第十五話 届けられた資料と、伝わる期待!? 石山さんから膨大な量の資料が文芸部室へと届けられ、僕たちは手分けして期待に応えられるだけの良いものを作ろうと誓いあった件について
授業が終わった放課後。
受験勉強のために大急ぎで帰宅した優弥を除き、僕と由那はいつものように図書室へと向かっていた。
すると、そんな僕たちの視界に、そわそわした様子を見せる後輩の姿が映った。
「せ、先輩、待ってましたよ!」
部室の前で困った素振りを見せていた如月さんは、僕たちの姿に気がつくなり慌てて駆け寄ってくる。そして何時になく強く、そして戸惑った口調で声をかけてきた。
「どうしたの?」
「どうしたの、じゃないですよ先輩! 部室が大変なことになっているんです!」
そう口にした如月さんは部屋の中を指差す。
すると、昨日までは存在しなかったダンボールの山が、そこにいくつも積み上げられていた。
「へ……な、なにこれ!?」
「何これって……文芸部の黒木昴さま宛てですよ。さっき用務員のおじさんが何度も行き来して、台車で運んできてくれたんですから」
「文芸部の僕宛て? あ……もしかして!」
如月さんの言葉を耳にして、僕は一つの可能性に思い至る。
そして慌てて段ボール箱に貼られた差出人を確認すると、そこにはやはり今回の企画に関して連絡を取った一人の人物の名が記されていた。
「そっか、石山さんが言っていたのはこれか」
そう、ダンボールに張られた伝票の差出人欄。
そこにはっきりと『石山修』という名前が丁寧な字で記されていた。
「あの……石山さんってどなたですか?」
「シースターの僕の担当編集さんだよ。一昨日、文芸部で今回のシェアードを進めてるって話をした際に、資料を送るからって学校名を聞かれていたんだけど……しかしまさかこんなにたくさん送ってくれるとはね」
僕は驚きと戸惑いを同時に覚えながら、僕は積み上げられたダンボールを眺める。
すると、如月さんは目を大きく開いて驚きの声を上げた。
「え、じゃあもしかして……これ全部資料なんですか!?」
「う、うん。たぶん……」
僕はそう答えるなり、そのまま最も手前にあるダンボールの一つを開封する。
そして中身を覗き込もうとした瞬間、隣から顔を出した由那がその中身を口にしていった。
「中世欧州生活録、欧州傭兵の文化論、中世の都市国家と宗教、海洋と香辛料……凄いわね、これ」
「本当ですね。図書館で見たことない本もいっぱいですよ。うわ、これなんかあったら絶対に借りてたのに」
箱から次々と由那が取り出していった本をその目にして、如月さんも興奮を抑えきれずその取り出し作業に参加する。
そうして石山さんから届けられた八箱のダンボールの中身は、次々と文芸部室の机の上に積み上げられ、最後に同封してあった一通の封書を由那が僕へと手渡してくれた。
「昴宛てみたいよ。まあ当然だけど」
「うん」
手にした封書を開けて、その中に入れられていた手紙へと目を通す。
そこには同梱してあった書籍の名前と最後にただ一言、『一緒に新たなムーブメントを作ろう』と記されてあった。
「なんというか、これだけしてもらうと、もう後には引けないよね」
手紙をきれいに折りたたみ再び封書の中へとしまうと、僕は感謝の念を覚えながらそう呟く。
途端、隣で手紙を覗き込んでい由那は意味ありげに笑いかけてきた。
「でも、もとから後になって引くつもりはないでしょ?」
「まあね。昔から、バックパスは性に合わないしさ」
サッカー部時代の僕のプレイスタイルは、多少リスクがあろうともボールを少しでも前へと進め続けるやり方だった。
そしてそれは、小説を書くようになった今も変わらない。
リスクを恐れ、現状維持を前提としたやりかたは僕のスタイルにはなかった。
「それでこそ昴ね。さて、やることも決まったし、どこから手を付けましょうか」
「そうですね……あれ? 先輩、一つ思ったんですが、これってわざとでしょうか?」
如月さんは軽く首を傾げながら、机の上に置かれた本の中から幾つかをセレクトして手に取る。
