第二十六話 新たな書き下ろしの依頼!? 異世界国家再興記の書籍化提案を断った僕に対し、それを予期していたメディアハートの編集者から新たな書き下ろし作品の依頼を頂くことになった件について
初めての場所、初めて合う人、そして二度目の出来事。
僕は今、優弥とともにメディアハート編集部の応接室にいた。
そう、『異世界国家再興記』に関する書籍化提案の返事を行うために。
「やあ、よく来てくれたね。確か黒木くんと夏目くんだったか。どうも皆見です」
たどり着いた八階のオフィスで僕を出迎えてくれた皆見と名乗る背の高い男性。
彼は僕達二人を目にするなり、続けて握手を行ってくる。
「えっと……はじめまして、黒木です。そしてこちらが一緒に手伝ってもらっている夏目になります」
「どうもはじめまして」
僕に続く形で、一緒に編集部へとやってきた優弥は、肩に力が入りきった状態で深く頭を下げる。
途端、皆見さんの明るい笑い声が周囲に響いた。
「はは、そんな緊張しなくていいよ。むしろこんな普通のオフィスを見せて、幻滅されるのではないかと思ってるくらいだしさ」
「そ、そんなことはないです。俺……いや、私は編集部に来るのが夢でして」
優弥はもう今にも石像になってしまいそうなくらい、ガチガチに緊張しきった状態でそう口にする。
普段ならば絶対に見ることのないそんな彼の姿に、僕は思わず苦笑を浮かべた。
「メッセージでご返信させていただいたときにも書きましたが、彼は将来編集家志望でして」
「それは嬉しいな。ともあれ、本当に普段どおりでいいから。何しろ今日は僕が、わざわざ来てもらった身だしね」
皆見さんはそう口にすると、そのままオフィス脇の面談室へと案内してくれ、
僕たちにソファを勧めてくれた。
その気遣いに感謝しながら、僕たちはソファに腰掛けた後にお互いの顔を見合わせる。そして僕は一つ頷くと、皆見さんに向かい重い口を開いた。
「あの……それでメッセージでご提案頂いた件なのですが……」
「ちょっと待って、一応先に私の話を聞いてくれるかな」
僕が本題を切りそうとするや否や、皆見さんは右手を前に突き出すと、そんな僕の発言を中断させる。
優弥と僕は再び顔を見合わせると、ほぼ二人同時に大きく頷いた。
「ありがとう。私の話はもちろん君たちも知っての通りのものだ。ベコノベ運営を通じてメッセージとして送らせてもらったとおり、メディアハートはレジスタ先生の『異世界国家再興記』の書籍化をさせて頂きたいと考えている」
皆見さんはそこまで口にすると、一度言葉を止めて僕たちの顔を順に見る。そしてそのまま、彼は再び言葉を再開した。
「うちのレーベルはカルロス・バイス先生……いや、君たちには津瀬くんと言ったほうがわかりやすいか。ともかく津瀬くんの『無職英雄戦記』もうちからの刊行で、最近は異世界ファンタジーが舞台の小説を中心にして、今までのライトノベル市場より少し上の年齢層を狙った作品を押し出しているところだ」
「つまり学生というよりは、社会人層を意識しているというわけですね」
皆見さんの説明を受け、優弥は確認するかのようにそう尋ねる。
すると、皆見さんはニコリと微笑んでみせた。
「もちろん学生の読者も大歓迎だけど、最も狙っている層は君の言うとおり二十代から四十代の社会人だ。そして実際に津瀬くんの作品も、その社会人層を中心に売れている」
「なるほど……やっぱりそうなんですね」
僕は納得したとばかりに、一つ大きく頷いた。
以前から僕自身、自分の作品の読者よりも津瀬先生の読者の方が、一回り年齢が高い印象を覚えていた。そして実際にそのことを担当編集である皆見さんから伝えられ、僕は大きく納得がいった。
「彼の作品についている読者層は、ベコノベ系作品の中でも更に高い印象だ。だが、今は彼のことはおいておくとしよう。さて、黒木くん。もしうちで出してくれるなら、二巻までの発売を確約する。そしてこの業界、口約束も少なくないんだが、不安なら契約書も用意しよう」
思わず息を呑み、そして何かの聞き間違いではないかと僕は思った。
