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最終話 ハーレムはいらない時士のたった一つの冴えた逃げ道……そんなものないと

 ぼくはまたあの洞窟の前で目を覚ました。

振り返るとそこには荊の姿がある。

「さっさと行け、こちらは記憶通りにやるだけだ」

といつもの怖い顔で言うので、ぼくは頷いたが、もう荊に対する苦手意識はなくなっていた。


「おまえたちには知って欲しかった。この戦いの無益さを。だがもはやこれ以上許すことはできぬ。チヒカよ、覚悟せい」

そして二人の戦いが始まるのだが、ぼくは周囲の地形を見て、奥に続く間と別の道があることを発見して、その奥にじっと目を向けた。ここならいけそうだ。

はい、時間停止と。

はいはい、父さんはこっちねとその通路に押しやると、ハルカ謹製の勾玉を地面に投げつけてから、ぼくもまた岩陰に身を隠して、時が再生し始めるのを待つ。

「……見事だ」

そして父さんの人形はチヒカさんの手にかかり、血を流しながらチヒカさんを捕まえる。

ぼくは以前と違う、二人と近い場所に隠れていたので、今回はその二人の会話が聞こえてきた。

「よくやってくれた、チヒカさん。あとは以前に教えた通り、奥に行って巫女に襲いかかってくれればそれでいい……」

!? なんだこの打ち合わせ感ありありのセリフは。

しかもチヒカさんだって? これもしかしなくても父さんじゃなくてぼくじゃないのか!?

思わずぼくは父さんを押しやった通路のほうを見たが、そこにはもう誰もいない。

そして倒れた父さんぽいぼくを、現れたお館様の装束が包む。

ぼくははっきりと見た。その中の人形があの光を帯びて消滅していく姿を。

そしてぼくはまた時間を止め、先回りして奥の間へと急いだ。


「控えるんだ、チヒカ。これ以上先に行けば、後戻りできなくなってしまう。響がなにを教えてくれたか、もう一度考えるんだ」

それは以前ぼくが思いつくままに発したセリフだ。

だが今回は、チヒカさんが発した言葉をはっきりと聞き取ることができた。

「では、本当に始様……なのですね」

「始!? まさか……」

チヒカさんのか細い声に、白と赤の巫女装束に身を包む母さんが、絶句するように声を上げるのが聞こえた。

「行きます……!」

そしてチヒカさんの忍者刀は、ぼくのすでに知るルートを辿って振り下ろされた。

ぼくは時間を止めて、後ろにいる巫女さんを岩陰に思い切り押しやって隠してから、せっせと戻ってきて勾玉を投げ、最後にチヒカさんの手を蹴り上げて作業を完成させた。

そして胸を貫かれて倒れる人形を相手に、全く同じ寸劇を行ったあと、

「いたたた、なにをするんですか」

と間の抜けた声で巫女が背後から姿を現したので、ぼくは慌てて「隠れて隠れて」と彼女を影に押し返した。

それを見ていたチヒカさんが「これでよかったでござるか?」と言うので、ぼくは頷いた。

「始……貴方が始なの?」

母さんは細いブラウンヘアを揺らしながら、ぼくにすがりついてきた。

その瞬間ぼくの変身は解けてしまい、十五歳のぼくに戻ってしまう。

「あ……」

「母さん、時間がないから簡単に説明するけど、これで巫女は殺されたことになったんだ。それを知った荊たちはすぐ撤退する。だからこの後巫女さんと一緒に無事封印を完成させて。それでみんなが救われる」