彼女が手にしていたものは、中世の生活に関わる本ばかりであった。
「全部、同じジャンルのものだね」
「でも対象年齢とか、記述のレベルはバラバラみたい。あ、そうか。わざとバラバラにしているんだ」
その由那の言葉で、僕もようやく石山さんの意図を理解する。
漫画混じりの絵やイラストが多いものから、引用文献がずらりと列挙されているものまでを取り揃える意味。
それは最初に取っ付きやすいものから初め、少しずつ専門的な内容にまで触れられるようにという配慮に他ならなかった。
つまりキャラクターや街のイメージイラストまでつくることを見通して、これらを用意してくれたのだということが明確に伝わってくる。
そしてそのことを僕より先に気づいた由那は、小・中学生向けのイラスト中心の一冊を取り出すと、その中身をパラパラとめくり始めていた。
「確かに読みやすいところから始めると、イメージがつかみやすい気がするわ。その辺りも、今回の企画に通じるものがある気がする」
「なるほど! ベコノベに馴染みやすくすることが今回の目的ですし、この資料本の揃え方そのものも、たぶんこうしてはどうかっていう編集さんのメッセージだと思います」
由那の考えに共感する形で、如月さんもなるほどとばかりに頷く。
そんな彼女の見解、それに僕もすぐに賛同した。
「僕は本当にいい編集さんについてもらっているよ」
「……さすがプロってところね。優弥なら絶対そこまで気がまわらないだろうけど」
「それはちょっと酷じゃないかな」
由那の容赦ないコメントを耳にして、僕は苦笑交じりに彼女を窘める。
すると、由那は軽く肩をすくめるとともに、僅かに引っ掛かった点を敢えて口にした。
「まあね。ともかく、貴方の編集さんが粋なことはわかったけど、でも私ならそのあたりの意図も手紙に書いておいて欲しいかな」
「もしかしたら試されているのかもね」
「単純に忙しいだけじゃない? 編集者ってすごく忙しいみたいだし。まあその辺りはいいとして、これからどうするつもり?」
僅かに苦笑を浮かべながら、由那は僕に向かってそう問いかけてくる。
「そうだね、時間もあまりないし早速準備に取り掛かるとしようか」
「じゃあ、私はキャラとか街のイメージイラストのラフに取り掛かるから、昴は世界周りの設定と、小説のプロットを作り始めて」
これからどうするか聞いたはずの由那が、いつの間にか仕切りだして僕を動かす。
すると、如月さんが僕らの顔を順番に見て不安そうに問いかけてきた。
「えっと、あの……私は何をすればいいですか?」
「愛ちゃんには全体を見てもらうのが良いと思うの」
「全体……ですか」
由那の回答に対し、如月さんは僅かに戸惑った様子を見せる。
そんな彼女に向かい、由那は右の人差し指を立てながらその理由を説明し始めた。
「そう。昴から聞いた話だけど、石山っていう編集さんは今回のシェアードワールドをこれまでベコノベ接点がなかった人達にも広げたいみたい。まあこの本のセレクトとかをみても明らかだけどね」
同じジャンルの本でも色んな客層を想定した資料の数々。それを眺めやりながら由那はそう告げる。
そんな彼女のの提案になるほどと思った僕は、少し補足しようと口を開いた。
「そうだね。その意味では、第三者に近い視点を持つ人が、絶対に一人は欲しい気がする。だからそれを如月さんにお願いできたらありがたいかな」
「ええ。なので、私たちが進めていく中で気づいたことがあればどんどん言ってもらえるかしら?」
僕と由那による頼み。
それを真正面から向けられた如月さんは一瞬迷いを見せる。でもすぐに、彼女は大きく首を縦に振った。
「分かりました。と言っても、私もベコノベ作品は読んでいますので、完全に第三者の視点というわけにはいかないかもしれませんが……でもでも、頑張ってチェックさせていただきます!」
「ありがとう、愛ちゃん。となると、残った広報関係の仕事はあいつにさせるか。もっとも、試験が終わってからになるでしょうけど」
彼女のその言葉が誰を差しているのか、それは明らかだった。
