第十四話 ベコノベの中に留まるものとするな!? 企画書を作る上で石山さんから追加で求められたもの。それはベコノベの外にまで波及するような、力強いムーブメントを起こしうるものであった件について
津瀬先生からの後押しを受けた夜、僕は一人自室のパソコンと向き合っていた。
右手側にはこれまでの僕が作品作りに使ってきた設定資料の束。
今回の世界設定を作り上げていく上で絶対に見失ってはいけないもの、それは自分の中で揺らぐことのない世界だと思っていた。
自分の中でさえ揺らぐもの土台なんて、他の人が安心して踏みしめることができるわけがない。
だからこそ、僕はここから始める。
自分の中で完成しきった世界を一度解体して、そして普遍化できる形で再構築するところから。
それが今回のシェアードワールドの足場。
その上で世界を広げて、一つずつ必要な設定を組み込んでいく。
僕はそんなところから今回の企画に取り組み始めていた。
正直に言う。
すごく……そう、すごく楽しかった。
今から僕が作り上げていく世界で、沢山の人が小説を書き、そしてたくさんの人物たちを動かし生活させていく。
そんな未来を想像するだけで、胸が一杯になりそうだった。
ただし不安も存在する。それは……
「組み立てていく世界を、みんなが受け入れてくれるかどうかだよね」
僕は一度キーボードから手を話すと、虚空に向かいそう呟く。
たった今、少しずつ踏み固めつつある足場。
それに関しては、一分たりとも不安はなかった。
なぜならば、僕がこれまで作ってきたベコノベ内での世界そのものであるからだ。
しかしながら、その上に構築していくものは些か異なる。
それは自分の中に存在しない物、ベコノベに置けるぼんやりとした共通認識、そしてお約束。
そのようなものをきちんと束ね、そして揺るがぬ建築物に仕上げていかなければならない。
その上で、現実とベコノベとの橋渡しができるような、奥行きのあるものを作り上げる必要があった。
となれば、やはり必要なものはきちんとした知識と経験。そして津瀬先生が好む統計学的に正しいデータであった。
今の段階ではその資料も足りなければ、僕の解釈の仕方にも不安が残った。
その不安を取り除くため、僕の左手側には無数の資料が積み上げられていた。
ベコノベから出版された異世界ものの小説の山、そして津瀬先生より譲っていただいたベコノベにおけるテンプレートパターンの統計データ。
やらなければいけないことは多く、そして時間はあまりに短い。
でも、再び走り出した以上、立ち止まるつもりはない。
やるからには中途半端なことはしない。いつも全力で結果を求める。
あの日、父と交わした決意。
それを胸に、僕はキーボードを叩き続けていた。
そしてコアとなる貨幣や政治制度などの大まかな設定の初期案を打ち込み終えたその時、突然僕のスマホの着信音を鳴り出す。
液晶画面に浮かび上がったのは『シースター石山』の表記だった。
「お疲れ様です。黒木ですが」
「ああ、夜分にごめんね。石山だけど今大丈夫かな?」
僕みたいな高校生に対しても、少し心配そうにそう確認してくる口ぶり。それが如何にも、あの若い編集者さんらしかった。
「はい、もちろんです」
「じゃあ、黒木君は高校生だし、もう夜遅いのに手短に。というわけで、単刀直入に言うよ。メールにあったオープンシェアードワールドの件、僕は素晴らしいと思う」
その石山さんの言葉。
僕はそれを耳にして思わず背筋がゾクリと泡立つ感覚を覚えた。
「本当……ですか」
「はは、嘘は言わないよ。ベコノベのお約束や共通認識を形にしようということだよね。面白い発想だと思う。そしてその世界観を利用して、小説を二作書くことまで含めてね」
いま耳にした言葉。
その意味を僕はすぐに脳内で何度も反芻する。
だから期待を込め、僕はその先を石山さんに求めた。
「で、では……」
「ああ。このまま進めて欲しい。それと頼まれていた企画書のモデルケースを後で送るよ」
「ありがとうございます!」
深夜の電話にもかかわらず、ついつい大きな声になってしまった。
電話先で石山さんが苦笑を浮かべているのが脳裏に浮かぶ。
でも、それでも、僕は電話を通してこの思いを伝えたかった。
すると少し間をおいた後に、石山さんが僕に向かって穏やかな声で話しかけてきた。
「どちらかと言うとお礼を言いたいのは僕かな。君の提案のメールを読むことで、僕もだいぶベコノベの理解が深まった気がする。あと何より、これは新しい流れを生み出すことができると思うんだ」
「流れ?」
言葉の意味がわからなかった僕はすぐさま聞き返す。
「えっと、ブームというと少し安っぽくなるからムーブメントと言うべきかな。何れにせよ、ベコノベを起点として一つの潮流を作れるかもしれないと思うんだ。これまでベコノベ内で曖昧でファジーな共通認識が存在したことにも意味があったと思うけど、それにきちんとした形を与えることでより多くの人が扱いやすく理解しやすいものになると思う」
「ええ、それはまさに僕の狙っているところです」
初めてベコノベに訪れた人でも、そして初めて作品作りに取り組む人でも、誰もがわかりやすい世界観と設定。
やや先鋭化しハイコンテクスト化されつつあるベコノベにおいて、それを整理しとっつきやすくそれでいて奥深い世界観を提供することは、まさに僕の狙いであった。
「最近はベコノベから書籍化された作品をベコノベ系なんていい方もするけど、その言葉の実態はかなり曖昧なものだよね。でも今回のオープンシェアードで、ベコノベ系などと括られるものの実態を、より多くの人がイメージできるようになるんじゃないかと思う」
「ベコノベ系のイメージ……ですか」
そこまで大きな括りとなると、僕も些か不安となる。
だがそんな僕に向かい、石山さんは一切否定することはなかった。
「うん。その上で、一つ要望があるんだ」
「要望……」
話の流れから、僕は一瞬言葉をつまらせる。
一方、そんな僕に向かい、石山さんはすぐに補足を告げてきた。
「ああ、そんなに身構えなくていいよ。ケチを付けるつもりはないから。あくまで僕からの要望というだけでさ」
「えっと、具体的に教えて頂けますか?」
そう問いかけると、僕はゆっくりとつばを飲み込む。
どんなことを求められるのか。
そしてそれは僕の手に終えることなのか、そして成し得るものなのか。
思わず掌に汗が滲み出し、喉が渇く感覚を覚える。
すると、そんな僕の心境を知ってか知らずか、石山さんは予め用意していたかのように、なめらかな口調で彼が求めるところを口にした。
「僕から君に徹底してお願いしたいことは一つ。君が作り上げようとするシェアードワールドを、必ずベコノベの外の人が見てもわかりやすいものにして欲しいってことさ」
「ベコノベの外の人が見ても……ですか。つまり、より多くの人って言われていたのは、そこに繋がるわけですね」
石山さんが考えるより多くの人。
それは間違いなく、ベコノベに普段触れていない人たちのことであった。
だからこそ、そんな人達がイメージできるものとなるとその意味するところは一つ。石山さんの視線の先には、ベコノベという大きな池ではなく、その向こうに広がる大海が存在しているのだと、僕はそう理解した。
「その通り。ベコノベの中で留まらず、一般の人達まで巻き込むことができるだけのムーブメント。どうせならそれを目指したいと思う。さしあたって、その為に僕ができることは全てさせてもらう。例えば……」
そこまで口にしたところで石山さんは一度言葉を止める。そして僕はまったく予期していなかった提案を、驚きとともに耳にすることとなった。




