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ネット小説家になろうクロニクル  作者: 津田彷徨
第三章 奔流篇

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第十八話 神楽先生との再戦と、隠された過去!? オープンシェアードを舞台として再び神楽先生との再戦が決まった際に、津瀬先生が過去に親友を自殺に追い込んだという事実を彼が僕へと告げてきた件について

 大学のそばに併設された喫茶店。

 そこで僕は戸惑いを覚えながら、注文したコーヒーを口に含む。


「すまないね、何か急いでいたみたいなのに付き合わせちゃってさ」

「いえ、家に帰ろうとしていただけですから」

 口にした言葉と異なり、あまり申し訳無さそうな素振りを見せない目の前の男性に向かって、僕は淡々とそう告げる。

 途端、何故か神楽先生は嬉しそうに笑った。


「そっか。それはちょうど良かった。せっかく君と会えたのに、気づかないふりをするのは忍びなくてね」

「そうはどうも」

「はは、本当だよ。まったく他意はないしね。だいたい僕もびっくりしたんだ。大学に来ている若い学生さんはセンター試験を受けに来てるはずなのに、突然他の人とは逆向きに歩いてくる子がいるかと思えば、それが見知った顔だったからさ」

 神楽先生はそう口にすると、僕に向かって意味ありげな視線を向けてくる。

 そんな彼に向かい、僕は端的にその理由を説明した。


「僕は友人の応援というか、付き添いで来ただけですから」

「付き添い……か」

 それだけを述べたところで、神楽先生は苦笑を浮かべる。

 その意味するところを理解した僕は、すぐに言葉を挟んだ。


「ええ、付き添いです」

「なるほど、とても僕が言えた義理じゃないけどさ、彼女を大事にしているのは良いことだと思うよ……ああ、だからそんな顔をしないでくれたまえ。繰り返すようだけど、本当に他意はないからさ」

 どこまでが本気で、どこまでが冗談なのか僕には目の前の男の考えがわからなかった。だからこそこれ以上考えても無駄だと割り切ると、その言葉をそのまま解釈することにする。


「……わかりました。それで神楽先生はどうしてこちらに?」

「実は僕が所属している大学のゼミで、ちょうど他施設との共同研究をやっていてね。その絡みでちょっと呼び出されたのさ」

「良いんですか、僕とこんなところでお茶を飲んでいて」

 僕と違い明確な用がこの後あるのならば、僕にかまっている暇などはないのではないか。僕はそう思うと、そのまま彼へと尋ねる。

 すると、神楽先生は軽く肩をすくめてみせた。


「ノープロブレム。約束より早く来ているんだ。だから逆に僕が君を付き合わせている感じかな。そういえば、津瀬さんに聞いたよ。指定校推薦で大学は決まっていたんだったね」

「あ、はい」

「ふふ、こんなセンター試験の初日に言う言葉ではないかもしれないけど、おめでとうと言っておくよ」

 その言葉は彼の口調からも表情からも、明らかにまったく含むところのないものだった。

 だからこそ、神楽先生が津瀬先生から聞いたことに違和感を覚えつつも、僕は素直に頭を下げる。


「どうも……ありがとうございます」

「ふふ、まあそんな警戒しないでくれよ。別にとって喰うつもりもないし、少なくとも今は君と敵対関係にあるわけじゃない。もちろんライバルだとは思っているけどね」

 神楽先生のその言葉を耳にした瞬間、僕は溜め息とともに正直な感想を口にした。


「正直言って、とてもライバルなんて言える状況ではありませんけどね」

「おいおい、あれだけ順調で何が不満なんだい? 士洋社の編集部の人達も、軒並み君に期待していたよ。もっとも僕の担当だけは違うけどね」

 湯島さんのことを示唆しながら、神楽先生は僕に向かってそう問い返してきた。

 その言葉に、僕は神楽先生との認識のズレを理解する。


 そう、僕は自らの小説を見ているのに対し、神楽先生はもう一つのものの事を考えていた。


「そっちの件ですか。でもあれは由那の力であって僕はそれを手助けしているだけですから」

 『悪役令嬢に転生したけど、気に入ったデザインの服がなかったので、自分で作ることにしました。』こと、通称フクつく。

 僕がギリギリまで原作原稿を遅らせてしまうというトラブルがあったものの、彼女の努力と作画能力によって連載を落とすことはなく、作品の評価もすこぶる良いと聞いていた。


 でも、あれは僕の作品ではない。

 いや、正確には僕だけの作品ではないというべきだろうか。

 だからこそ、足を引っ張っている僕がとても誇る気分にならないのは当然のことだと言えた。


 一方、僕の言葉を耳にした神楽先生は、すぐに全てを察してみせる。


「原作者と作画家なんて、持ちつ持たれつさ。ん……ああ、そういうことか。君が言っているのは小説の件だね」

「あの原作に関しては色々ありますし、何より僕は漫画原作者と言うより、ベコノベ作家のつもりですから」

「ふむ、まあ君の立ち位置は君が決めることだ。だからそれに関して僕が口を挟むつもりはないよ。だけどそうだな、その意味では君は二足のわらじを履き、僕は今の道だけを歩んでいるというわけか」