「ほ、本当ですか? まだ一巻がどうなるのかさえわからないのに、二巻まで確約なんて……」
「本気で君の作品を扱いたいと思っている現れだと考えて欲しい。と言うよりもだ、正直言って以前から君のことは見ていたんだ。何しろ『転生英雄放浪記』も書籍化の提案を行うつもりだったからね」
「え……」
まったく知らなかった事実。
それを耳にして僕は思わず絶句する。
「本当だよ。私自身ベコノベにアカウントを持っているし、君の作品は三作とも読ませてもらっている。処女作から全てね。だからこそ、先にシースター社さんに持っていかれてしまったのは悔しかったよ」
「処女作からって、まさか『転生ダンジョン奮闘記』もですか!?」
「ああ。もちろん、知った順番は『転生英雄放浪記』が先ではあったけどね。何れにせよ、あの時は処女作を読んだ上で、私は君の成長が如実に感じられたんだ。だから放浪記を企画会議で議題にまで出した。残念ながら、その直後に君が書籍化の発表をしてしまったけどね」
そう口にすると、皆見さんは軽く肩をすくめてみせる。
一方、僕はどう返答するばいいかわからず、困った末に頭を下げることにした。
「それは申し訳ありませんでした」
「はは、別に君が悪いわけじゃないさ。ただもし少しでも気にしてくれているのなら、今回はうちで出してはくれないかな。決して悪いようにはしない」
その申し出は本当にありがたいものだった。
前回他社から出した僕に対し、こうして改めて提案してくださる事ももちろん、本気で僕の作品を世に出したいのだという思いが皆見さんから伝わってきたからだ。
だけど、残念ながら僕の持つ答えは、このオフィスに足を運ぶ前から決まっていた。
「……申し訳ありません」
「そっか……いや、なんとなくそんな気がしていたんだ。君の表情を見たときからね」
本当に残念そうに、皆見さんはそう口にする。
僕はそんな彼に向かい、改めて頭を下げた。
「本当に申し訳ありません」
「いや、気にしないでくれ。書籍化の提案は、あくまで今日来てもらった目的の半分だからね」
「半分? どういうことですか?」
皆見さんの言葉に、隣に腰掛ける優弥が反応する。
すると、目の前の男性は右手の人差指を一本立てた。
「もう一つ提案したいことがあるんだ」
「提案……ですか」
予期していなかった申し出に対し、僕は僅かに身構える。
すると、そんな僕の動揺に気づいたのか、皆見さんは薄く笑った。
「ああ、提案さ。メディアハートは作家レジスタを高く評価している。だから今回のことが例え流れたとしても、書き下ろし作品を依頼したいと思っている。どうかな?」
「書き下ろしって……書籍化を断った僕でいいんですか?」
「もちろん。もっとも書籍化も受けてくれていればなお良かった。まあその時はスケジュールの調整が必要だっただろうけどね」
皆見さんは苦笑を浮かべながら、僕に向かってそう告げる。
それに対し、僕が返すべき答えは一つしかなかった。
「是非、是非お願いします。僕で良ければ是非書かせていただきます」
「そうか。はは、ありがとう。それではまた、打ち合わせ等を含めて連絡させてもらうよ。これは私の名刺だ」
皆見さんはそう口にすると、僕へと名刺を手渡してくれる。そして今度は優弥へと向き直ると、彼は名刺を渡すと同時に、彼に言葉をかけた。
「確か夏目くんだったよね、待っているよ」
「えっと、何でしょうか?」
「ふふ、君がこの業界に来る日をだよ。大学生活、頑張り給え」
ポンと優弥の肩を叩き、皆見さんはニコリと微笑む。
途端、優弥の顔に歓喜の色が浮かんだ。
「は、はい! 頑張ります」
「……誰かと思えば、二位の新人君じゃないか」
ビルの一階へと降りた僕達に突然向けられた声。
その方向へ視線を向けると、見知った中肉中背の男性がそこに立っていた。
「蘇芳先生……」
「なぜ君がここにいるのかな?」
やや上から目線の口調で、蘇芳先生は僕に向かいそう問いかけてくる。
それに対し僕は、端的に返答を行った。
「編集部に呼んで頂きまして」