ぼくは母さんの肩をしっかり抱きしめながら、噛んで含めるように伝えた。

それを泣き出しそうな表情で聞きながら頷く母さん。


そう、ぼくは気づいていた。

この結果チヒカさんは命を散らさないですむかも知れない。巫女さんと、まだ釈然としない面もあるけど多分父さんの死も防げたはずだ。


だけど母さんの死だけは変わらない。


ぼくは思わず母さんの体をぎゅっと抱きしめていた。

「大丈夫、未来のぼくは元気だよ。ぼくはいずれ自由に時間を操る時士になって世界を変えるんだ。職権乱用してまた母さんに会いに来る、絶対に会いに来るから!」

その時ぼくは、初めて本当の意味で泣いたような気がする。

滂沱のごとく流れ落ちる水滴を母さんの肩口に押さえつけて拭きながら、ぼくは十五年生きてきて、多分自分からは初めての抱擁を母さんと交わした。

「待ってるわ……始。未来の貴方が来てくれるなら、この先なにがあっても怖くない。だからもう泣くのはやめなさい」

母さんは涙声で鼻を啜りながらそう言った。

もしかしたらぼくは、自分から母さんの未来、待ち受ける運命を漏らしてしまったのかも知れない。

そう気づいたのはこの時だった。

それだけは避けなければいけなかったのに、ぼくは自分の想いの強さを抑えることができなかった。

だけど今は、それをどうすることもできない。


ぼくは近づいてくる足音に気づいて、彼女の体を離した。

そして涙を降り払い、笑みを浮かべた。

「また、未来でね」

さようなら母さん。

ぼくは心の中だけで呟いていた。


駆けつける荊が、チヒカさんにではなくぼくにめがけてやってくる。

「始……」

荊は母さんとぼくの姿を認めて、一瞬怯んで見せたが、ぼくはそんな荊に無言で頷いてみせた。

その時荊はぼくではなく、母さんと一瞬見つめあったように思う。


そして半ば無理矢理ハイタッチを決めたぼくらは、この場から消えた。



 そしてぼくたちは闇の空間を漂っていた。

荊は難しい顔をして考え込んでいた。

それでもぼくと目が合うとはにかむような表情を見せる。

「これでよかったのか……始」

「いいんだ、これで少なくともチヒカさんの命は救われて、扉を閉じることもできた」

「だが花凛は……」

「まだ可能性が消えたわけじゃないよ、荊」

ぼくは精一杯笑ってみせたが、そんなぼくを荊はぎゅっと抱きしめてくれた。

ぼくは驚いたけど、その温もりに抗いはしなかった。

「ありがとう荊……今ならわかるよ。荊は少しだけ母さんに似ている」

「泣いてもいいんだぞ始……ただし、男が泣いていいのは女の胸でだけだ。私を母親だと思うならもう離れろ」

随分意地の悪いことを言う荊は、どこか拗ねているようにも見える。

ぼくはなにも言わず、荊もなにも言わないまま、少しだけ二人で抱き合いながら浮遊していた。

が、

「ではそろそろ私の希みを叶えてもらうぞ」

そう言う荊の一言で、世界がまた暗転した。

「え……?」


 そしてぼくは、空が白いあの場所に立っていた。

一面が真っ白な空間、ぼくはそこが荊たちの隠れ家がある異次元世界だとすぐに気づいた。ミノリの部屋もこんな場所にあった。ほら、すぐそこに小さな家がある。

現実世界と隔絶され、メイドの里とも違うこの異空間で、二人の少女が木刀を振っていた。

「お師匠様、素振り千回、腕が折れるまでやり終えました!」

元気いっぱいに復命する少女は、なんと荊の子供時代だった。

そして背後で敬礼する少女は母さんだ。

「う、うむご苦労だった。では少し休め」

それっぽいことを言って、なんとか威厳を保つぼく。

母さんが「部屋に帰って漫画を読んでもいいですか?」と言い出したので、それを了承すると、ぼくは荊と二人だけになった。

この頃から漫画好きだったんだな、母さん。

なに読んでいるんだか。どろどろのラブロマンスか、少年格闘漫画か……。

「お師匠様、今日はお話があります」

ぼくはやけに押しの強い荊にたじろぎながら、なんとか胸を張って「なんだ?」と答えてみせた。

「では屈んでください。ここに、こう……」

彼女はその手に木刀ではなく、小さな花を摘んでいた。

花でもくれるのかな? ぼくは言われるままそこに膝をついて、彼女と目線を合わせていた。

「目を閉じてください」

屈託のない笑みを浮かべる荊の言うとおりにすると、彼女はいきなりぼくの頬を包み込み、唇を押しつけてきた。

「!?」

「えへへ……花凛が読んでいる漫画の真似です」

はぁ!? 母さんやっぱり子供の頃からそんな漫画ばっかり読んでいたのかよ!

ものすごく真っ赤になりながら駆けていく荊が、振り返ってぼくを見つめる瞳は熱っぽくなっていた。

なんてこった。母さんがきっかけで荊を狂わせてしまったのか、ぼくは。

これ誰の責任になるんだ。いや誰も責任取りきれないだろう。


 そしてぼくと荊は現代に戻っていた。

そのままぼくはぼすっと自分のベッドに腰かけてしまう。

その横で荊がぼくを見つめていた。

「私は後悔していない……これも自分の人生だ。お前に責任を取れとは言わない。だが……もしお前が望んでくれるなら」

おいおいおいおい、自分の母親と同じ年の荊に求愛されて、ぼくはどうなるんだ。

だけど言うこと聞かなかったら、あの烈火の如き修羅の顔で迫られると思ったら、いくつ命があっても足りないよ!

