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ネット小説家になろうクロニクル  作者: 津田彷徨
第一章 立志篇

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第九話 小説を完結させろ!? 参考資料を元に小説を書くと奥行きが出て良いと習い図書館に向かったんだけど、参考資料を使っても人気が増えなかった上に、先生から作品を完結させろと言われてしまった件について

「だめだ。知らなかったよ、優弥」

 僕はそう切りだすなり、深い溜め息を吐き出す。


「なんだぁ、世界が終わったような顔してさあ」

「知ってたかい、優弥。どうやら小説を書く行為はさ、金持ち……つまりブルジョワにしか許されてないみたいなんだ」

「は? お前、一体何を言ってんの」

 全くわからないという様子で、優弥は怪訝そうな表情を浮かべる。


「先週、予備校講師の話はしたよね」

「ああ、ちょっと変わった眼鏡のおっさんだよな」

 その優弥の言葉を耳にした瞬間、夏を前にしたこの時期にもかかわらず、何故か首筋が寒くなる。


 そう、どこかで誰かの眼鏡がキラリと光ったような感覚。

 だが……この場にあの人はいない。

 だから僕は言葉を濁しながら、話を前へと進めことにした。


「ま、まあそれはともかく、その人に教わって、資料を買いに行ったんだ。ところがさ……」

「資料が見つからなかった……と?」

「違う、普段手に取る本と桁が一桁違ったんだ。五桁もする値段の本とかさ、ありえないよ!」

 そう、高い。

 いや、バカ高いのである。


 ダンジョンの内装の参考にしようと手にとった、ヨーロッパの城郭の本。そのお値段はなんと、全ページカラーで二万円なり。


 無理。

 絶対に無理である。


 もちろん全てがそんな価格というわけではなかった。

 でも、文庫本の延長で考えていた僕は、使えそうな書籍を見つける度に、肩を落としながら棚に戻す作業を繰り返すことになった。

 そうして、あっという間に僕の心はずたずたに切り裂かれていったのである。


「でもさあ、そういうちょっとマニアックな本って、普通それくらいするもんだろ」

「それくらいって、軽く言わないでくれ。これは僕たちの危機なんだよ」

「いや、別に俺は現役のベコノベ作家じゃないし。と言うか、お前だけの危機じゃね?」

 僕の切実な訴えを、優弥は苦笑交じりにあっさりと笑い飛ばす。

 すると、突然思わぬ声が、僕の後方から発せられた。


「そんなに高い資料を見たいなら、図書館に行けば良いじゃない」

「音原さん!?」

 慌てて振り返った僕が、そこで目にした人物。

 それは長い金髪を有した、仏頂面を浮かべる美少女だった。


「昴、今なにか言った?」

 ……なんだろう、この無言の圧力。

 隣に立っている優弥なんか、明らかに頬を引きつらせていた。


 うん、多分彼女が気に入らない理由はアレなんだろう。

 優弥を目の前にして言っていいものかどうか、僕は一瞬逡巡した。でも呼ばなければ、更に彼女の圧力が強くなりそうな気がして、僕は約束した呼び名を口にする。


「はは、いやなんでもないよ。由那」

「よろしい。てかさ、さっきの驚き方。まだ私がクラスメイトって、覚えてないんじゃないの?」

「そ、そんなことはないよ。うん」

 流石にクラスメイトだということは僕も理解できている。

 ただ、突然背後から会話に割り込んできたことに驚いただけであった。


 一方、そんな僕の反応にを受けて彼女は訝しげな表情を浮かべる。しかしそれ以上は特に追求することなく、彼女はそのまま話題を巻き戻した。


「まあいい。それより、貴重な本とか少し高い本が読みたいんなら、図書館が一番よ。なければ取り寄せてもらうか、購入願いを出せばいいだけだし」

「図書館……か。そういえば、なんか凄いらしいよね。確か学校の図書室より大きいとか」

「え……本気で言ってるの?」

 僕の言葉を聞いた由那は、その端正な表情を歪ませると、やや引き気味に後ずさる。

 その反応の意味がわからなかった僕は、思わず首を傾げた。


「えっと、なにが?」

「昴、もしかして行ったこと無いの?」

「いや、流石に学校の図書室には行ったことあるよ」

 僕はあっさりとした口調で、そのまま答える。

 だが目の前の少女は、その眉間にくっきりと深いシワ作った。


「それは誰でもあるわ。そうじゃなくて、私が言っているのは図書館のこと」

「いや、無いけど」

 うん、正直言って存在は知っている。この市内に存在することも。

 でも残念ながら、小学校の遠足では行かなかったし、自分で足を運ぶことなんて皆無だった。

 だからそれが普通だと思っていたけど、どうやら由那の反応を見るに、彼女は異なる見解を持っているらしい。