 それだけを口にすると、神楽先生はやや自嘲気味に笑う。

 僕はその笑みを見て、思わず眉間にしわが寄るのを自覚した。


「医者になるのなら、十分に二足のわらじだと思いますが」

「それを言うなら、君も春から大学生になるんだろ。だからその意味では関係ないさ。いずれにせよ、その様子だと降りるつもりだけはなさそうだね」

「ええ。僕は決めましたから。この道を進むと」

 父と約束したあの日、僕は決意した。


 もちろん思わず立ち止まってしまったこともあった。

 でも、決して遥か彼方まで続くこの作家という道から降りるつもりはない。


 そんな僕の覚悟が伝わったのか、神楽先生は僕に向かって小さく頷いた。


「結構、ならば先達として一つおせっかいを焼いておくよ。僕も一度失敗した。今も忘れない、二作目だ」

「……先生が失敗ですか?」

「ああ。僕個人としてはすごく好きな原作だったし、よく書けていた。でも失敗作だ。それは認めないといけないと今では思っている」

「どういうことですか? 作画の方に問題があったとか」

 失礼な発想とは思ったものの、それでも目の前の人が失敗するということが僕にはイメージできなかった。

 だがそんな僕の考えは、思わぬ発言によってあっさりと否定されることとなる。


「いや、それはない。今も彼と組んで『フレイル』という漫画の連載をしているのでね」

 神楽先生の代表作にて、ドラマ化も噂される放射線科医を主役とした医療漫画。

 その漫画で組んでいる方とならば、確かに作画の問題ということはないのかもしれない。


「あの『フレイル』の方ですか。では、何が問題だったというのです?」

「リサーチだよ。読者層を間違えた。当時はまだ新人だったのでね、今思うと若気の至りと言うべきかもしれないけどさ」

 ほんの少し苦笑を浮かべながら、神楽先生は僕に向かってそう告げる。

 一方、そんな彼の言葉が僕には引っかかった。


「読者層を……ですか」

「ああ。青年誌の連載だったのに、どうにも処女作で書いた少年漫画のノリで演出してしまってね。もちろん少年誌だったら良かったんだろうけど、エンタメによりすぎてリアルさが足りず、残念ながら読者の人に届かなかった」

「そういうものなのですか……」

「ああ、そういうものさ。と言うより、君たちが一番わかっているだろ? “ベコノベ作家”の黒木くん」

 “ベコノベ作家”という言葉を協調して見せたことから、僕はすぐに神楽先生の意図するところを理解する。


「おっしゃりたいことはわかります。確かに、ベコノベにはベコノベの客層がありますので」

「そういうことだ。勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし。前を向くことは大事だが、負けっぱなしにせず、きちんと敗因を分析することも大事さ。『フレイル』もまたそこから産まれたのでね」

 ほろ苦い思い出が蘇ったのか、そう言い終えた神楽先生は、ほんの少しだけ口元を歪める。

 正直、未だ目の前の人物のことを全面的に肯定する気持ちにはなれない。しかしながら、目の前の人には目の前の人の美学があり人生があるのだということを、僕はここに理解する。


 そしてだからこそ、僕はその意志を受け取って冷静に自らの失敗を改めてその口にした。


「敗因の分析ですか。でもそうですね。ベコノベと書籍の客層がズレていたこと、それが一つの原因のかもしれません」

「それはあるかもしれないね。ベコノベからの書籍化で大きなものは出版前から読者がついてくれていること。但し、その付いてくれている読者層と、作品購買層にズレがあれば、当然結果に少なからぬ影響はある」

「その意味では僕のは大判であったことが、その一因かもしれませんね」

 文庫サイズではなく大判での書籍化であったこと。

 ベコノベからの出版において、それには様々なメリットとデメリットがあると言われていた。


 例えば書店におけるライトノベルなどの文庫書棚の限界。

 既に多くのレーベルがしのぎを削っているこの書棚では、長期間作品をおいてもらうことはなかなかにハードルが高い。しかしながら大判はこれまで未開拓な部分もあり、比較的長期間書店で作品を置いてもらいやすい面もあるとされている。