「荊よ、他の誰かのことを忘れてはおらんか?」

お館様は片目を閉じて荊とぼくを見遣る。

その背後から、ひょこんと顔を覗かせたのはあの三人だった。

「ちょっとはーくん、こんな年増の姉さんまで連れ込むってどういうことよ。って前も言ったなあこれ」

「始くん……最低だわ」

「まさか敵の大将までたらしこむとは思わなかったな。協力したのは間違いだったかも」

げ、三人ともなにしてんだこんなところで。

「お前が帰ってくるのを待ってたんだよ。しかし荊までたらし込むとは、お前のそれはもう完全に病気だな」

帰ったはずのミノリまで、呆れ顔でその後ろに立っていた。

そしてさらにその後ろから、ひょっこりと姿を見せるのは……チヒカさんだ。

当然そうなるよな。

ぼくの時間改変によって、チヒカさんも一命を取り留めている。いや、死の運命そのものがなかったことになったはずだ。

「あの……始様、お久しぶりです」

口元を押さえて、少し目を潤ませるチヒカさん。

しかしこれだけ女の子がひしめいていたら、二人でムードなんか作っていられる空気じゃない。


「さてお前はこれから後始末に自分で時間遡航せねばならん。変えてしまった時間を、それでも元の世界から逸脱させぬよう、ありとあらゆる手を打たねばならんぞ。その辻褄合わせには、軽く十年はかかるじゃろうな」

げ、勘弁してよそんなの無理だ。

「そうは言っても、お前が時間を弄ったおかげで、あらゆる場所に齟齬が生まれておる。それに解決しておらん問題も山積じゃ。例えばお前は叔父のフリをして自分を騙しにいかねばならんわけだが……」

「え! あれもぼくなの!?」

そういえば父さんもぼくだったけど、あれはどうなっているんだ。

もう自分ではワケがわからないぞ。

「そういえば何故始が我らの師匠だったのかわからんな」

「その……私も以前始様にいくつか指示をいただいているのですが」

「そういえば、以前始くんが私のところに来て、ハルカの制服を汚して体操服に着替えさせるの手伝ったんだけど、あれはどういう意味だったの……?」


あー……駄目だ。

これ以上は頭がパンクしすぎてほんとに手がつけられん。

身に覚えのないことの辻褄合わせを、これからあれこれやらされると考えただけで呆然とする。

とりあえず逃げよう。

だが部屋の入口はごった返していて、窓から逃げようにも、そこには荊とお館様が立っていた。

逃げ道がない。

「それよりも始よ。お前が荊の少女時代に行っていたということなら、それは時士の中でも選ばれた存在、時士の王じゃということじゃ。本来時士は自分の生まれた時よりも以前には飛べんのだが……」

「確かに我らの子供時代に始はいた。先ほどもその時間に飛んだばかりだ」

え、ということは……どういうことなの?

「お前はただ一人、この世界で大跳躍グレートリープが可能な存在じゃ。つまり、わしと交わりこの世界の原初へと立ち返ることで、この世界のねじれを、イヴンとの戦いをもなかったことにできるかも知れん。さあ、始めようか、最後にして最大の戦いを。その改変による矛盾を解決するために、わしと番いになって半永久的に時間世界を彷徨うことになるが、お前とならばわしは一向に構わんぞ」

いきなりもろ肌脱ぎするお館様がぼくに迫ってきたので、周囲がざわついた。

「ちょ、なにこのロリっ娘。その幼女風ポジションは私のだっちゅーの」

「始くんは幼女趣味じゃないよね? なら私のほうが……」

「だー、始はもっと健康的な女の子のほうがいいよね? 今度はスク水着るからさ」

「やれやれ、相変わらずお前は女癖が悪いな……全然私の入り込む余地がないじゃないか、くそっ」

「始様、立派になられましたね。これでは拙者の入り込む隙はもうありません……」

「始、私は妾の一人でも構わん。お情けでもいい、私のこともたまには思い出してくれ」


「あーもう、みんなやめてくれ!」


なんなんだこれは。

ちょっとやる気出しただけで、なんでここまで混線してしまうんだ。

頼むからぼくに平穏と孤独を。

誰かお願い。ちょっと時間を巻き戻して。

母さんごめん、助けに行くのはこの問題を解決してからだけど、ぼくにはとてもこれを解決できそうにない……。




   終わり

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