 一方、そんなやり取りを側で見ていた優弥は、僕ら二人の顔を見比べながら、恐る恐るその口を開いた。


「あのさ……お前ら、何時からそんなに仲いいの?」

「へ? 仲が良いの、僕たち?」

「私に聞かないで」

 由那に向かって尋ねるも、彼女にはピシャリと返されてしまう。

 だから僕は優弥に視線を向けるも、彼は途端に首を左右に振った。


「いや、こっちを向かれてもさあ……というか、聞いているのは俺じゃん」

「そっか……うん、でも。あえて言うなら、由那は先輩かな」

 冷静に二人の関係を考えた上で、僕はそう答えた。

 途端、優弥は血相を変えて僕へと詰め寄る。


「せ、先輩だと!? す、昴。お前、いつの間にこの女の舎弟になったんだ」

「あのさ、夏目。この女って……何?」

 目を細めながら由那がそう口にした瞬間、周囲の気温がはっきりと冷えていくのを僕は感じた。

 そしてその冷気を一身に向けられた優弥は、顔をその表情を引きつらせながら、慌ててブルブルと首を振る。


「なし、今のはなし。すいません、音原先輩」

 恥も外聞もない優弥の全力謝罪。

 途端、放課後の教室に偶々居合わせたクラスメイトたちは、それぞれ何かをささやきながら、慌ててこちらから視線を逸らした。

 一方、そんな周囲の反応を、由那も感じ取ったらしい。彼女は一つ溜め息を吐き出すと、ゆっくりとその口を開く。


「はぁ……ともかくその先輩ってやめてくれる? 昴と同じ予備校に、ただ先に通ってただけなんだから」

「マジか……ていうか、音原って予備校とか行ってたのかよ」

「何、私が予備校に行っちゃいけないとでも?」

 再び視線を鋭くした由那は、眼前の優弥を睨みつける。

 優弥は慌てて視線を外すと、両手を前に突き出しながら、慌てて言い訳を口にした。


「そんなことはないさ。そ、そういえば今日はバイトが忙しいんだった。じゃあ、昴。俺はもう行くわ」

 そう口にするなり、自らのかばんを手にすると、優弥は全力で教室から駆け出していった。


「変な優弥」

 あっという間に遠ざかっていった優弥の後ろ姿を眺め、僕はポツリとそう漏らす。

 すると、時をほぼ同じくして、隣に立つ由那が僕に向かって声を掛けてきた。


「す、昴。あのね、貴方、図書館に行ったこと無いのね?」

「ああ、そうだよ。って、そんな残念な人を見る目で見ないでよ。図書館にはサッカーグラウンドがなかったんだから仕方ないじゃないか」

「いや、図書館にサッカーグラウンドがあるわけ無いでしょう……じゃなく、初めてだったら……」

 由那の言葉は次第に不明瞭な小声となっていった。ともあれ、どうやらそれは僕を罵倒するものではなさそうだ。

 だから僕は、貴重な情報を教えてくれた彼女に向かって感謝の言葉を告げる。


「ともかく由那、ありがとう。早速行ってくるよ」

 そう言い終えると、僕は自らのかばんを片手に、教室のドアに向かって歩き出す。


「ああ、もう。なんでわからないかなぁ」

 僕の背中に向かい小さな声が発せられた気がした。だけどそれは、はっきりとした言葉として、僕の鼓膜を震わせるには至らなかった。







「先生、だめでした」

「何がダメだったのかな?」

 今日で四回目となる津瀬先生の個人講義。

 その最初に交わすいつもの会話で、僕は自らの敗北を先生へと告げた。


「いえ、図書館できちんと調べて、それで次の話を書いてみたんです。で、久々に感想が来たのは嬉しかったんですが……」

「ですが? 何か問題でもあったのかい?」

「それが……わかりづらいと言われちゃいまして」

 由那から教わった図書館という建物。

 それはまさに、資料の宝庫というべき存在であった。


 しかも何より特筆すべきはタダ。

 そう、全てタダなのである。


 だからこそ、使えそうなものは片っ端からメモを取り、そして最新話となる転生ダンジョン奮闘記の十三話に、僕はその努力の結晶を投入した。

 正直言って、今までとは比べようもない程の自信があった。

 下手をすれば、凄いっていう感想が十通くらい来るんじゃないかと


 そうして一日千秋の思いで読者の感想を待ち続けた僕は、無残にも心砕かれる結果に終わった。


「一つ確認したいんだが、もしかしてとは思うが、調べたことをそのまま書いてはいないだろうね?」

「へ?」

 津瀬先生が突然口にしたことを受けて、僕は一瞬その場に固まる。

 途端、目の前の先生は肩を落とすと、深い溜め息を吐き出した。


「はぁ……これは私の説明が少し足りなかったか」

「えっと、どういうことでしょうか。教わったとおり作品に深みを増そうと、現実と共通するものや事柄を、出来る限り詳しく書いたつもりなのですが……」

 心の折れた僕は、不安を隠し切れない瞳で、目の前の青年を見つめる。

