が、ワーフの髪を揺らした。日の光が反射し、その髪は銀色に煌めいている。
ワーフの足が、手すりを蹴った。
ベッドで眠るセシリアを見下ろし、ワーフは深いため息をついた。ポケットの中で、呼び出し用の端末が震える。舌打ちをして、ワーフは踵を返した。
セシリアの部屋は暗いが、廊下はまだ煌々と明かりが照っていた。王族の居城、という形式ではあるが、この城は人類の歴史が詰まった、統一政府の拠点だ。昼夜問わず、忙しく仕事をしている人間は多い。
指定された第五小会議室の扉をノックし、ワーフは姿勢を正す。空気が抜ける音がして、ドアが開いた。白衣の男が数人と、スーツを着た男が一人、電子黒板を前に待っていた。
「……ワーフ・シャーウッドくーん?」
腕を組み、いらいらと指先で腕を叩きながら、スーツの男が口を開く。ワーフは耳を寝かせて視線を逸らした。白衣の男が、控えめに手を挙げる。
「彼女の容体は?」
「健康そのものです」
「よし!」
「博士、ちょっとお静かに」
スーツの男にたしなめられ、白衣の男は首を縮めて部屋の隅へと引っ込んだ。かつ、かつと靴を鳴らして、スーツの男はワーフに近付く。
「何故命令違反をした? 弁明は聞こう」
「……すから」
「うん?」
「ずっと城の中しか知らないなんて、気の毒ですから」
「それは、同情か?」
いいえ。ワーフは首を横に振る。
「……オリジナルがそれなりに貴重で、彼女は最上級に希少な人材だと分かったうえでの蛮行か」
額に手を当て、男はやれやれと首を振る。ワーフを見遣る視線は、蔑むような色をしていた。
「例のコールドスリープ装置の件はじき片付く。そこの博士があとは引き継ぐだろう。専門知識のない下男に過ぎない君は、無事お役御免というわけだ。これ以上騒ぎを起こさないことを推奨する」
「知識ならあります!」
耳をピンと立て、ワーフは自分の頭を指差した。
「ここに、先代も、先々代も学んできた知識が、六十年分!」
「たかが六十年の素人知識で、命を預かる装置が理解できると思うな」
博士とは別の白衣の男が、ぴしゃりと言葉を叩き付けた。
「素人じゃ……」
「ズィルヴァーの脳が特別なのは知っている。だがそれは、転生の負荷に耐えるだけ。もとから知識や記憶が入っている分、並の人間より学習能力は低いと聞く」
「それは……そう、ですが」
ワーフの耳がしゅんとする。博士に白衣を引かれ、男は言葉を切ってワーフに背を向けた。スーツの男が咳ばらいをして、ワーフの肩を叩く。
「君の彼女に対する想いは想像に難くない」
ワーフは片手で、男の手を払う。男は優しく微笑んだ。
「だが、君はまだ幼い。彼女の存在がどれほど貴重になっていくか。それは人類全てが注目するところとなるだろう。彼女個人の、そして君個人の感情は持ち込めない領域なんだよ」
「……俺の気持ちなんか、分かるわけがないですよ」
「分かるとも」
スーツの男は小さく笑い声を漏らす。
「彼女は美人だからね」
「……やっぱり分かってない」
ぎゅっ、と拳を握り、ワーフは小さく絞り出した。