第二十五話 予期せぬレーベルからの書籍化提案!? 投稿戦略が機能して順調にランキングを駆け上がりつつある僕に、津瀬先生を通してメディアハートレーベルから書籍化提案が成された件について
日曜日の夕方、僕は道山市の銀天街にある喫茶店に足を運んでいた。
そう、目の前の人物に時間を取れないかと連絡をもらった為である。
「すまないね、急に呼び出して」
「いえ、『異世界国家再興記』に関しては、今日の予定分は既に書き終えましたので」
僕はそう口にすると、津瀬先生の前の席に腰掛ける。
すると、シルバーフレームのメガネをかける目の前の男性は、意味アレゲな笑みを僕へと向けた。
「そうか、それは結構。しかしどうやらタイミングを計っていたようだね」
「ええ。先生同様にですが」
僕はそう口にして笑う。
途端、津瀬先生は軽く肩をすくめてみせた。
「ふふ、まあ君を出しにする形で気は引けていたんだ。たとえ有効だとわかっていてもね。だが、君も私たちを上手く使ってくれたようでホッとしたよ」
「まあお互い様というやつですね」
そう口にすると、お互い顔を見合わせあって薄く笑う。
津瀬先生たちが取った策、それは口約束した期限のギリギリまで投稿を見送ったことにほかならない。
その意味するところは、僕の『異世界国家再興記』がある程度ランキングを昇り、道を切り開くまでわざと投稿を遅らせたということであった。
それ故、僕たちが一週間かけて上げてきた日間ランキングの順位まで、目の前の男性と、そしてあの人は二日で到達している。
そう、今日の日間ランキングの五位が津瀬先生、そして四位が神楽先生だった。
そしてその手を予期した段階で、僕が取った策は極めてシンプルなカウンター。
つまりカルロス・バイスと神楽蓮という二人の有名作家が、シェアードワールドを使用したということが伝わり始めたタイミングで、貯めていたストックを一気に開放したのだ。
それも一日に六話分も。
「しかしどうやら三日目くらいで私の投稿タイミングに気づいていたみたいだな。あの辺りから、投稿ペースをわざとゆっくりにしたように見えたが」
「ええ。ストックは使うべき時のために残しておく。より適切な時に、適切に投稿するために。僕が貴方から学んだことです」
僕は津瀬先生に向かってそう告げると、ニコリと微笑む。
途端、津瀬先生はすぐに苦笑を浮かべた。
「ふふ、これは一本取られたな。だがいずれにせよ、これで彼らの牙城は切り崩した」
「一作だけではドナウ同盟の現状になんの効果も無いと思っていました。どうせなら数作が彼らを崩さなければと」
ランキング上位に居座り続けるドナウ同盟の面々たち。
もちろんこれまでも一気にランキングを駆け上がり、彼等を抜いて日間一位となった作品は何作か存在している。
だがそれは現状を変えるようなものではなかった。
なぜならば、ランキングの中でも別枠扱いで取り上げられる上位五作品の過半数は、常にドナウ同盟の作品で有り続けたからである。
いや、それどころか、ドナウ同盟とは無関係の作品であっても、彼等の仲間だと勘違いされている作品さえ少なくはなかった。
何しろ自分はドナウ同盟とは無関係だと、僕達のようにわざわざ好き好んで公言する必要性はないのだから。
「つまりは、彼等を出し抜くことも君たちの考えの中にあったというわけだ。成長したな」
「いえ、ランキングにおけるドナウ同盟の現状と、先生たちならどう動くだろうかを考え、そして選択しただけです。ある意味、これは先生が教えてくれたことですから」
「知っている者は選択することができる……か。その結果が、全てを手のひらの上に載せ、その上でランキング三位だ。実に素晴らしい」
それは津瀬先生から学ぶことの意味として教わった言葉だった。
そして今回、僕はランキングに関するドナウ同盟と、そして二人の先生の動きを理解し、最適と思える選択肢を取った。
その結果が、日間ランキングの上位五作の過半数をシェアード作品で埋めるという結果であり、同時に僕の『異世界国家再興記』の三位という結果であった。
