Part Z‐2
「やっぱり、転生ってすごい能力だと思っていたけど、万能じゃないのね」
クッキーを咥え、セシリアは手すりに寄りかかって溜息をついた。
「ええ、精々三世代……僕だと、先代がイェーン、その前がイクス、その前が……ワーフ。それくらい前だと年代も離れますから、記憶も定かじゃないんですよね。勿論、ずっと残っている記憶もありますけれど」
「……そ。まあいいわ。私が知りたいのは今だもの」
「へえー」
足を手すりにかけ、ズィーダは逆さづりになる。逆さまの街に、夕日が落ち始めていた。
「でも、僕もそろそろ帰らないと。今日はたまたま入れましたけど、ここ、警備厳しいですし次はないですね」
「あら、そうなの」
「あれ? ご存知ないですか? アリウスの解放軍とか何とか言ってる奴ら、オリジナルを目の仇にしてますから」
「ああ……そういえばそんな話もあったわね」
気の無い返事に、ズィーダは体を起こした。
「ですから、今日は最初で最後ということで」
「ええーっ。もっとお話聞きたいのに」
「仕事でもないのに入れませんよ」
ズィーダは苦笑する。
「じゃ、仕事があればいいのね」
身を乗り出したセシリアに、ズィーダは唇を曲げた。
「そう簡単な話じゃありませんよ?」
「でも、私はあなたの話をもっと聞きたいと思ったわ。明日も聞きたいって」
「それは光栄」
ズィーダは手すりの上でしゃがむ。セシリアはズィーダに駆け寄り、その手を握った。
「仕事をあげるわ。だから、明日も来て」
「……王女様」
「簡単じゃないのは分かる。でも、私、生まれてから一度も、お城を出られたことがないのよ。街のことすら分かってないの。……知りたいって思う心は、罪かしら」
ズィーダは困ったように笑った。
「……或いは」
「?」
「あなたがそれほど無垢でなければ」
静かで穏やかな声は、何かを押し殺すように震えていた。セシリアはズィーダを見上げる。まだ齢二十も数えていなそうな青年は、その瞳に慈しみの色すら浮かべてセシリアを見つめた。
「……あなた、」
「では、また」
セシリアの言葉を遮って、ズィーダは手すりを蹴る。その体が空中へ移り、やがて、セシリアの前から消えていった。
「!」
セシリアは手すりに飛びつき、下を覗き込む。中庭の倉庫の屋根に着地し、ズィーダはセシリアに手を振った。城の塀を飛び越えて、屋根伝いに去っていくその姿が、瞬く間に小さくなっていく。
「……また」
最後の一言を抱きしめて、セシリアはきゅっと目を閉じた。