「へぇ、二位の作品にも声をかけるんだ。色々小細工していたみたいだけど、ランキング上がることが出来てよかったね」
小馬鹿にした口調で、蘇芳先生は僕たちに向かいそう告げる。
そんな彼に向かい、僕はやむを得ず口を開いた。
「それで、蘇芳先生はなぜここに?」
「もちろん俺の日間一位の作品をどうするか、編集長に相談に来たんだよ。どこで書籍化してもいいんだけど、ここの編集部には義理があるからね。もっとも、先方が提示する条件次第ではあるけど」
蘇芳先生はやや自慢げにそう言ってくる。
すると、そんな彼に向かい、優弥が苛立ち交じりの言葉をぶつけた。
「日間一位と言ったって、あんたのは集団で工作した結果ですよね」
「……誰かな、君は?」
鋭い視線で、優弥を睨みつける蘇芳先生。
僕は慌てて二人の間に割って入ると、謝罪の言葉を口にした。
「優弥……すいません、僕が小説づくりを手伝ってもらっている友人です」
「へぇ、友人ねえ。なるほどやはりアマチュアはアマチュアか。しかしなんだ、あの二人だけではなく、他にもまだ助けてもらっている人がいるかい?」
蘇芳先生はそう口にすると、小馬鹿にした笑みを浮かべる。
一方、そんな彼に向かい優弥が噛み付いた。
「繰り返すようですが、貴方こそ、集団でランキング工作をして恥ずかしくないんですか?」
「恥ずかしくはないさ。ルール上、違反ではない。何しろ、取り締まる規約が無いんだからね」
「……よくもまあ、そんなことが言えますね」
「結果が全てさ。実際、君の友人の作品はこの俺に届いていない。つまりこの俺が勝者で、君が敗者。いや、君だけじゃなく、残り二人ほど負け犬がいるようだが」
優弥に向かって発せられたその言葉。
それを耳にした瞬間、間に入っていた僕は思わずこみ上げるものを覚える。そして同時に、一つの言葉を彼へと叩きつけた。
「……残念ながら、蘇芳先生。貴方が日間ランキングの頂きにいるのは今晩までです」
「なに!?」
「わかりませんか、ランキングの頂きから降りていただくと言っているのです。だからこそ敢えて言わせて頂きます。これまでお疲れ様でした」
挑発以外の何物でもないことは理解していた。
だけど、僕はそう言わずにはいられなかった。
そう、目の前の人は僕と戦っているあの人達を馬鹿にしたが故に。
「……調子にのるなよ。新人のアマちゃんがどんなものを書こうと、君のやり口程度では届くはずがない。まさか私を引きずり落とすことさえ、あの二人に頼ろうっていうつもりかい?」
「いえ、神楽先生たちは関係ありません。僕が、そうこの僕が貴方を引きずり落とします」
自分らしくないとは思っていた。
でも、そう宣言せずにはいられなかった。
あの二人の作品に比べれば、目の前の人は遥かに質の劣る作品で頂点に立っているのだから。
「ふん、もうろくにストックも残っていないだろうに良くも吠えられたものだ。まあせいぜい夜に画面の前で恥ずかしい思いをしたまえ。では、失礼する」
蘇芳先生はそう捨て台詞を残すと、そのまま一階のエレベーターに向かって歩み去る。
そうしてその場には僕たち二人が残された。
「……いいのか、昴? あそこまで言ってしまって」
「うん。僕はベコノベ作家として、あの人だけは認めたくない。公園を自分ルールで独占しようとしたあの人にだけはね。それに……」
「それに?」
「津瀬先生たちならともかく、あの人に負ける理由がない。そうだよね、優弥」
僕はそう口にすると、優弥へと視線を向ける。
すると、目の前の灰色の男は迷うことなく首を縦に振った。
「まあな。実際、そのための準備は整った」
「ついさっきね」
優弥の言葉に続く形で、僕はそう言い添える。そしてそのままメディアハートのビルから出ると、僕は虚空に向かって呟く。
「皆見さんには申し訳なかったけど、これで切り札を切ることができる。ランキングの頂きに立つための最後の切り札をね」
その夜、僕は最後の投稿を行った。
『異世界国家再興記』と同一世界観にあるとした、僕にとってかけがえのない作品の投稿を。