「これで『転生英雄放浪記』の時に追いつくことができました。あの時も最高で三位までたどり着くことができましたから」
「だけどここが目的地ではない……君の顔はそう言っているよ」
「もちろんそのつもりです。まだ上にはドナウ同盟のリーダーの作品がありますし、何より背後には恐ろしい方がお二人もいらっしゃいます。だからこそ、できることはすべてやるつもりです。このままだと、上位五作の位置は入れ替わっても、僕のは四位に落ちかねませんから」
現在ランキングの頂点にいる蘇芳先生の作品のことは別にしても、先生たち二人のポイントの伸びは驚異的なものがある。
だからこそ、連続投稿を使いポイントを伸ばしたにもかかわらず、このままでは敗北を喫するだろうことは容易に想像ができた。
「結構。実に良い意識だ。しかし君が動くというのならば、私も次の手を打つとしよう。いつまでも蓮の後塵を拝するわけにはいかないのでね」
「次の手……ですか」
その津瀬先生の発言に、思わず背中に冷たいものが走る。
この人が言うのならば、絶対にブラフではない。僕はそれを知っていたからだ。
「ああ、一つだけ勝負手を残しているのでね。だがおそらく君も持っているんだろ。彼を排除し、ランキングの頂きにたどり着くための手を」
流石。
それ以外の感想を僕は持つことができなかった。
「……無いわけではないです。ただいくつか条件付きではありますが」
僕が口にした言葉から、津瀬先生は何かを察したような表情を浮かべる。
だが彼はそれ以上、僕の手を晒させるようなことは口にしなかった。
「ふうん、こうして戦っていなければ聞きたかったところだ。だがやめておくとしよう。決着がつくその時まではね」
その津瀬先生の言葉は、彼の矜持のようなものに満ちていた。
だからこそ、僕は敢えてこの場の話題を転じる。
「しかし驚きました。まさか先生が医療ものを書いてくるとは……もしかしてわざとぶつけたんですか?」
「何とかな?」
「もちろん神楽先生とです」
津瀬先生がベコノベに投稿したのは、『異世界診療所』という医療もの作品。
VRMMOであるが故に、現実でできない手術トレーニングをゲームでできるとシャンゼリゼワールドに飛び込んだ外科医が、その世界の人々を救うために診療所を立ち上げる物語である。
そして同時に『こちら異世界医療企画局』という医療系作品を立ち上げた神楽先生と、まさに真っ向から対峙する形となっていた。
「ぶつけたと言われても、さてどうかな。私は事前に、蓮から医療系を書くと聞かされていたわけではないのでね」
「でも予想はついていたのではないですか? 神楽先生は常に作品の中に医療と政治を持ち込む。その舞台が現代であろうが、過去であろうが、そして異世界であろうがです」
そう、神楽先生の作品には大小の差はあれど必ず政治と医療が絡む。
もちろんメインテーマであることは少ないが、何らかの政治的な悪影響により、適切な医療を成すことが出来ないシーンが決まって挿入される傾向にあった。
「……あいつは自分の目的の為に小説を書いているからな。実際にそれで成功したのが、今度正式にドラマ化が決まったフレイルだよ」
「ドラマ化、決まったんですか?」
「ああ、決まったらしい。そしてあれがヒットして彼の知名度がさらに上がれば、多分小説を書くことを止めるだろう」
思いもよらぬ津瀬先生の言葉。
それを耳にした瞬間、僕は驚き以外の感情を持てなかった。
「え……どうしてです……」
「さっきも言ったとおりだ。アイツは自分の目的のために小説を書いている。そしてそのための手段が政治家となることだろうからな。だからこそ政治と医療なのだよ」
津瀬先生はそう口にすると、小さく頭を振る。
そんな彼に向かい、僕はまだぼんやりとしか理解できぬまま言葉を繰り返した。
「政治家……ですか」
「ああ。彼自身の一番の目的がどれなのか測りかねているが、おそらくはドラッグ・ラグの解消こそが最大の目的だろうな」
「ドラック・ラグ?」
「新規の医薬品が開発されてから、実際に医療現場で使えるようになるまでの時間差のことだ」