だから僕は苦笑を浮かべながら、確認の問いを行う。
「試験が終わったら、すぐ働かせるつもり?」
「もちろん。自称ではあるけど、あれでも一応は私たちの編集長なんでしょう。だとしたら、偉い人が一番働くのは当然のことよ」
「はは、確かにそうだね。となると、その手の仕事は優弥に残しておくのが正解かな」
本人がいれば、絶対にあれやこれやと文句を言い出しそうな由那の発言。
それを耳にして、僕は思わず笑い声をこぼす。
すると、僕らのそばに立っていた如月さんが、真剣な表情で僕に向かい疑問を口にした。
「あの先輩、一つ確認したいんですけど、これを始めるのって二月が目標なんですよね」
「一応、今のところはだけどね」
「だとしたら、これが先輩たちとの最後の活動になってしまうかもしれませんね」
如月さんのその言葉は、僅かに弱々しいものだった。
もちろん、僕もその事実には気づいてはいた。
おそらく由那も、そしてこの場にいない優弥もそうだろう。
だけど僕たちは、これまで敢えてその事実を口にしなかった。
三年生である僕たちはもうすぐ卒業してこの学校を離れ、そして目の前の如月さんは在校生として残るという、決して避けようのない事実を。
だからこそ、僕はここに至りごまかすことなく首を縦に振る。
「うん、そうだね」
その言葉を口にした瞬間、如月さんの顔がはっきりと曇った。
でも、そんな彼女の顔は一瞬で驚きに変わった。
それは隣に立っていた由那が、いきなり彼女を抱きしめたからだ。
「大丈夫、安心しなさい。私はローズオデッセイを手放すつもりはないから」
「……ローズオデッセイをと言うか、コスプレ仲間をだよね」
未だ突然のことに戸惑う如月さんに対し、そんな彼女を抱きしめながら慈愛に満ちた表情を浮かべる由那。
そんな微笑ましい光景を目の当たりにしながら、僕は敢えて由那の冗談めかした言葉で茶化してみせる。
すると由那は嬉しそうな表情のまま、軽い笑い声を上げた。
「ふふ、どうかしら。ともかく私たちはOBになるわけだし、別に今後一緒に活動しても駄目なわけじゃないでしょ」
その由那の言葉に、サッカー部時代のOBの先輩たちの顔が次々とよぎる。
面倒見のいい人から、おせっかい焼きの人まで。
色んな方たちがOBとして部活に顔を出してくれたけど、確かに僕達もそうしていけないわけはない。
「文芸部の活動にOB参加……か。確かにそれはいいかもね。たぶん僕も優弥も由那も大学はバラバラになるだろうし、如月さんはここにいる。だから来年からも機会毎に集まれたらいいよね」
「……先輩、ありがとうございます」
由那の胸に顔を埋めたまま、如月さんは涙声でそう口にする。
そんな彼女の頭を由那はゆっくりと撫でながら、柔らかい口調で彼女に声をかけた。
「気にしないで。短い間だったけど、私たちにこんな素敵な場所に誘ってくれたのは愛ちゃんよ。だから、もう来ないでって言っても無駄だからね」
「確かに、こんな居心地のいい場所を一人で独占するのは良くないよね」
「まあ来年には新しい後輩が入ってくるかもしれないけど、席は残しててね。あ、夏目の分は別にいいから」
言葉を失い自らの胸にすがりつく後輩にして文芸部の部長。
そんな彼女に向かい、僕たちは軽く冗談めかしながらそう告げていく。
そして如月さんが目元の雫を拭い、僕達に向かって微笑んでくれたところで、僕は二人に向い一つの決意を告げた。
「さて、今回のシェアードワールドは、僕たちが四人で作る最初の作品になるよね。だから、ずっと形として残っていくようないいものに仕上げよう!」
「はい……はい、先輩!」
僕の発言に続く形で、如月さんは明るい声を発する。
そう、今回のシェアードワールドはベコノベのためとなるものであり、そして僕自身の次の小説のためとなるものであり、そして僕たち四人にとっての記念となるものでもある。
だからこそ、絶対に中途半端なものにはしない、したくもない。
これを絶対にみんなで誇れるものに仕上げてみせる。
僕はここに強くそう決意した。




