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第四話 走れミノリ、荊と半分の奇跡

 それからどれくらい眠っていただろう。結局土日のほとんどは眠って過ごしたらしい。

またそばにはお館様がいた。

今回はイタズラをしかけてくるでもなく、静かなおかげで助かった。

あまりの空腹に死にそうになった時は、何故かコンビニでお弁当を買ってきてくれた。

この際手料理がよかったとかそういうことは言わない。

あのお館様だと、なにか混入しないとも限らないしな。

人心地つくと、お館様はぼくの額に手を当てて、直接繋がったままで、意識の中で会話を始めた。

「さすがに三度続けての遡航は疲れたようじゃの。しかしおなごとの接触が遡航のきっかけになるとは、なんともお前らしい力の発現じゃわ」

「らしいって言われても知らないよ。そうなっちゃってるんだし」

「しかもそれで着実に目的に近づいておるというからまた末恐ろしいのう。どうじゃ、目算は立ったか」

「ぼくの父さんと巫女が殺される前に荊を説得できれば、全ては丸くおさめられるんじゃないかと思う」

ぼくとお館様は、真っ暗な意識世界の中で、お互いの姿だけを映し出して、夢の中で会話したように話し合う。

その空間での会話は唇を動かす必要もなく、へろへろになった今のぼくにとっては実に楽な気分だ。

ただお館様の姿が、ちらちらぼくを誘うように扇情的に揺れているのが気になるくらいで。

「では鍵となるのは五年前のあの日じゃな。その場所と日時に関してはわしがお前に伝えることができる」

「じゃあ今度はお館様と一緒に過去に行くことになるの?」

しかしお館様はきっぱりと首を横に振る。

「おそらくそれは不可能じゃろう。わしがお前を連れていくのも、お前がわしを連れていくのもな。時士は時士を運べないし、触媒とすることもできぬのじゃ」

「触媒?」

「お主は時を越えるのにおなごの願いを利用した。女たちの願う時間へ、運んでもらったとも表現できるな。お主の力はまだ不安定じゃ、一人で飛ぶにはまだ力不足なのじゃろう」

