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第三話 いつかどこかでハルカに会った

 目覚ましの音が遠くでずっと鳴っている。

ぼくは体を起こそうともがいてみるが、しかし実際の行動はそれになにひとつ結びつかないまま、うるさい音をけたてるそれに無抵抗に耳奥を冒され続けるだけだった。

やっとのことでその音が止まる。

だがそのタイミングは、目覚ましのほうが痺れを切らしてスヌーズ待機に入るその機ではない。

だがそれでも意識を失いそうなぼくには、それがもうわからない。

ただ騒音から解放されて助かった、安らかな眠りに再び落ちていこうとするぼくが辛うじて考えたのはそんなことだった。

 が、その眠りはベッドに突撃してくる物体によって、あっけなく阻まれた。

ボスン! と音を立ててぼくの上に飛び乗るそれは、柔らかく小さい体ながらも勢いよく体当たりをかまして、ぼくの意識を強引に覚醒に持っていってくれた。

「始よ、あまり眠っておると学校に遅れるぞ。それともこのままわしに襲われてもかまわんか?」

「いつつ……どうせ起こすならもう少し静かにお願いするよ、お館様」

「いきなり接吻してもよかったのじゃが、そういう行動よりはマシじゃろう?」

それもそうだな……と寝ぼけながらもはっきり自覚できてしまった自分が情けない。

それでもぼくは相当ゆっくりした動作で、重たい体を片腕ずつ持ち上げて、そして上半身を起こし、そこでまた休憩を挟んで腰を折り曲げて体育座りの姿勢になった。

一度上向いた顎は、すぐまた膝の上に落ちて、背中もベッドに帰りたがっている。

布団へお帰り……誰かの声がした気がした。

だがその再誘導は、ぼくの顔を持ち上げて正面から覗き込むお館様によって阻止された。

「起きねば本当にキスしてしまうぞ?」

「わかったよ……起きます。起きますったら」

寝ぼけているときの言い訳のように、ぼくはぶつぶつとなんとかお館様とのキスシーンを阻止して、足の裏をベッドの下へと着けた。

「二回も時間跳躍したんだから、少しは休ませて欲しいよ」

「じゃが三人目が首を長くして待っておるぞ。色男としてはここで眠ってしまうわけにはいかんじゃろう」

ぼくはその言葉にぎょっとしてお館様を見上げたが、その視線はイタズラっぽく笑いながら、指が窓の外を指し示している。

というか、なにその格好は。

「なに、着替えを持ってきていなかったのでな。気にいらぬか?」

エプロンだけの格好をしているお館様の姿に、ぼくはもはや抵抗する気も失せて肩をがっくりと落とした。

「心配するな、ちゃんと下に水着は着ておる、なんちゃって裸エプロンというやつじゃ」

どこでそういう情報を仕入れるんだかなあ。

いやそこで一回転してみせなくていいから。しかもなんだそのお尻の露出具合は。

ぼくはいろんな意味で正視に耐えないお館様から目を離すと、窓の外、庭の向こうにいるハルカの姿を見た。

めざとくぼくを見つけたハルカは、びしっとぼくに敬礼のように手を振る。

あれは締め上げてやるから覚悟しとけ、という時のハルカの顔だ。

ぼくは一瞬ぞっとしかけたが、その思考は横から飛びついてくるお館様によってまた遮られた。

見られる、見られるってそのエプロン姿!


