第十七話 センター試験会場での再遭遇!? 由那と優弥のセンター試験を見送りに行ったその会場で、僕をライバルだと宣言したあの人気漫画原作者の神楽蓮と、予定外の再会を果たした件について
「どうしたよ、相棒。受験しないおまえのほうが緊張しているんじゃないか
?」
「いや、優弥たちがリラックスしすぎなんだよ」
僕はそう口にすると、目の前の受験生二人を順に見やる。
道山市にある県内唯一の国立大学。
普段ならば土曜日はもっと閑散としているものだと聞いていたが、今日はまったくその様相を異にしていた。
大学入試センター試験。
この場に足を運んだ大多数にとって、そして目の前の二人にとって、まさに進路を決める大きな分岐点の日なのである。にもかかわらず、優弥からも由那からも、まったく緊張感らしきものを感じることができず、まさに普段通りといった様子でその場に立っていた。
「そうか? まあ試合が始まる前に、緊張して疲れても仕方ないだろ」
「サッカー部の頃から言っていることは変わらないよね。まあ、まさか受験の日まで同じことを言うとは思わなかったけどさ」
一緒に部活をしていた頃から、大一番の試合前でも目の前の灰色の青年は動揺した素振りを見せない。
そしてそれは、大学入試でも変わらぬようだった。
一方、もう一人の平然とした様子を見せる女性は、僕に向かってやや不満げな表情を見せてくる。
「というか私まで同じ扱いはやめてよね。私はもともと完璧な準備をしていたから、こうして優雅に会場に向かっているの。ただ鈍感なだけの人間とはとは違うわ」
「鈍感って誰のことだ?」
由那の言葉に、すぐさま優弥が反応する。
途端、彼女はクスリと小馬鹿にした笑みを浮かべてみせた。
「あんたに決まってるじゃない? それとも、もうセンターは諦めたから、心穏やかなわけ?」
「どっちでもねえよ! まったくこれだから天才は」
眼前の人物が元々センター試験など眼中に無いことをよく知っている優弥は、腹立たしげな表情を浮かべながら、それだけ吐き捨ててそっぽを向く。
僕は本当にいつもと変わらぬ二人に苦笑しながら、間に入るような形で口を開いた。
「はは、でもまあ勝負は終わるまで何が起こるかわからないって言うしね」
「違う、結果は勝負の席についた時点で九割九分決まっているの。例えば貴方の負けもね」
「だからまだ負けてないっつーの」
僕の意図などお構いなしと言った様子で、再び二人は遣り合いを再開する。
そんな会話に思わず頭を振ると、僕は一方の女性へと急な問いを発した。
「由那、忘れ物はない? 受験票と筆箱は持った?」
「え、え、ちょっと待って。えっと……大丈夫、ここにあるわ」
その反応は明らかに先程まで澄ましていた人物のそれとは異なっていた。
由那と接するようになって早半年。
勉学という点において彼女が紛れもない天才であることは理解していたが、時々思わぬ抜けたところがあった。
そしてそれは本人も自覚しているようで、僕の確認に対しては不安そうに慌てた素振りを見せる。
一方、そんな彼女の反応がおかしかったのか、優弥が先程のお返しとばかりに口元を僅かに歪めてみせた。
「なんだ、えらく慌てやがって。誰が完璧な準備をして来たって?」
「何事にも万が一はあるの。だから気になっただけじゃない」
「仮に九割九分決まっているのだとしても、あと一分は未定だからね。とにかくマーク間違いをしないように気をつけてきてね」
いまさら言うまでもないことではあるが、何故かこの二人を前にすると思わず念押しするようにそう告げずにはいられなかった。
途端、優弥は僕に向かって軽く肩をすくめてみせる。
「なんか引率の先生とか保護者みたいな事を言うよな。どうせなら満点で受かってこいとか、もっと景気のいい送り出し方をしろよ」
「そう言われても、由那だったら景気づけでも何でもなく、本当に全教科満点を取りかねないからね」
「全教科か……模試でもいつも数問はミスるのよね……」
僅かに残念そうな口調で、真顔の由那はそんなことを口にする。
途端、僕と優弥はお互いの顔を見つめ合うと、どちらからでもなく大きな溜め息を吐き出しあった。
「ともかく、二人とも頑張ってきてね。受験が終わったら、シェアードワールドが待ってるから」
「おう、任せろ。ここ最近、お前たちばっかり楽しそうなことしてやがったからな。みてろ、センター利用だけで合格を決めて、その後は俺がビシバシとお前たちを指導してやる」
気を取り直した優弥が、軽く拳を握りしめながら景気良さげな声でそう宣言する。
一方、それを横目で目にした由那が、露骨に嫌そうな表情を浮かべた。
「試験を前にして、貴方から指導されると言われると、なんか無性に腹立たしいものね。ともかく昴、この二日間だけは悪いけど私抜きで進めていてね」
「はは、もちろん。この週末はシェアードのことは忘れてくれていていいよ」
本当に済まなそうな表情を浮かべていたこともあり、この状況下でも変わらぬ彼女に苦笑しつつ、僕ははっきりとそう告げる。
「さて……それじゃあ行ってくるぜ、相棒。今日、明日で決めてくるから、シェアードだけではなく、祝勝会の準備もしてろよ」
「楽しみにしてるよ。それじゃあ、二人共、頑張ってきてね」
僕がそう告げると、優弥は親指を立て、由那はニコリと微笑む。
そして二人は、そのままゆっくりと試験会場である大学の講義棟へと歩み去っていった。
「はぁ、なんだか僕だけ取り残されてるみたいに感じるよね」
大学の構内に一人残された僕は、思わず虚空に向かってそう呟く。
試験開始が近づいてきたからだろうか、いつの間にかあれ程いた人影は減りつつあった。
この場に今も立っているのは受験生の保護者か教師たちくらいで、明らかにそれ以外の人たちは見当たらない。
少なくとも、同年代の人間で見送る側の立場になっているのは、周りを見る限りこの僕だけだった。
「二人が前に進もうとしているのに、僕だけがいつまでも立ち止まっているわけには行かないか」
取り残されるという自分の考えは、あくまでただの感傷。
そのことを改めて胸の内に刻みつつも、僕は誰に言うともなくそう呟く。
そう、今の僕が進むべきは目の前に存在する試験会場への道ではない。受験生のみんながたどり着くべき場所を大学へと定めているように、今の僕にも異なるたどり着くべき場所が存在した。
だからこそ、そこへ至るためにまず僕が向かうべきは、執筆を行うためのパソコンの前に他ならない。
そう考えた瞬間、僕は小さく首を左右に振ると、そのまま踵を返して歩み始める。
このまま自宅に帰って、シェアードワールドの詰めとプロットの続きをしよう。そう、今の僕にとって未来へと続く道のりは、この大学構内にはなく自宅の机の上にこそ存在するのだから。
そう思いながら数歩足を進めた瞬間、僕は思いもかけない人物とすれ違う。
そして同時に、僕たちはお互いの存在に気がついた。
「あれ、黒木くんじゃないか」
聞き覚えのあるその声。
モデルのようにスラリと伸びたその肢体。
そしてある種の知性を伴ったその顔。
明らかに周囲と隔絶した雰囲気を纏う男性が、僕の目の前で歩みを止めていた。
その存在に気づいた途端、胸がチクリとする感覚を覚える。
「神楽……先生」
眼前で興味深そうに僕を眺めている人物。
それは僕のことをライバルだと宣言した漫画原作者、あの神楽蓮その人であった。