「じゃあまたハルカやトウカやアキミを巻き込んでしまうことになるのか」

「もう一人おるじゃろう」

……ん? 誰のことだろう。

ぼくが疑問に感じたところで、お館様は手を離して現実の世界に視点を戻した。

のでぼくも慌てて戻ってくる通常の視界に、ぐらりと傾きそうな体を支えるために力を籠めなければいけなかった。

楽だったんだけどな、さっきの念話。

「いやらしいのう始は。あんな直接的接触をもっと続けたいというのか? それならもっと別のところを繋げてみるか」

「慎んでおことわりします」

ぼくはきっぱりと断ってから、まだふらつく体を持ち上げて、ベッドから起きあがった。

「向こうの準備はできておる、そろそろ顔を見せてやるがよい」

そう言って窓の外を指差すお館様。その方向を見て、ぼくはさすがにぎょっとした。


「ああ、ミノリかあ……」

その呟き、唇の動きを見たのか、ミノリの顔が怒りに歪むのが見えた。

ピシッと音がして、窓ガラスに小さな穴が穿たれ、ぼくは冷や汗をかいた。

精密射撃もできるんだな……割れたガラスは、あとでお館様が時間を操ることで戻してくれた。


「呼び出しておいて遅いんだよお前は。さっさと済ませて終わりにしてくれ」

開口一番、ぷりぷりと怒りながらも、ミノリはそれでもぼくのそばにやってきて、少し顔を赤らめながら上目遣いにぼくを見た。

う、なんだこのモーションは。

「トリプルヒロインどころか、これでは七人のハーレムじゃのう」

後ろで冷やかすお館様にげんなりする。

「し、七人だと!? こいつが手が早いのは知っていたけど、そんなにいるのか!」

いやいや、いつどこで知ったんだよ手が早いとか。

しかし七人って、幼なじみ三人とチヒカさん以外にあと誰がいるんだ。

いや数えたくもない。どうせお館様もその中に入っているし。

「全く……なんでこんな奴に。あーもう! 考えるのやめやめ。行くぞ!」

一人で気合いを入れるミノリは、いきなりぼくの手をつかんでぎゅっと握りしめた。

それはこう、女の子が男の子と手をつなぐというよりは、これから技をしかけるために手を組むようなポーズだった。

さもなければ筋肉同士の友情の握手って感じ。

が、今のぼくはそれで十分スイッチが入るらしい。

淡いブルーの光につつまれて、ぼくはまた時間を逆戻りした。

体の中から力がまたごっそりと抜け落ちていくようだ……実際にダメージが来るのは、このあとなんだけどさ。


 次に目覚めたとき、ぼくは空の手を虚空につきだしていた。

あたりの不穏な空の色で、ぼくは即座に状況を理解する。

ミノリの導きを信じるなら、ここは五年前の事件が起こるその日の封印世界、メイドの里だろう。

全てはここから始まったともいえるし、全てはここで決着してしまったともいえる時間。

ぼくのあずかり知らないところで勝手に決められた事実なんか、ぼくの力で全部ひっくり返してやるぜ!

なーんて言えればかっこいいのだが、さてどうなるだろうか。

ぼくはこの時間を知らなさすぎる。

だがそれを教えてくれる人はいない。

自分でつかみとって、そして止めなければならない、全てを。


やっぱ無理じゃないのかなー、これ。


とりあえずぼくは、ネックレスに触れて動きづらい十歳の体を変身させ、いつもの親父スタイルの姿になった。そして腰を屈めて周囲の状況を探る。

今自分はここにいないはずの人間だから、他人に見つかるわけにはいかない。

「ほれ、これをかぶっておれ」

あ、どうも。その人はぼくに謎のお面を渡してくれた。

はぁっ!?