 だがこれに関しては数年前ならばともかく、月刊百冊近いベコノベ作品が出版されるようになった現在においては、その効果も減少傾向にあった。


 また別の観点からの大判のメリットとして、一冊あたりの単価が高く利益率が高いことが挙げられた。

 これにより、少量の部数でも比較的コストが回収しやすく、最初から作品にファンが付き、ある意味グッズ的な要素もあるベコノベ作品に於いては大きな利点とも言えた。


 しかしながらこの面においては大きな欠点もある。


「確かに大判は利益率が高く、書店も出版社としてもメリットは大きい。だがそれ故、客層はやや年齢が高くなってくる」

「実際に最近のベコノベの傾向としても、書籍化に成功している作品は、元々若干年齢層を高く設定している作品が多い気がします。もちろん作品に圧倒的な力があれば別だったと思いますが」

「どうだろうね。僕は手に取らせてもらった君の作品、正直嫌いではないよ」

 まるで不意打ちに近い神楽先生の言葉。

 それを耳にして、僕は思わず言葉をつまらせる。


「え……僕の小説を……」

「ああ、手に取らせてもらった。ライバルの作品を分析することは当たり前のことだからね」

「ありがとう……ございます」

「礼は不要さ。値段以上に十分楽しませてもらったからね」

 神楽先生はそう口にすると、僅かに恥ずかしそうに目の前のダージリンティーに口をつける。

 そして一息つけた後に、彼は話題を下へと戻した。


「ともかくだ、次は最初からベコノベの中だけではなく、外も意識してみるといい気がするな」

「ベコノベの外ですか」

「そう、ベコノベの外。最初から書籍化の先を見据えて戦うことは、決して君にとって間違いではないと思う」

「……そうかもしれません。『転生英雄放浪記』は完全にベコノベ内でのランキングだけを見据えて描いた作品でしたから」

 僕の中で二作目となる『転生英雄放浪記』は、あくまで書籍化を目指し、ベコノベのランキングを駆け上がることを目的として書いた作品だった。もちろん書籍化の際に多少なりとも原稿を修正し、改稿を行うことで商業用にカスタマイズは行ってはいる。

 しかしながら、物語の起点段階において、ベコノベの外に広がる商業の世界を意識して書いていないことは紛れもない事実であった。


「ある意味、君も次の段階に進むということさ。というわけで、君が外へと目を向けるとなれば、僕は逆に中に目を向けてみるとしようかな」

「中……それはベコノベの中という意味ですか?」

「もちろん。君がどう思っているかはともかく、負けたままというのは些か悔しくてね」

 神楽先生の表情は飄々としていて、まったく悔しさを感じさせるものではなかった。

 でも僕にはそれが本心なのだとわかった。

 眼前の人の口調がほんの僅かに苦々しげなものだったから。

 そして同時に、僕は彼がなそうとしていることを理解する。


「あの……それってもしかして」

「当然ベコノベで作品を書いてみるってことさ。今のあそこの空気は以前より悪いと聞くし、あそこで僕を支持してくれている人に何か恩返しをしたいからね」

 新たなファン層の開拓。

 それは神楽先生が前回ベコノベの漫画原作コンテストに参加した目的の一つであった。

 だからこそ、その事自体に意外性はない。


 しかしながら、どうしても見過ごすことの出来ぬ内容が、彼の言葉に含まれていた。


「空気が悪いって、まさか知ってらっしゃったんですか?」

「この狭い業界、放っておいても話は聞こえてくるさ。新年会でも君と色々あったんだろ?」

「……確かにちょっとしたトラブルはありました」

「なるほどね。いや、だから津瀬さんも何か準備をしているというわけか。となれば、僕が投稿しない訳にはいかないな。君たちと同じ土俵で、借りを返させてもらいたいのでね」

