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ネット小説家になろうクロニクル  作者: 津田彷徨
第三章 奔流篇

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第十一話 ベコノベのテンプレを明文化する!? ベコノベ特有のハイコンテクストを明文化し、お約束とテンプレを盛り込んだオープンシェアードワールド作りを優弥が提案してきた件について

 石山さんと打ち合わせをした翌日。

 一月にしてはほんの少しだけ温かい日だったため、昼休みの僕は一人で考え事ができる中庭のベンチへと向かっていた。


 校舎から一歩中庭へと足を踏み出した瞬間、思わず一瞬体がブルリと震える。

 しかし今の教室に居づらかった僕は、わざわざ持ってきたコートを羽織ると誰も使用していない自販機前のベンチへと腰掛けた。


「おいおい、こんな寒いとこに来る必要なくないか?」

「教室の中は受験前の緊張感で居づらいからね。で、何の用かな受験生?」

 背後から突然掛けられたその声に、僕は苦笑を浮かべながら返答する。

 そしてゆっくりと振り返った僕の視線の先、そこにはマフラーに手袋までした一受験生の姿があった。


「お前がさっさと教室を出ていくから、ここまでついてきてやったんだろうが。まったく」

「寒いって言いながらそんな格好までするくらいなら、優弥もみんなと一緒に受験勉強をしてたら良いのに」

「息抜きだよ息抜き。昼くらいは休憩しないと、解ける問題も解けなくなるだろ」

 唇を尖らせる素振りを見せながら、優弥は僕に向かってそう告げる。

 そんな彼に向かい僕は、軽く肩をすくめてみせた。


「そんなものかな。まあ、受験のない僕には関係ないけど」

「くそ、勝ち組が」

 わざとらしく唾を吐くような素振りを見せながら、優弥は隣へと腰掛けてくる。

 僕は苦笑を浮かべながら、やや自嘲気味に呟いた。


「勝ち組ねぇ……そうでもないさ、実際最近負けたとこだしね」

「確かにそうも言えるか。でも、石山さんみたいに期待してくれてる人もいるんだ。まだ作家人生が負けたってわけじゃないだろ」

「そうだね。うん、それは優弥の言うとおりかな」

 真摯に向き合ってくれる石山さんのことを脳裏に浮かべながら、僕は一つ頷く。

 途端、優弥はやや遠い目をすると、虚空に向かい息を吐き出した。


「なんというかさ、昨日はついていってよかったよ。お前だけでなく俺も自分の目標が確認できたしな」

「編集者……ね」

 優弥の目指すべき場所は大学ではない。あくまで大学の先に存在する出版社の編集という仕事なのだ。


 だからこそ、昨日石山さんに紹介したときから、明らかに彼の様子がおかしかった。

 そう、まるで憧れのプロサッカー選手にあったファンのように。


「そうそう、昨日は勝手なことを言い出してごめんな。目標となる人物が目の前にいると思うと、ちょっと舞い上がっていた気がする。そのせいでお前に無理を押し付けた気もするからな」