ぼくがそちらを振り返ると、もうその人はとてつもないスピードで姿を消していた。

時士なぼくが、一瞬の隙をつかれたというところか。

まあ声でばればれだったけどさ。

こんなことができるのも実際するのも、ここには一人しかいない。

ぼくはよくわからないお面を眺めて、そのどこかのモンスターかという呪術師風の顔と睨み合った。

どこにこんなものを置いていたのやら。和風の館と全然合わないデザインセンスだよ。

ぶつぶつ言っていてもしょうがないので、しかたなくぼくはそれで顔を隠して、頭の後ろで紐を結ぶ。

視界が一気に悪くなったが、それはしょうがない。

ぼくは少しだけお面を上げて周囲をもう一度確認してから、ゆっくりと歩き出した。


 チヒカさんが案内してくれたことがある封印の場所に、ぼくは辿り着いた。

そこは普段閉じられていて入れない場所にあると言われた。

だが今、その場所にあったはずの巨岩は姿を消し、その扉がしっかりと開いている。

ぼくは仮面を深めにかぶり直すと、その扉をくぐった。

吹き抜ける生暖かい風が、どこか異次元へと連れていくような錯覚を覚える。

いや錯覚ではないな。

実際にぼくはこの時強制的に転移されたのだろう。

どこか知らない、どこにも繋がらないはずの場所へ。

そしてそこで繰り広げられる血生臭い戦いの現場を目撃した。


「おまえたちには知って欲しかった。この戦いの無益さを。だがもはやこれ以上許すことはできぬ。チヒカよ、覚悟せい」

「さすがでござるが、もう拙者はぬしには負けぬでござるよ。ここで積年の決着をつける! 戦士として忍として、ぬしを越えねば拙者にも未来はないのだ」

交わる二人の刀が、激しく撃ち合う音を立てる。

その攻撃はどちらもひけを取らない速さだ。

あまりの手の速さに、手が六本になったかという残像を発する二人の撃ち合いは、凄まじい斬撃音で周囲を満たしていた。

一人はチヒカさんだ。

幼い頃に比べれば随分成長したが、それでもまだ幼さが残っている。

忍装束をまとったスレンダーな体つきは、メイド服で戦っていた時より遙かに動きがいい。

これが彼女の本来の力なのか。

そしてもう一人は……なんとその顔は今変身しているぼくにそっくりだ。多分あれが父さんなんだろう。

その表情は家でたまに見かけた、その顔の記憶とはまるで重ならない。

だが深く刻まれた傷痕が、全身からみなぎる殺気と哀の感情が、どことなく父を思い出させる。

二人の撃ち合いは、しかし長くは続かなかった。

グシュとあの肉を切るいやな音をさせて、舞い上がる血飛沫。

地面に膝をついたのは、父さんのほうだ。

赤い鮮血を滴らせながら、返り血を浴びたチヒカさんは笑いもせず泣きもせず、ただ使命を終えた機械のように忍者刀を父さんの体から引いた。

「……見事だ」

ゆっくりと崩れていく体が、それでもたくましい腕でチヒカさんを抱きしめる。

それに抗わないチヒカさん。

唇から血を吐き出しながら、父さんはそれでもなにかをチヒカさんに語っている。

その表情が無感動なものから徐々に崩れていく。

二人がなにを話しているのか、ここからでは全くわからないのだが、それがチヒカさんの心になにかを流し込んでいるのが、その表情の変化から知れる。

そして床に滑り落ちた父さんは、そのまま静かになった。

紅蓮に染まるチヒカさんの背後から、ズカズカと足音を立ててやってくるのは荊だ。

その隣には、まだ髪を金色に染めていないミノリの姿もあった。

変な格好をしていないミノリは、本当にただ不機嫌な子供という感じだ。しかもろくに喋りもしない。

「やったかチヒカ。では先に進むぞ」

「ついにここまで踏み込まれるとはな」

荊のセリフを遮るのは、お館様の聞き慣れた声だ。

奥から姿を見せた彼女は、いつもの不思議な装束をひらひらとさせながら、父さんのいたましい姿を見下ろして、その遺体にそっと自身が脱ぎ捨てた装束をかけた。

下着ではないが、薄布をまとったお館様は、構えを取って荊たちを威圧する。

その背後から素早い速度でやってくるもう一人は、あの豊麗の美女、ハルカのお母さんだ。彼女もまた忍装束に身を纏い、手にはクナイを握っていた。

「チヒカ、ミノリよ。ここは任せたぞ、私は奥へ行く」

「いかせるわけにはいかん、紫浄しじょう、頼むぞ」

「はっ!」

「無駄だ」

そして三対二の戦いが始まった。

お館様は時間を止めてその中を動いているのだろう、その動きが突出して速い。

先手を取り荊に迫る。

それをぎりぎりのところで見切っている荊の腕は相当なものだ。

押されてはいても、押し切られはしない。

ハルカのお母さんは、銃を構えるミノリと対峙する。

瞬間伸びた砲門から発する攻撃を、細身の体でかわしていくハルカのお母さんは、しかしミノリに対して反撃する隙を作れないでいる。

一人じっと立って動きを見せないチヒカさんに、荊の叱責が飛んだ。

「チヒカ!」

その声にビクンと反応したチヒカさんは、そのまま奥の間へと駆け出していた。

ぼくもまた時間を止めて、そのあとを追う。

荊が気づいたのか、一瞬ぼくのほうを見た気がしたが、今はそれを考えている時間はない。

