第二十一話 上の世代に訴求しろ!? 如月さんの提案で立ち寄った閉店前の駄菓子屋。ノスタルジーを感じるその店のあり方から、これこそ僕たちが求めていたテーマだと気づくことが出来た件について
「駄菓子屋さん……だよね」
普段の帰宅路から少し外れた裏通りのお店。
そこは今では余り見かけることの少なくなった、駄菓子を扱う小さな商店だった。
「へぇ、こんなところにあったのね。いつも近くは通ってたけど、知らなかったわ」
「ですよね。私も妹に教えてもらうまでは、ここにこんな店があるって知りませんでしたから」
僕たちを案内してくれた如月さんは、そう口にすると恥ずかしそうにペロッと舌を出す。
そんな彼女の仕草をぼうっと見ていると、なぜか由那が僕の服の裾をキュッと掴んだ。
「どうしたの?」
「別に……それよりもせっかく来たんだし中を見ましょう」
由那はそう口にすると、僕を引っ張る形でズンズンと狭い店に中へと歩み出す。
そんな僕たちを眺める如月さんの苦笑が、妙に心に刺さった。
「昴、これ持って」
「えっと……はい」
店に備え付けてあった竹編みの小さなかごを差し出され、僕は戸惑いを覚えながらも素直に彼女に従う。
すると、僕たちの隣で如月さんが次々と駄菓子をカゴの中に詰めていた。
「結構たくさん食べるんだね」
黒髪でほっそりとした和風美人の雰囲気を持つ如月さんと、早くもカゴの中を埋め尽くさんとされる駄菓子の山。
そのギャップに驚く僕に対し、如月さんはニコリと笑った。
「これ、ほとんど妹たちの分なんです。あの子達、本当に駄菓子が好きで」
「愛ちゃんのところって、妹さん多いの?」
目の前の駄菓子の山を物色中だった由那は、ピタリとその手を止めると興味深そうにそう尋ねる。
「そうなんです。妹が三人に私で、女四姉妹でして」
「いいなぁ、妹とかすっごく羨ましい」
「そう……何というか、色々大変だよ」
本当に羨ましそうな言葉を口にする由那に向かい、僕は自らの愚妹を思い浮かべ思わずそう呟く。
途端、由那は突然僕へとその視線を移した。
「昴にはわからないわよ。妹がいない気持ちなんて。妹がいたら、そう、妹がいたらあの服もこの服もみんな着せることが出来たのに」
「それでか。いやぁ、うちの妹で良ければ貸してあげたいところだけど、しかしなるほどね」
なぜ由那が妹に固執しているのか理解した僕は、苦笑交じりにそう呟く。
すると由那は、真剣な表情のまま、再び僕の服の裾を掴んできた。
「貸してくれるの?」
「え、いや、その……ほ、本人が良ければ別にいいけど、うん」
由那の圧力に負ける形で、僕は思わずそう口にする。
我が愚妹たる恵美と由那。
なんというかすごく相性が悪そうな気しかしなかったが、既に後の祭りだった。
「何を着せればいいかしら。前に中学三年生って言ってたわよね。となると……」
顎に手を当てながら、完全に自分の世界に入ってしまった由那。
これまでの付き合いから、しばらくはどうしようもないことを僕は知っていたため、彼女をそのままにして僕は自分の分の駄菓子を選ぶ。
「あ、先輩……当たり付きはちょっと……」
「え?」
目の前の当たり付きガム菓子に手を伸ばしかけた僕は、如月さんの声でその手を止めた。
「その……この店、来週閉店するみたいなんです。だから、その……」
「ああ、そう言ってたね」
ぐるりと周囲を見回してみても、僕たち三人しか人影が見当たらない。
店主さえ商品の購入時にブザーで呼ぶ形となっており、僕はすぐにこの店の状況が理解できた。
「コンビニも増えたし、今はなかなかこういうお店は難しいのかもね」
「そうですね。私もここしか知りません。母が言うには、昔はこの近くにも何軒か同じようなお店があったみたいですけど」
如月さんはやや残念そうな表情を浮かべながら、僕に向かってそう教えてくれる。
なるほど、多分他の店は既に閉めてしまったのだろう。
まるで時代から取り残されたかのように、ひっそりと残っていたこの駄菓子屋。それ自体が貴重なのかもしれない。