 それだけを口にすると、神楽先生は不敵な笑みを浮かべてみせる。

 一方、僕はその神楽先生の発言の一部を耳にした瞬間、ある考えが頭の中をよぎった。


「同じ土俵……ですか。それなら、いや、でも」

「どうしたんだい? 何か言いたいことがあるなら、言ってくれたら良いさ。こう見えても、土俵の外で君とやりあうつもりはないからね」

 一瞬迷いを覚える。

 それは目の前の人が元々商業からベコノベに足を踏み入れた人であり、その意味では僕たちよりもあの蘇芳先生に近い立ち位置の人物であるからだ。

 いやそれ以上に、こうして僕をライバルと公言する人を誘うことが正しいことなのかという迷いもあった。


 だけど、いま試験を受けている僕の親友ならば、彼の性格から絶対この機を逃すなと言うだろう。

 そして何より、目の前の人はルールの裏を取ることはあっても、表立ってルールを破壊し場を崩そうとはしない人物だ。


 付き合いして長くはなくとも、僕はその点においてだけは神楽先生の誇りと矜持にある種の確信を持っていた。

 だからこそ、僕は脳裏に浮かんだ誘いを、目の前の男性へと口にする。


「一つ企画を考えています。もし良ければそれに参加しませんか?」

「ほう、企画……ね。君が噛んでいるというのなら、内容次第ではやぶさかではないな」

 即答だった。

 おそらくだけど、僕が目の前の人をある意味信頼しているのと同じで、彼も僕のことをある意味信頼してくれているのだろう。

 そう感じたからこそ、僕はもはや迷うことなく本題を切り出した。


「ベコノベのお約束や共通認識を元に、僕たちはオープンなシェアードワールドを作ろうと考えています。これがその企画書になります」

 僕はそう口にすると、最近は肌身離さず持ち歩いている企画書の束をバックから取り出し、神楽先生へとそのまま手渡す。

 すると彼は、真剣な面持ちで次から次へと企画書の紙をめくっていった。


「……これは興味深いね。しかしなるほど、この発想は僕にはなかった」

 僕の気のせいかもしれないが、そう口にした神楽先生はほんの少しだけ悔しそうな表情を浮かべる。

 しかしそれは一瞬のことであり、すぐにいつもの余裕ある笑みをその端正な顔に浮かべると、改めて僕に向かってその口を開いた。


「うん、実に面白い。ただ……少しだけ引っかかるところがあるかな。具体的に言えば二つ程ね」

 神楽先生はそう口にすると同時に、右手の人差指と中指を立ててみせる。


「二つ……ですか」

「ああ。まず一つ目だけど、この企画をこのままベコノベで展開すれば、ある種の誤解を招きかねないと思うな。作家同士がつるんで、ポイント工作のための仕組みを作り上げたんじゃないかとね」

「それは違います! あんな工作をしている人たちと、僕たちは――」

「それはわかっているさ。少なくとも僕はね。いや、大半の人達はわかるかもしれない。でもね、必ず穿った見方や重箱の隅をつついてくる人間は出てくるものさ」

 僕の言葉を遮る形で、神楽先生ははっきりとそう口にする。

 そんな彼の言葉には、確かにうなずけるところが多かった。


「それはそうかもしれません。でも僕たちはあの人達と違って、サイトを私物化して工作したポイントを、書籍化という形で換金するためにやるわけじゃありません。あくまで創作をともにする環境を提案したいと思っているんです」

「はは、もちろん君たちがそう考えていることはわかっている。でも、それをきちんと伝えることが大事なのさ。特に彼らが工作を繰り返している今、どうしても色眼鏡で見られやすい状況なのはわかるだろ?」

 教え諭すような口調で告げられた神楽先生の言葉。

 それに対し一瞬反論を口に仕掛けるも、僕は冷静に考え直して、一理ある事を認めざるを得なかった。


「でも、いえ確かに……誤解はされるのはもちろん僕らの望むところではないです。でしたら、作者同士は相互にポイントを入れ無いよう、シェアードのルールに明記しましょうか」

「いや、それはどうだろう。君は運営ではない。だから何らの取り締まる権利を持たない。そしてそんなことを明記すれば、今後君たちのシェアードで作品を書きたいと思っている作者は、他のシェアード作品にポイントを付けられないことになる。つまりは必然的に新たな作者の流入を阻害するルールさ。望ましいとは思えないね」