先回りしたぼくは、封印の儀式が行われている場所、封印の間というらしい、その場所に駆け込んだ。

やがて時間切れになってしまったために、通常の刻みで動き出した時間。

ぼくはお面の姿をそこにいた二人に見られてしまう。

そしてぼくも見た。ぼくが最期に見たものより、ほんの少しだけ若い母さんの姿と、もう一人の黒髪の女の子を。

その少しふっくらした体型で背中まで伸びたストレートの黒髪は、どこか懐かしい匂いを感じさせる。

何故そう思ったのかはわからない。

「貴方は……」

呟く母さんが背後の気配に気づいて、顔をはっとさせる。

振り返ると駆け込んできた血まみれのチヒカさんがいる。

「貴方は……いや、仮面で隠してもわかる、その気配はお師匠様か」

何故ここにいる? という疑問を顔に出しながら、それでもチヒカさんは刀を構えた。

ぼくは軽く混乱しながらも、ここでチヒカさんを止めなければ、全てが元の木阿弥になることを思い起こして、同じようにでたらめな構えを取った。

「控えるんだ、チヒカ。これ以上先に行けば、後戻りできなくなってしまう。響がなにを教えてくれたか、もう一度考えるんだ」

ぼくは適当にすごんでみたが、我ながら恥ずかしくなりそうだ。

だがその矢はどうやらしっかりチヒカさんに当たったらしい。構える手が緩む。

「では、本当に……なのですね」

一時だけ俯く彼女は、もう一度顔を持ち上げると、きっと眉を上げて刀を構え直した。

「行きます……!」

彼女は誰かに断るかのように宣言してから、その足をゆっくりと動かして踏み込み、ぼくに斬りかかってきた。

ぼくは仮面の下で冷や汗をかいていたが、それでも時間を停止させて、彼女の剣先をかわそうとした。

もうすぐそこに迫っている刃にさらに冷や冷やしながら、ぼくは停止空間で彼女の手を狙って蹴りを出す。

その硬い感触が、柔らかな肉の感触に変わった瞬間、停止した時間は動き出し、そして同時に刀がひらりと空高く舞い上がった。

「あ……」

その声は三方からそれぞれ別のイントネーションで聞こえた。

ぼくは半分腰を落としながら、なんとかぎりぎり間にあった迎撃にどっと疲れを催していた。

だけどこれで……終わったと思った自分が甘かった。

「ああ……!」

悲鳴に振り返ると、そこにはまた赤い血が流れている。

どうやったらそうなるのかよくわからないが、黒髪の巫女の胸を、ぼくが蹴り上げた刀がしっかりと貫いている。

これじゃ意味がないじゃないか!

その時チヒカさんもまずい顔をしているのが見えた。

母さんの顔も驚愕に強張っている。

一番驚いているのはぼくなんだが……だが、その驚愕は長くは続かなかった。

そのまま地面に倒れ込んだ巫女が、あの光を放ちながら消えたからだ。

ということは、これもハルカの幻術だ!

もうぼくには勝手がわかっている。

ここにも介入の手が入っているに違いない。どこから、どうやって?

それはいずれわかるはずだ。

そしてそのことがもう一つの事実を教えてくれる。


「ぼくはもう一度ここに来なければいけない」


でも、どうやって? その答えはここにはないのかも知れない。

そう思ったぼくは、また時間を停止させて来た道を戻っていた。

そして戦いを続けているミノリに背後から触れる。そこでぼくの視界は暗転した。


「それで、なんか収穫はあったのか」

ぼくはいつもの暗黒の空間で、ミノリと二人で浮いていた。

問われはしたが、ぼくはあまり喋る気分になれなかった。

なにがどうなってこうなっているのか、どこまでがどうなのか、いよいよわからなくなってきたからだ。

もしかしてぼくが思っている以上に、この糸の絡みかたは凄まじいのかも知れない。

段々時士としての力が怖くなってきた。

リアルタイムで時間を書き換えていくことの恐ろしさ。

「おい!」

「ああ……うん。とっかかりはわかったけど、なんでそうなるのかがさっぱりわからない。ミノリはあの戦いに参加したんだよな。最後はどうなったの?」

またぷりぷり怒りだしたミノリは、ふんと鼻を鳴らしながら腕を組んで、浮遊空間の中でのけぞってみせた。

「あのババアどもが引いたから、私たちも奥へ行ったのさ。そしたら倒れて死んでいる巫女と、チヒカがいた。私たちは任務を終えてその場を離れようとしたが、チヒカの奴はもう戻らないと言って私たちと別れた。それだけさ」

その後チヒカさんが無理矢理封印を完成させた。そして彼女は命の火を失う。

だけど巫女が生きていれば、そうならなくてすむ。

そしてぼくが見た通り、あの巫女の死はフェイクだ。

ならもうこの試みは、半ば成功しているのかも知れない。

ぼくは少しだけほっとして、無計画に突っ込まずにまずミノリに話を聞いてからにするんだったと、改めて自分の愚かさを悔いた。

オムレツは自分で作れなんて言ってる場合じゃないよ。

毎回これじゃ心臓に悪すぎる。

「すっきりした顔してやがんな。じゃあ次は私の寄り道の番だな」

納得顔のぼくをぐいと引っ張るミノリの腕。

ぼくは落ち着く間もなく、その場所に連れ去られていた。


 そこは白い世界だった。

一面白、それ以外は見えない。

いやそばに肌色も見えた。こんもりとなだらかな山を作り膨らむその頭頂部には、ピンク色の……ってこれはあれか!