 それからたっぷり二十分は自分の体力と、そしてお館様の妨害と格闘しただろうか。

ぼくはふらふらな足をなんとか踏ん張って、玄関のアーチを抜け、門の前に立っていた。

そこに闊歩してくるハルカは今日もいやに元気だ。

その顔はいつも通り快活だが、かすかに怒気を感じないでもないところが恐ろしい。

おまけに背後からお館様が「いってらっしゃいあなた」などとあの姿のままで声をかけるものだから、ぼくは絶句してしまった。

ごまかす気力もないが、事態は相当やばいかも知れない。

だが意外にもハルカは、そのお館様に軽く会釈すると、ほとんどそちらを無視してぼくのほうを向いた。

「おはよう始。どうやら私はまた最後みたいだけど、今日はきちんと説明してもらうよ」

「う、うん……というか」

「細かい話はあっちでね」

そう言うとハルカはぼくの手を思い切りよくつかんだ。


そして景色が暗転した。


もう時間遡航も手慣れたものだ。

あとから来る疲労は考えただけでうんざりするが、それは今考えても仕方ない。

ぼくは瞬間目を開いてそこがどこか、素早く観察した。

だがそこは全く自分が想定しない場所だった。


ただ姿だけは子供時代のぼくであることは間違いない。

しかし子供時代のぼくがここに来ているはずはない。

なら何故、今ぼくはこのメイドの里に立っているのだろう。

一目見ただけでわかる、異質なオレンジ色に染まる空を見上げたぼくは、ぽかんと口を空けて、随分久しぶりになる気がするその光景に、言葉を失った。


 自分が立っている場所から少し離れた場所に、不意に光が発して、ぼくはそこに目を向ける。

何色でもないその輝きは徐々にサイズを増して、周辺の大地をつつんでいく。

そして次の瞬間には、そこに見たことがあるリムジンが結晶し姿を現す。

もしかしてぼくもこうやってこの世界に訪れたんだろうか。

車は少し走って停車する。

その場所の先には、見慣れたメイドの里のお屋敷の姿。

どうやら間違いはなさそうだ。

ぼくはこっそりとその車のそばに行くと、その扉が開いて、一度見たことがある大男が姿を現すのを見た。

だが自分が以前に見た姿より、その顔つきは優しい。

「お父さん、ついたの?」

「そうだ、着いた」

ぼくは混乱した。

そのお父さんと呼ばれた男の人の声が、ぼくが知るよりもずっと若い声だということも驚きだったが、よく考えればそれは当然だろう。

それよりもお父さんと呼んだ女の子の声に聞き覚えがあったほうが驚きだ。

間違いない、その快活にしてこの頃から健康第一な少女は、ハルカだ。

「ここが父さんと母さんが暮らす場所だ。そしてお前もしばらくここで暮らすことになる」

「お館様って人が私に稽古をつけてくれるんでしょ?」

「ああ、お前の能力は特殊で、他に使い手がいないからな。お館様は我々より多くのことをお知りだから、お前の導師としては最高の方だ」

「いいよ、早くすませちゃお。学校もそんなに休めないしね」

肩をぶんぶん振り回す仕草は、昔からの彼女の癖だ。

「おやおや、随分と元気な童子じゃのう」

不意に声がかかると、そこにはお館様がもう立っていた。

ちょうどハルカたちを挟んで屋敷の線上にいたぼくですら、その気配を察知できないほど自然に、そして瞬間現れたお館様。

