Part Z‐1
幾度かの戦争の末、人類は『原種』と『支族』に分類されるようになっていた。
戦争、それに伴う環境の変化、日照り、異常気象、飢饉、など、など、など……人類という種を脅かすものは、枚挙に暇がない。
種の保存という、生物の根幹にある本能。それに後押しされて急速に発達したのが、遺伝子操作による人工的な進化だった。
西欧で、いち早くそれに警鐘を鳴らした国があった。その国は高い壁に囲まれた地区を作り、遺伝子操作が一切なされていない、オリジナル達を掻き集めてそこに押し込んだ。
まるで動物園の獣扱いだと罵られたその行為が正しかったのだと証明されたのは、数十年が経ってからだった。
オリジナルの人間達が暮らす街にも、アリウスが入ることはある。だが、仕事以外では出入りはできず、まして恋愛や肉体関係などもってのほかだ。
本来、人という種を保存する為にアリウスは作られた。それが、最も保護すべきオリジナルを脅かすなどということがあってはいけないというのに。
人類の歴史と遺産を詰め込んだ城で、一人娘の姫は深い溜息を吐いた。
「この街の存在意義は、言われなくても分かっていますとも」
傍らで歴史書を読み上げる従僕を、横目で睨む。金糸の髪に翡翠色の瞳は、不満をありありと浮かべていた。
「でも、お城から出るくらいはいいでしょう」
「いけません」
従者の説教を聞き流し、王女は深い溜息をついた。
「――――いいわよ」
従者が去ったことを確認してから、王女はバルコニーにそう呼び掛けた。
バルコニーの外側から、一人の青年が現れる。髪は銀灰色、鋭い目は赤褐色だ。褐色の肌を上気させて、青年は手すりに顎を乗せた。頭の上で、髪と同じ色の三角の耳が、ぴこぴこと揺れている。
「王女様だったなんて。こちらの身にもなってくださいよ」
「ごめんなさいね。知らないとは思わなくって」
「もう……僕が『銀天狼』じゃなくてオリジナルだったら、落っこちて死んでましたよ」
両手を手すりにかけ、軽い身のこなしで青年はバルコニー内に入ってくる。王女は大きな椅子を持ってバルコニーに出た。
「さ、座って。ここは私の部屋だから、もう許可なく誰かが入ったりはしないわ。外の様子を教えて」
「椅子は結構。身分がない自分が王女様と同じ物には座れませんので」
青年は、ひょいと手すりに乗って足を組んだ。
「お名前は? 種はズィルヴァーなのよね。紅茶に砂糖は入れるかしら?」
「名前はズィーダ。おっしゃる通りズィルヴァーです。能力もご存知で?」
「ええ、勿論」
「あと紅茶よりコーヒー派です」
「あら。私はセシリア。王女よ」
「……知ってます」
ズィーダは唇を少しだけ尖らせた。