ぼくが慌てて手をつくと、その山をしっかり、むんずと、思い切り鷲掴みしていた。

ぷにゅっと小さくつぶれる膨らみの感触は、大きくはないもののこの世のものとは思えないほど柔らかだった。

これが女の子の感触なんだな……って、言ってる場合か! 三人くらいは眠れそうな大きなベッドに、白いシーツを敷き詰めた空間で、ぼくは全裸で眠るミノリに馬乗りになっていた。

その目が苦しげにギロリと開くと、彼女は急激に表情を憤怒のそれに変えて、ぼくを凝視した。

「な、な、ななななな……!!!」

「あ、えーといやこれは……」

なんなんだよこれはなんなんだ。

一体なにがどうなってこうなってるのか、さっぱりわからないぞ。

しかし彼女はジャキンと片手で扱うには明らかに大きすぎるショットガンのような銃を両手にそれぞれ構えると、ぼくに向かってその銃口を向けた。

全裸のまま立ち上がる彼女のうっすらと生えたそこが……ああ、見ている場合か!

「ぴね、ぴねぴねぴねぴねぇぇぇぇ!」

もうなにを言っているのか、多分本人もわかっていない様子で連呼するミノリがひたすら発砲する。

ぼくは慌てて時間を止めると、なんとか彼女の背後に回ってその弾丸を回避した。

白く小さなお尻から背中へのびる細いラインと、ちょっとだけ後ろから覗く胸の膨らみに目を取られながら、それでも弾切れまで発砲し続ける彼女に、ぼくはまだ混乱から抜け出せないでいる。

そもそもここはどこなんだ。

窓の外を見ても真っ白で、なにも景色が見えない。

彼女のプライベートルームにしても変だ。

ここはメイドの里と同じく異空間なんだろうか。

時士としての力で余裕があったが故に隙を見せたぼく。

その気配に気づいて、両手からショットガンを落としながら振り返るミノリは、振り向き様にまたぼくと接触した。

「……!?」

触れ合う唇と唇。

もつれる足が、ベッドのスプリングに足を取られる形で二人をそのスプリングに押し倒していく。

なんかもうお約束にしてもひどいなーこれ、とひとごとみたいに考えるしかないぼくは、思い切りミノリの体に自分の体を重ねていた。

思い切り唇の中に入ってきたのは、膨らみかけの小さな……ああもう駄目だ、思考が追いつかない。

ぼくらはベッドに倒れた衝撃でしばらくの間そうして二人重なっていた。

不思議とミノリの抵抗は止んでしまう。

「あ……やめ、て」

彼女らしくないか細い声とともに、諦めたようにもぞつく足が揺れる。

そしてぼくはというと、その柔らかい匂いに包まれて、いやな気にもなれず、ついそこに埋もれたままになってしまう。

舌先になにか固い感触を感じて、ぼくはそれに抗えないまま唇を動かせないでいたが、そこは一瞬も脈動を止めないので、自然と遠ざかった肌がまた強く触れてくる。

ああ……確かにすごいことだ。これはミノリにあとで三十回くらい半殺しにされるな。

ようやく殴られる覚悟を決めたぼくは、ゆっくりと顔を上げると、彼女から離れてほんの少しだけ距離を取った。

恨みがましい目で見つめるミノリは、シーツをたぐり寄せて自分の裸体を隠すが、今のところ襲いかかってくる様子はなかった。

「なんですぐにどかないんだ……」

やっと彼女が言ったのはそんなことで、

「ごめん、つい気持ちよくて」

ぼくが答えたのもそんなことだった。

二人はそのまま無言でベッドの上で見つめあい、どれくらいの時間を過ごしただろう。

ああ……と嘆息してミノリが自分の顔を押さえる。

「いつまで……」

「いつまで?」

「ここにいるつもりだぁ!」

ドコーン、爆音とともにぼくはミノリのパンチを食らって、大人しく部屋を叩き出された。


 服を着て出てくるミノリの顔は、まだ怒ってはいるが、どこか顔色が冴えない。

いや冴えないというよりは赤く染まってもじもじしているというべきかも知れない。

「ああ……なんてこった。このミノリ様が、敵の男の毒牙にかかるなんて」

彼女はくらくらと立ち眩みを覚えてでもいるかのように顔を押さえて、懺悔を述べた。

ぼくもこんなことになっているとは思いもしなかったので、正直気持ちが整理できていない。

だがここでミノリを説得しなければ、話は繋がっていかないことになる。

ぼくは彼女の肩に手を置くと、ぐっと顔を近づけた。

ミノリはもうなにも言えず、後退して壁に自分から背をつける。

「ミノリ、聞いて欲しいんだ。ぼくたちは争っている場合じゃない。荊を、この戦いを止めなければいけないんだ。だからミノリにも協力して欲しい! お願いだ。ぼくはキミも荊もみんなを救いたい」