 すると彼は、眼鏡をずり上げた後、予期せぬ問いかけを行ってきた。


「まず先に確認したい。君が書きたいのは資料集かな、それとも小説かな?」

「もちろん小説です」

 僕は迷うこと無くそう告げる。

 その返答を受け、津瀬先生はゆっくりとうなずいた。


「そう、君が書こうとしているのは小説だ。そして君の作品の読者は小説を求めている。決して資料集じゃない」

 津瀬先生はそう口にすると、僕の表情を覗き込み、更に言葉を続けた。


「ふむ、ちょっとわかりにくいか。そうだな、少し例えを出してみよう。例えばチェーンメイル。これを詳しく書こうと思えばどこまででも書ける。来歴とか、素材の違いとか編み方とかな。でも、きっと君の作品の読者は、チェーンメイルの解説書を読みたいとは思っていない。この意味はわかるかな?」

 なぜ例えがチェーンメイルなのか、それがわからなかった。

 でも、津瀬先生の言いたいこと自体は、僕にも理解できる。


「なんとなくは……でも、言われてみるとたぶんそれをしてしまったのだと思います。鉄の加工の仕方を書いたんですが、それだけで一万文字ぐらい書いちゃって……」

「一万字……いや、鉄の加工が主題ならいいが、論文が書けそうな分量だな。まあいずれにせよだ、大事なことはきちんと君の中で資料を消化し、それを作品に落としこむことだ」

 ああ、まったく先生の言うとおりだ。


 僕は勢い任せに、知ったことをそのまま書いてしまった。

 正直言って、こんなことも知っているんだぜっていう自慢も、もしかしたら少しあったのかもしれない。でも、それじゃあダメなんだ。


「まあそんなに気にするな。今回は私の説明が足りなかった」

「いえ、先生は悪く無いです。資料を読んで、あれもこれも使いたいと思って、その内容を書くことに夢中になっていました。ええ、そんなのは僕の読者が求めているものではないですよね」

 僕はうつむき加減のまま、わずかに首を振る。

 すると、津瀬先生は少し迷った素振りを見せながらも、ゆっくりとその口を開いた。


「まあよくある話さ……そうだな、一人の男の話をしてやろう」

「一人の男?」

「ああ、一人の男。彼は大学四年の秋、卒業論文に取り組んでいた。そんな彼に、ゼミの担当の先生は大量の資料を渡した。参考にしなさいとね。で、彼が書き上げたものは、その資料をまとめただけのものだった」

 どこか遠くを見るような津瀬先生の視線。

 それを目にして、僕はこれが誰の話なのかを理解する。


「資料のまとめではダメだったんですか?」

「もちろんだよ。彼は先生に怒られた。まとめと論文は違う。私は君が資料を読んだ事自体ではなく、資料を読んでどう考えているのかが知りたいんだとね。そしてその先生の名は黒木という」

「父さん……ですか?」

「ああ。そして怒られたのは当時の私だ。こうやって偉そうに喋ってはいるが、実際のところ私も同じ経験をしたことがある。そして大事なことは、同じ過ちを繰り返さないことだ。私はそう思っている」

 少し懐かしそうな、それでいて恥ずかしそうな津瀬先生の表情。

 それを目にした僕は、正直な感想を口にした。


「先生が怒られている姿なんて想像がつきませんよ。しかもうちの父さんになんて」

「おいおい、私だって人間だ。怒られたことなんて無数にあるさ」

 先生は両手を軽く左右に広げながら、苦笑交じりにそう述べる。


 たぶん、これは先生なりの励ましだったんだろう。

 まだそんなに長い付き合いじゃないけど、少しだけ素直じゃないこの人のやり方を、僕はなんとなく理解してきた。だから敢えて、先生が行う一般的に望ましくない行動を、僕は指摘する。


「そうやって、部屋でタバコを吸っていたりするからですか?」

「はは、これはまだバレていない。だから誰にも怒られてはいないな」

 先生は少しいたずらっぽい笑みを僕に見せてくれた。そして一度頷くと、すぐにその表情を引き締め直す。


「さてそれじゃあ、本業を始めると……ああ、そういえば一つ忘れていたな」

「忘れていた? 何をですか?」

「勉強を始める前に、君に聞いて置かなければならないと思っていたことがあってね。改めて確認したいんだけど、プロになりたい……つまり書籍化したいという気持ちは間違いないね」

「もちろんです」

 先生の問いかけに対して、間髪入れず僕はそう返す。


 小説家に……プロの小説家になる。

 それこそが今の僕の夢であり目標だ。


 一方、そんな僕の言葉を受けて、先生は顎に手を当てる、そして少し間をとった後に、思わぬことを彼は口にした。


「なら、率直に聞こう。君の『転生ダンジョン奮闘記』を終わらせるとしたら、あとどれくらいで完結できるかな?」

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