僕の問いかけに対し、津瀬先生はそう答えてくれる。
途端、テレビのニュースで目にした記憶が僕の脳裏に蘇ってきた。
「あ、それは聞いたことがあります。確か海外で使われているクスリでも、日本ではなかなか使えないことがあるんですよね」
「間違いではない……か。実際のところ、日本人と海外の人間に対し、同じ薬を使ったとしても異なる効果を示すものがある。原因は遺伝子レベルまで含め様々だがね」
そう口にしたところで、津瀬先生はもはや冷めきったコーヒーへとその口をつける。そしてそのまま、僕へと説明を続けた。
「だから海外で効果があるとされている薬でも、安易に持ち込む訳にはいかないのが現状だ。それ故に、その為の治験を行う必要があり、更に行政の手続きをすると成ればどうしても時間がかかるのだよ」
「なるほど……そしてそれを神楽先生は解消したいと?」
「ああ、だからこそ彼の作品には、必ず硬直し融通の効かない組織やシステムが登場する。もちろん実際の政治組織や病院機構、はたまた学校の教育システムなどその対象は様々だがね」
津瀬先生のその言葉を受け、僕は彼の作品を脳内で思い浮かべていく。
代表作であるフレイルでは、放射線科医という立場で行政や病院内の硬直したシステムを打開していくストーリーとなっていたし、実際に患者を救おうとする主人公の前には様々な法律や決まりが立ちはだかっていった。
その他の学園ものなども含め、確かにあの人の作品には権力を持った組織を改変したり戦ったりしていく内容が、必ずと言っていいほど盛り込まれている。それも尽く医療と絡む形で。
「つまり作中の主人公たちのように、自分はこの国の硬直した制度を改革していきたいのだと、作品を通して伝えているわけですか」
「おそらくはね。だが彼が作中で改革をし易いよう用意した問題などと異なり、現実の医療行政では慎重を期さねばならない場合もある。作品のストーリーを身にまとって、自分のイメージを肥大化させるのは間違いだ。だからこそ、彼には忠告したつもりだが……」
そこまで口にした津瀬先生は、小さく頭を振る。そしてゆっくりと顔をあげると、彼は改めて僕へとその視線を向け直した。
「何れにせよだ、私たちと君とはジャンルが異なる。それ自体はシェアードワールドとして、良かったと思っているよ」
「そうですね。できれば最初に広く世界を見せたいですから」
「結構。これは勝負でもあるが、同時にベコノベの閉塞しかかった状況を打破するための戦いでもある。その為に私なりに協力は惜しまないよ。もちろんそのことが、彼への勝利につながるだろうしね」
もともとある種の勝者のメンタリティを持った人だと僕は思っていた。
でも、ここまで一個人に対し勝利を求める人という印象は僕にはない。
だからこそ、そこから津瀬先生の常ならぬ強い思いを僕は垣間見た。
「……どうしても勝ちたいんですね」
「もともと勝負事に好んで負ける趣味はないさ。だがこれは意地のようなものだ。蓮に対するものであり、そして同時に一人の親友に対するものでもある」
津瀬先生はそれだけを口にすると、小さく息を吐き出す。
そしてそのまま、まったく想定してなかったことはさらりと口にされた。
「そうそう、私の担当編集者である皆見から君に伝えて欲しいと頼まれていたことがある」
「僕に……ですか。何でしょうか?」
突然の申し出に対し、僕は僅かに体をこわばらせる。
すると、津瀬先生は意味ありげな笑みを浮かべてみせた。
「君に書籍化の打診をしたいそうだ。その上で、一度会ってみたいと言っている。詳しくはベコノベのメッセージボックスを見てみたまえ」
一瞬、津瀬先生が何を言っているのか僕にはわからなかった。
しかしゆっくりとその言葉の意味が脳に染み込んでくると、僕は慌ててカバンからマナーモードにしていた自らのスマホを取り出す。
慌ただしく立ち上げたベコノベの画面。
そこにはあの時と同じく、運営からのメッセージが届いたという赤色のコメントが画面の中央に踊っていた。