そしてぼくはこれからあの川原で起こることを語った。

そしてその時その時間のぼくにミノリが協力して欲しいことを、噛んで含めるように語る。

ミノリは俯きがちになりながら、ぼくの言葉を一つずつ咀嚼するように頷きながら、やっとのことで顔を上げてぼくを見つめた。

その瞳は上目遣いで、少し潤んでいた。

「チヒカがいなくなってからの荊は確かにおかしいんだ。昔のあいつはあんなじゃなかった……それがお前にもわかるんなら、私もお前の言うことを信じるよ」

それだけをやっと言うと、彼女はまた俯いて目を伏せた。

「だからお願いだ……私にも少しだけ夢を見させて……」


ぶちっ。となにかが切れるような音がして、ぼくはまたあの暗闇の空間で覚醒した。

「はぁはぁはぁ……! あんなの嘘だ。ちょっとした気の迷いだ。き、ききき、きにするな。わかったな始!」

ミノリはぼくから遠ざかりながら、あの時と同じように伏し目がちで、もごもごと言葉を紡いだ。

「う、うん……あれは一体どこだったの?」

「アジトの私の部屋だ。お前がいきなり降ってきて、私に襲いかかったんだよ!」

いやちょっと待って欲しい。

今のはぼくが自分で起こしたアクションではなく、完全にミノリの願望からもたされてミノリによって連れていかれただけな気がする、とはさすがにぼくも言えなかった。

一体なにがどうなってああなったんだか。

しかしあの三人同様、女の子たちの願望に誘導される形でぼくがジゴロみたいにされているな。

これが時間遡航の代償だとしたら、なんかちょっと納得できないものもなくはない。


「私が行きたかったのはあんなところじゃない、こっちだ!」

そう言ってミノリがまたぼくに触れて、そして景色は暗転する。


 唐突になにかにぶつかったと思うと、ぼくはそれを押し倒して地面に突っ伏していた。

柔らかい感触に顔を埋めながら、痛みに顔を揺すると

「こ、この破廉恥男が! 何回同じことを繰り返せば気が済むんだ、離れろ下郎!!」

言葉とは裏腹に、ミノリは上にのしかかったぼくをはねのけなかった。

ぼくは一度感じたことのある温もりを感じながら、ゆっくりと体を起こす。

そう、やっぱりこれはあの川原での出来事だ。

「ふん、どうやら自分で言っていた通り覚悟は決めたようだな。お前の言いなりになるのは気が進まんが、約束は約束だから教えてやるよ。ついてきな」


「いいか、私はお前の味方になったつもりはないからな。ただ荊のやり方が気に入らないから、今回だけ協力してやるだけだ。その辺勘違いすんなよ」


「ばか、さっさとついて来い!」


今ならわかる。この時のミノリが精一杯の強がりでぼくをはねのけていたことを。

そして今のミノリは、とてもぼくを正視できていない。

これもまたミノリの願望に乗って、彼女を利用しようとした結果なのか。

だけどぼくは、不思議とそんなミノリを受け入れたい気持ちが強くなってしかたがない。

なんなんだろう、この感情は……いや、考えてはいけない。考えたら飲まれてしまう。

そしてぼくはまた決まり切った動作を繰り返した。

川原ではチヒカさんと荊が戦っている。そしてミノリが参戦する。

「ああー! もういい加減にしろ」

着弾、爆発。しかしそこにもう荊はいない。

そしてチヒカさんがそばにやってくる。

「ふざけんな! やるなら最後までぼくを守れ。勝手に死ぬな」

ぼくはその何度目かのセリフを、やけに力なく呟いていた。

チヒカさんの反応が若干微妙な気がするのは、気のせいと思いたい。

そして

「お取り込み中悪いんだけどさ……いちゃついてないでこっちの手助けも、んぎゃっ」

カエルが押し潰されたような声に振り向くと、そこには荊が立っていた。


ここだ。


ぼくはすさかず時を止めた。