 軽く肩をすくめながら、神楽先生はそう口にする。

 一方、僕はそんな彼の表情から、ある確信を抱いた。


「……神楽先生は何か考えがありそうですね」

「まあね。例えば、こう問題提起を表明すればいい。現状ランキングを工作をしている相互評価の集団に違和感がある。あれはベコノベにとって良くない行為だとね」

「問題提起……」

「そう。問題提起をすることで、まず相互評価工作に反対する集団だと表明できる。その上あくまで名指しを避けた問題提起なので、彼らも表立ってこちらを攻撃しにくい」

 僅かに右の口角を吊り上げながら、神楽先生はさらりとそう言ってのける。

 その発言の意味を咀嚼した僕は、そこに秘められた彼の意図に気がついた。


「更にもし向こうが反論してくれば、自分たちが組織的に工作していると宣言するのと同義と言えるわけですか」

「その通りさ。だから問題提起くらいが最良なのさ。もちろん、蘇芳先生あたりは顔を真赤にして怒るだろうけどね」

 やや意地の悪い表情を見せながら、神楽先生はそう言ってのける。そしてそのまま、彼は改めて話をシェアード自体のことへと戻した。


「そしてもう一つの引っかかりだけど、世界設定……特に歴史に関してもっとファジーにしてもいいんじゃないかな」

「でも作品の奥行きを出すために、歴史は必要不可欠と思いますが」

 僕はやや不満げな口調でそう反論する。なぜならば、歴史的な厚みを加えることは、あの津瀬先生が提案してくれたことだからだ。

 すると、神楽先生はニコリと微笑みながら、僕に向かって更に補足を告げてきた。


「もちろんその通りさ。ふむ、少し僕の言い方が悪かったかな。そうだね、例えばこの歴史年表だけど、ずらりと事細かにこの世界の歴史が記されている。確かにそれ自体は悪いことじゃない。でも、あまりに遊びが無さすぎるかな」

「遊び……ですか」

「そうさ。これだけ事細かに決められては、シェアードとして創作の余地と幅が極めて少なくなる。ある程度は自由に書けるための余白。それが創作における想像の余地を残す意味では重要さ」

「それは確かに一理ありますね」

 なるほど、だからこそファジーと表現したのかと僕は納得する。

 つまり歴史自体を排除するのではなく、想像や創作の隙間をわざと用意するべきだと神楽先生は言っているのだ。


「何れにせよ、最終的に決断するのは君たちさ。今言ったことは、あくまで参加者の一意見として考えてくれたらいい。ふふ、しかしこれで津瀬さんが何やら動いているわけがわかったよ。つまりあの人も参加するわけだね」

「はい。今のところ、津瀬先生もそのシェアードを元に作品を一つ書いて下さる約束となっています」

「ふぅん、やっぱりね。うん、ならばなおさら都合がいい。君たちのホームでケリをつけられる。実に楽しめそうだ」

 それは心底嬉しそうな表情で口にされた言葉であった。

 だからこそ、僕は敢えて挑発的な言葉を口にする。


「……前回に続き、今回も僕らのホームですが、構わないのですか?」

「だからこそ、良いんじゃないか。それに前回は漫画原作という縛りがあった。その意味では、僕のホームゲームだったと言う見方もできるはずさ」

「なんというか、認識の相違ですね」

 お互いが自分の方が有利だったと認識していること。

 それは何れにも譲れないものがあることを如実に示していた。だからこそ互いに譲ることはない。


「ああ、よくある話だね。ただ何れにせよ、君だけではなくあの津瀬さんに借りを返させてもらういい機会だ。僕も是非参加させてもらうよ」

「その……一つ尋ねてもいいですか?」

 神楽先生の話を聞いていた僕は、以前から抱いていた一つの疑問が再び頭を埋め尽くしていた。

 そしてそんな僕の疑問を見透かしてか、神楽先生は僕の言葉を先回りしてみせる。


「なんだい? って言っても、その表情だと聞きたいことは一つかな。僕と津瀬さんのことだろ?」

「……はい」

「ふむ、そうだね。敢えて言うならば、兄を殺されたからかな」

 その言葉が彼の口から発せられた瞬間、まるで周囲が凍りついたかのようにすべての音が消えた。


 時が止まったかのように、僕の中で思考が完全に途絶する。

 ただ胸の鼓動だけが、止まった世界で勢いをまして働き続けていた。


 そんな動揺隠せぬ僕に向かい、神楽先生は薄い笑みを浮かべながら再びその口を開く。


「黒木くん。津瀬さんが薬学部の大学院で、君の父親と同じ臨床医学研究をしている事は知っているよね? でも本来あの人は大学に残る予定はなかった。あの人の父親が何をやっているか知っているかい?」

「いえ、まったく……」

 錆びきった機械人形のように体がうまく動かない僕は、どうにか首を左右にだけ振る。

 すると神楽先生は指を一本たて、そして僕の知らない津瀬先生の事をその口にした。


「あの人の父は国内最大の国立研究法人の理事長さ。そして津瀬さんもそこの研究者として本来は従事するはずだった。にもかかわらず、今は君の父親の下にいる。どうしてもやりたい研究があったからね」

「やりたい研究……ですか。確か血液がんの研究をしていると伺いましたが」

 先日、津瀬先生の研究企画書を僕は目にすることがあった。だからこそ、僕は神楽先生に向かいそう答える。

 途端、神楽先生は一つ頷くとともに、まったく思いもしないことをその口にした。


「ああ、そのとおりさ。一人の白血病患者を救おうとした親友を、あの人は自殺に追い込んだ。だからこそ今はその治療薬を研究している。償いの為に……ね」


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