それもぼくの知る姿とはまるで違う彼女は、身の丈五尺六寸……まあとにかく大人な妖艶さを醸す熟女のようだった。

どこまでも長く伸びる透明な銀髪と、怪しげな和風装束だけがお館様らしい。

だがその顔には幼さはなく、胸も大きく膨らんでいる。

一体なにがどうなっているのか。

ぼくは彼女からもらったネックレスのことを思い出していた。

今、彼女の首元にはそれと同じものがある。

そしてそれはあの独特の紅い、血の色のような光を放っていた。


 不意にお館様がぼくのほうを見て笑ったような気がして、ぼくはぞっとした。

だが彼女はこちらには注意を払わずに、ハルカに視線を落とす。

「修行は辛いが、お主なら耐えられるじゃろう。みっちり鍛え上げてやる。ところで好きな男の子はおるか?」

「え……?」

始まった。

お館様は一体なにを聞こうというのだろう。こんなときも悪ふざけか。

「うーん? 別に普通かな。男の子よりお父さんのほうが強くてかっこいいよ」

「クラスに気になる男の子はおらんのか?」

「別に。最近始ってやつと友達になったけど、あいつ頼りないしなあ」

ぼくはがくっと膝を折りそうになった。

お館様がまたこちらを見て笑ったような気がする。ただの考えすぎだろうか。

「まあよかろう。ではこちらへ、早速修練の儀を始めるかの」

ハルカは物怖じすることもなく、お館様とともに道を降って、里の裏手にある滝のほうへと向かう。

そこに残っていたハルカのお父さんの元に、一人の女性が歩み寄る。

「あなた……ハルカは」

「うむ、今お館様が迎えに来られた」

「あの子を戦いに巻き込んでしまうのが、私にはやはり不憫で」

「だがお館様は、ハルカの力が必ず役に立つ日が来ると仰られた。そしてあの子を守る星の存在も予見されておられる。任せるしかあるまい」

「ですがあの子を再び送り出す時、私たちはあの子と長い別れを迎えることになるとも言われました……」

「こちらに来る時も荊の手のものに襲われた。だがあの子は正体を知られていない、きっと大丈夫だ」

抱擁し合う二つの影。

その女性は年齢こそ違っているように見えるが、間違いなくあの時の熟女だった。

ぼくの夫婦説、正解だったのか。

しかもこの二人がハルカの両親だって?

ぼくは混乱しきった頭を抱えて、一人その場にうずくまってしまった。


ぼくは改めて時系列順に起こった出来事を並べてみる。

ハルカと出会ったばかりのぼくは、「今度お父さんとお母さんと旅行に行くんだ」と言っていたのを覚えている。

だがその直後、ハルカは両親の死と別れを経験している。それから立ち直ったハルカ。

そしてぼくは転校してきたアキミと出会い、彼女に最初から熱烈なアプローチを受けることになった。

それからずっと降って、十五歳になったぼくは、ハルカの両親と出会っている???

この答えを満たす公式が、もう少し賢明なら解ける気もするのだが、ぼくは混乱した頭を制御できず、きちんとした図式を書くことができずにいた。

どちらにしても年表はいくつも抜けている。

そういえばトウカが痩せ始めたのはいつからだろう。ハルカが荊の手のものに襲われたのは何故か?