そしてミノリの上に立つ荊を、思い切り土手の下に押して放り出す。

さらに以前ハルカに作ってもらった勾玉を用意すると、それを荊が立っていた場所に投げつけると、またチヒカさんのそばに戻って、時間が動き出すのを待った。


「我らの悲願を阻む者は、誰であろうと許さない。巫女を殺した私たちに、安らかな死があると思うな、チヒカ!」

高らかに響く声の向こうで、「んぎゃ!?」という可愛い声が聞こえたのを、ぼくは聞き逃さなかった。

笑ってしまいそうになりながら、人形を相手に芝居するのは中々難しい。

ぼくが荊を止めている! いやいや、語尾に笑いマークがつきそうだ。

そして全てが終わったあと、ぼくもまたその場に倒れ込んで意識を失うことになるわけだが、そのタイミングでむっくりと起きあがってきた荊は、今までの激情とは比べものにならないレベルでさらに凄まじい憤怒の表情を浮かべていた……ああ、このままほっといて大丈夫かな、これ。

あとの説得はミノリに任せるしかない。



 そしてミノリとの旅は終わり、ぼくとミノリは、ぼくの部屋で覚醒した。

そばでお館様がにやにや笑いで見ている。

ミノリは複雑な表情を崩さず、ことの顛末を見届けた疲れか、自分の不実を悔いているのか、顔面をしっかりと片手で押さえていた。

「くそっ、なんでこんなことに! お前につきあうとろくなことがない。もう私の出番は終わったんだろ。なら帰るからなっ!」

ドスドスと足を大振りにして、不快感を露わにして別の感情を隠そうと必死なミノリは、ぼくの部屋を出ていってしまう。

はぁ……なんかどっと疲れたな。

とりあえずうまくいったと言えるのだろうか、これ。

「さすがにモテ男は女をその気にさせるのがうまいの」

「冗談じゃないよ、もう体も心もくたくただ」

「そうは見えんがの。それにお前にはもう一仕事残っておるじゃろう」

そうだった。

というかどこまで知っているんだよ、お館様は。

「それはの……これくらいかの」

彼女は突然見慣れた仮面を取り出した。

それはぼくが過去の世界でかぶっていたあれだ。

お館様はそれをひっくり返すと、おもむろにそこに取りつけられた小さなカメラを手で指し示した。

「なに、それ」

「あの時お前が見てきた一部始終を録画しておいたのじゃよ。そしてこれが託された最後の希望のかけらじゃ」

そう言ってお館様は、ハルカが作ったあの勾玉を二つ示してみせた。

「時間がないのでな、あの娘に既にあのシーンを作らせてある。これを使えばお前が見た二つの死を止めることができよう」

「だけど……」

そうだ、ぼくはその時一つの事実に気づいた。

一体誰がぼくのパートナーになるんだろう。

「お前らしくもないのう、もうあの時間あの場所に行ける人間はほとんどおらん」

「私だ」

そう言ってミノリが出ていった扉の影から姿を見せたのは、あの荊だった。

「!?」

「まさかな……お前があのお師匠様だとは思わなかったぞ、始」

彼女はきっと強く唇を噛んだが、その体から今まで感じていた殺気は感じられない。

それどころか鎧をまとわず、花柄のサマードレスを着ている荊は、若き日に見たあの表情さえ見せていた。

多少年齢を過ごしてはいるものの、やっぱり荊はこちらが本物の荊なのか。

「約束は果たす。私を導いてくれ、お師匠様……いや、始」

顔を赤らめながらも、どこか諦観の漂う寂しげな笑みを浮かべる荊は、ぼくの手を取った。二人が紅に包まれる姿に、お館様が手を振って見送ってくれる。


「生きておるうちにこのような日が来るとはの……長生きはするものじゃ、のう花凛」

寂しげに呟くお館様の声は、最後の跳躍に消えたぼくの耳には届いていなかった。

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