「ちょっと上の世代の人だったら、結構通っていたんだろうね」
「私たちの世代だと馴染みは薄いですよね。世代差というか」
如月さんの言う通り、僕たちの世代には馴染みが薄い。
子供の頃から、近くにはコンビニエンスストアが、何軒も建っているのが当たり前だったから。
でも、昔はコンビニなんてなかったはずだ。
おそらくその頃は、この駄菓子屋もたくさんの子どもたちで溢れていたんだと思う。
たぶん僕たちより一回りか二回り上の世代の頃なら。
「上の世代……あれ、ちょっと待って」
「どうしました?」
脳内に稲妻が走ったような感覚があった。
そう、今この瞬間、僕は答えに触れたのだと、そういう感覚。
それを逃さぬためにも、僕はすぐに如月さんへと問いかけた。
「如月さん、さっきなんて言ったの?」
「え? 私たちの世代だと馴染みが薄いですけど」
「ちがう、そのあと」
「世代差……あ!?」
その言葉が彼女の口から発せられた瞬間、僕は、そして目の前の後輩は答えを手にした。
僕たちが求めているもの。
それは商業の舞台においてベコノベの作品を手に取ってくれる層に対し、キラーパスとなりうる作品である。
そして現実問題として、大判で発売されるベコノベ作品は、手に取ってくれる読者層の年齢が高い。少なくとも僕たちよりも一回りも二回りも。
だからこそ悩んでいたのだ。
十八歳の僕には、上の世代の人たちと同じ生活や体験がわからなかったから。
でも、ここは間違いなく、その世代の人達にとって馴染み深い文化と言えた。
そう、この駄菓子屋という存在は。
「これで行けるかもしれない」
僕はいつの間にか拳を握りしめていた。
迷いのトンネルを完全に抜けたという感覚。それが僕の全身をいつの間にか包み込む。
すると、突然僕の背後から賛意を示す声が発せられた。
「上の世代に馴染み深い駄菓子屋を、敢えて私たちの目線から書くわけね。しかも異世界要素を加味して。確かにそれなら、幅広い層に訴求できる気がするわ」
「うえ、由那!?」
予期せぬ賛同者の声に驚き、棚に並べられた商品にぶつかりそうになるほど、思わず僕は後ずさる。
一方、そんな僕の反応に不満だったのか、目の前の女性の瞳は途端に吊り上がった。
「なによ、私の顔に何か付いているの?」
「いや、そんなこと無いよ。はは……」
まだ意識があっちの世界にあると思っていたと言えば、怒られることは明白だった。だから僕は慌てて笑いながら誤魔化す。
すると、そんな微妙な僕らのやり取りの間に、如月さんが割って入ってくれた。
「と、ともかく、これで土台となるモチーフが決まりそうですね」
「そうだね。商業におけるベコノベのターゲット層を外さず、それでいてシェアードの中に内包できる存在。うん、駄菓子屋を新しく開店させよう。この世界ではなくシェアードワールドの世界、つまり異世界に」
「ただいま」
「おかえり。今日は遅かったね、お兄ちゃん」
玄関にたどり着いた僕の声を耳にして、僕の妹がリビングからトコトコと走ってくる。
相変わらず冬なのに下着にTシャツだけというラフな格好の恵美。
それに気づいた瞬間、僕は慌てて彼女に注意をした。
「恵美、だからその格好で家の中を歩き回るなって言ってるだろ」
「え、いいじゃん。この格好が一番楽だし」
僕の注意に対し、恵美はそう反論すると、そのまま頬を膨らませる。
一方、そんな言い訳にもならない言い訳を耳にした僕はつかれたように溜め息を一つ吐き出した。
「はぁ……でも玄関は人が来るんだから、すぐに着替えてきなよ」
「どうせお兄ちゃんしかいないんだから別に……え、誰、そこのモデルみたいな人」
恵美はそう口にすると、マジマジと僕の背後へと視線を向ける。
すると、そんな恵美の視線を集めた彼女は、笑い出しそうなのをどうにか堪えながら、優雅にその口を開いた。
「お兄ちゃんと同じ学校の音原由那です。はじめまして、恵美ちゃん」