一つ一つが繋がりそうで、ぼくの頭では繋がらない。

だめだ、とにかくハルカに触って、詳しいことは彼女に聞こう。

ぼくはちょっと赤面しそうなラブシーンを展開する二人からこっそりと離れると、先ほど二人が降りていった小径へと足を踏み入れた。

ここにいた時に、一度だけチヒカさんと通った道だ。

その時もそうだったが、自然にできた下り坂は斜面が急すぎて、子供の足ではなおさら転げ落ちそうになってしまう。

それをなんとか駆け下りると、ちょうどすぐ向こうにお館様とハルカの姿が確認できた。

滝の水面に全身を浸けたハルカは、服をびしょびしょにしながら、それでも指先を前に突き出していた。

「なんで、できないんだよぉ!」

負けず嫌いな彼女の手から、しかし黄色い光が立ち上っている。

それは形にならず、またぼやけて霧散してしまった。

「根性だけでどうにかなる術ではないぞ。お主はもう少し落ち着くことを覚えたほうがよさそうじゃの」

「そういうの、一番苦手なんだよね」

「そのようじゃの」

口元に袖を寄せて笑うお館様熟女バージョンは、ちらりと後ろ、つまりぼくのほうを見たので、ぼくは慌てて物陰に姿を隠した。

どうも見透かされている気がする。

「少し休憩しようか。時間はたっぷりある、焦ることはない」

「じゃあもう少し一人でやってるよ」

「好きにせい」

そっけないお館様がくるりと向きを替えると、彼女は軽やかな足取りで、ひょいひょいと急斜面を駆け上がっていく。

そのスピードの速さに、ぼくとハルカはそれぞれ息を呑んだ。

ついでに言えば、ぼくの位置からはちらちらと生脚が覗いて見えたのだが、まあそれはいいだろう。

ここまで含めて、やっぱりお館様は全部知っていて、ぼくを挑発していたような気がする。多分はいてないんだろうな、あれは。


「あれ、始? こんなところでなにしてんの」

思わずお館様に見とれてしまったぼくを見咎めたハルカが、濡れた髪を掻き上げざぶと水を蹴りながら、岸に近づいてきた。

のでぼくはもう考えなしにそのハルカに手を伸ばして、この場面を終わりにしてしまおうと思った。

ぽん、と弾けるような音がして、川原のそばで、ぼくとハルカはまた現代の制服姿の二人へと戻る。

一体どういう原理なんだろうな、これ。

尻餅をついたままでハルカと見つめあう。何故か彼女の顔はうっとりとしていた。

「そうか、あの時ここで始と会った気がしていたのは、間違いじゃなかったんだね。始もやっぱり里の人間だったんだ」

彼女は納得したように呟くと、よっと腰を軽く持ち上げて、そのお尻を払った。

ぼくは遅れて立ち上がると、岩場の陰に腰を下ろす。

「ハルカも里の人間だったなんて、全く知らなかったよ。それもお父さんとお母さんもこの里の人間だったなんて」

「うん、ごめん。でもそのことは絶対秘密だったから。誰にも話しちゃいけない、話すと父さんや母さんにも二度と会えなくなるって」

「それで、ここでお館様となんの修行をしていたの?」

「これさ」

そう言って彼女は女の子にしては大きなてのひらを開いてみせた。

先ほどは不器用で固まりきらなかった黄色い光が、今度は見事に結晶して、勾玉のような形の小さな石を作り出す。

それをピンと指ではねたハルカ。

地面に落ちた種は、すぐにまた形を作り、そして人の姿になった。

なんだこれは、ぼくじゃないか。

「ハルカ、キミの瞳は美しい……」

おい、なんだこれは。全身に怖気が走るからやめてくれ。

しかしその勾玉から生まれたぼくのそっくりさんは、突然ハルカを押し倒すように抱きしめる。

それに応えるハルカもまんざらでもなさそうに、うっとりと顔を緩めている。

「うわー、やめろー!」

ぼくは慌てて駆け寄るが、その瞬間、ぼくの偽者はきらきらと崩れて、まるで氷が常温で水に替わっていくような速度で消えていった。

空振りをしたぼくの腕は、そのままハルカを抱く姿勢となって、ラブシーンの続きを人形の代わりに……やるわけはない。

「ぎゃっ」

声を発してぼくの腕からすり抜けたハルカがひっくり返る。

「ひどいなー始……いたたた。離すことないじゃない」

いや、ごめん。でもあれは趣味が悪すぎる。

「そう言うなよ。なんなら本物相手に今から再現してくれてもいいのに」

けらけらと笑うハルカは、またお尻をはたきながら、それでも真剣な瞳でぼくを見つめた。

「私の力はコピーを作る能力だったんだ。この力を必要とする運命の人が必ず現れるから、子供の頃から修行しなさいってお館様に言われてね。最初は苦労したけど、今はいろんなプログラムを組めるようになったよ」

彼女は誇らしげに語りながら、もう一度ぼくに顔を寄せた。

思わず腰を引きそうになったぼくに、しかしそれでも歩み寄ってくるハルカの顔がドアップになる。

「始がその運命の時士だったんだ。なんでも言って、どんなことでも再現できる人形を作れるよ」

「う、うん……」

ぼくはまだ頭が混乱しきっていたが、なんとかその体勢を立て直そうとした。

一つだけ、彼女にしかできず、そしてぼくも実際に彼女の能力を目の当たりにしたことがある事案がある。

「頼みがあるんだ」

「なんでも聞くよ、始のお願いなら」

そう言ってぼくに抱き着いてくるハルカのふんわりとした体が、青く光っていく。

この展開はもう読めたよ。んで、多分行く先は……


 ほら、また高架下だ。

今度はハルカと……一体どうなるんだろうなこれ。

もしかして全員とここで話したことが正史になってしまうんだろうか。

その場合彼女たちの記憶はどう改変されてしまうんだ。

いやぼくはどうなるんだ。考えたくもないぞ。

「好きだから許せないんだよ。だったら怒って、気持ちを全部吐き出してから許してあげなさい」

はいはいもうそれ三回聞いたよ。それも毎回別人の声でね。

「私も怒ってるけどね。私だってずっとそばにいるのに、他の人をそんなに好きになるなんて。だから私も怒ることにするよ」

そしてぼくはもう諦め気味にハルカに唇を重ねられた。

お父さんお母さん、ふしだらなぼくをお許しください。

だが全ての行程を終えたハルカは、にんまりと笑って勝ち誇っている。

「さっさと行っちゃえ、この浮気男……あとからこっそり追いかけるよ」


 そしてぼくを追い払うハルカの顔は、いつになく意地悪だった。

ぼくはやる気を失いそうになったが、それでも歴史を書き換えてしまわないように、当時の記憶を思い出して、一つ一つの行動を再現してみせた。

ミノリにぶつかってセクハラするシーンも、思った以上に力が入ってしまう。

ミノリに怒鳴られる姿も、こっそり見ているハルカの視線に晒されてしまう。

そっちのほうがよほど痛い。


「ふん、どうやら自分で言っていた通り覚悟は決めたようだな。お前の言いなりになるのは気が進まんが、約束は約束だから教えてやるよ。ついてきな」


「ばか、さっさとついて来い!」


そしてぼくは、あの地獄のような時間をもう一度体験した。

「なんのつもりだミノリ。やはり裏切るのか」

荊の低く恐ろしい声が木霊する。

だけどぼくは、もうその声に凄味を感じない。

彼女の運命はもう決まっているのだから。

今この光景を影からこっそりと覗いているハルカが、それを決めてくれる。


「ふざけんな! やるなら最後までぼくを守れ! 勝手に死ぬな!」

ぼくは心の底からその叫びを発したはずだったが、二度目となるともう芝居がかった演技にしかならなかった。

それにかすかに怪訝な顔を見せるチヒカさん。

一体どう映ったのだろう。自分の演技に酔っていると見られたのかも知れない。

いや実際そうなんだけど。

困ったことに、せっかくの場面がもう完全にギャグになってしまっている。

ぼくの頭の中にはござる言葉のチヒカさんが湧き出てきて、頭から離れなくなってしまう。


「すまんでござるよ……」


いやそんなことは言ってない。言ってないぞぼく。

口元を歪めて笑いをこらえるぼくは、多分苦しげに嗚咽を殺していると解釈されるだろう。いやして、お願いだから。

ぼくはそれに意識を集中しすぎて、思わず荊を止める力を発動させるのに遅れてしまった。危ない危ない。


「宿願果たせずに終わることをお許しください。お師匠様、こんなことなら、貴方の言うことを聞いておけばよかった……花凛、お前の言葉も……」


そして荊はぼくの目の前で絶命した。

あの時はぞっとするばかりだったけど、今こうして見返すと、とても悲しいシーンだ。

でもその後の雪が溶けていくように荊の体が消える様を見て、ぼくは安心してもいた。


ハルカのお父さんとお母さんは死んでなんかいなかった。今も生きている。


そして荊も生きている!


ぼくがそうできるのだ。

そうしてなにかメリットがあるだろうか? と思わなくもないが、この線からチヒカさんを救うことはできないだろうか。

ぼくの中にはまた漠然とした、形になりきらない思いと思考が交錯した。


 そして現代に帰ってきたぼくは、ハルカから一つの勾玉を受け取った。

あとはぼく自身がその仕事を完了する必要がある。

荊の死を回避して、この勾玉を生かすという、大きな仕事を。

「一度見たことがあるものなら、どんなシーンでも再現できるから。いつでも言って」

そう言ってぼくをぎゅっと抱きしめるハルカは、じゃ、と学校に向かってすたすたと歩き出した。

いやせめて家まで、送って欲しいんだけど……という言葉を最後まで紡ぐこともできず、ぼくは道の真ん中に突っ伏した。

あ、そうかこれ家の前だった。なんとかベッドまで……辿り着くんだ。

そしてぼくの意識はそこで途切れた。

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