「いや、それは大丈夫だよ。第一、強引なパスを送ってこられるのはサッカー部時代から変わらないしね」

 僕は苦笑を浮かべながら、優弥に向かってあの頃の出来事を口にする。


 だけど、僕は内心で、深く感謝を覚えていた。

 なぜならば、彼があの場に同席してくれていて、更にああ言い出してくれなければ、ベコノベと書き下ろしという二つのチャンスを得ることなんて到底不可能だったからだ。


 一方、そんな僕の内心など知らない優弥は、やや不満そうに反論を言ってくる。


「そう言うなよ。あの頃は受け手に厳しいパスだけど、狙いは悪くないって言ってくれてただろ」

「まあね。ただディフェンスラインから送り込まれるボールにしては、ちょっとギャンブル過ぎた気もするけどさ」

 フォワードまで届くようなロングボールならばともかく、中盤の底を担っている僕に向かい、ギリギリのパスを送ってくるのはリスクに見合っていないことも多々あった。

でも彼がそれだけ信頼してくれているということを、ボールを追いかけていたあの頃も、そして文字と戦っている今も僕はずっと感じ続けている。


「何れにせよだ、賽は振られたわけだ。あとはやるしか無いだろ?」

「まあね。とりあえず、二兎追う者は一兎も得ずなんてならないようにしたいと思うよ」

 切り替えの早い優弥の発言に対し、僕は感心さえ覚えながらそう告げる。

 すると、優弥は一つ頷きながら、今回の計画の最大の問題点を口にした。


「ああ。問題はどうやって二つの作品の接点を作るかなんだよな」

「接点か……例えば両作品の主人公を隣り合わせの国同士にするとか、同じ国の別の時代に設定するとかかな」

 同じ作者の作品として、ベコノベでもよく見かける設定をたたき台として僕は提示してみる。

 優弥はなるほどと一つ頷くと、そのまま右手を顎にあてた。


「確かにわかりやすいリンクだな。ただそれを採用するにしても、まずは矛盾が出ないように結構細かく世界観を決めていかないといけないか。例えば二カ国の関係とか、他の登場キャラクターの設定や歴史とかをだ」

「そうだね。その意味ではやっぱり現実にある国をモチーフにするのもひとつだよね」

「悪くない気がするぜ。しかしそうなると、やっぱ世界史をとっておけばよかったな」

 優弥がそう口にした瞬間、僕の脳裏にはあの人の顔が浮かび上がった。

 そう、『知っているものは選ぶことができる』といういつも口にされる言葉とともに。

 だけど……


「今更言っても仕方ないよ、優弥」

「だけどさあ、世界史選択なら色々引用できそうなエピソードがあっただろうしさ。くそう、なんで地理と日本史を取っちまったのか」

「まあ当時は小説を書くなんてお互い思ってなかったしね。でも、とりあえず手持ちの武器をうまく使って行こうよ。例えば地理あっての世界史って考え方もあるだろうしさ」

「地理あっての世界史か」

 優弥はやや感心した様な素振りを見せながら、僕の言葉を繰り返す。

 それに対し僕は、誰の言葉の引用なのか彼に披露した。


「これは津瀬先生の受け売りなんだけどね。土地条件によってその国の発展しやすさや、他国との外交関係は決まる。となれば、地理と日本史、そして世界史はそのいずれもが密接に関連づいていると言えるんじゃないかな」

「当たり前と言えば当たり前だけど、確かにその通りではあるな」

「うん。だから文系選択で二科目取る以上は、それらを関連付けながら覚えたほうが良いって言われててさ」

「なるほどな……ん、待てよ……地理から歴史が規定される……つまり土地と空間が流れを作るとも言える……か。となると……」

「どうしたの?」

 突然ブツブツ独り言をつぶやきだした優弥に向かい、僕は不審の目を向ける。

 すると優弥は、話の流れを無視するかのように、無関係そうなことを言い出した。


「なあ、ベコノベの流行りって、やっぱりベコノベだからだよな」

「えっと、ベコノベの流行りなんだから、そりゃあベコノベじゃなければ流行りも何もないと思うけど」

「いやそういう意味じゃなくてだ、ベコノベの小説ってこれまでベコノベで蓄積されてきた前提条件があって、初めて成り立ってるものが多いって確認だ」

「それはそうだと思うよ。いわゆる、テンプレとかお約束部分の話だよね」

「ああ、その辺はもちろんだ。けど、それ以外に関してもあるよな。例えば中世ヨーロッパって言っただけで、ファンタジーゲームで出てきそうな街並みがイメージされるのも、ある意味その一つだろ」

「確かにそれもそうだね。いわゆるハイコンテクストというやつかな」


 ハイコンテクスト。

 いわゆる背景や文脈が共通され、作者と読者の間で共通認識が成り立っていることにより、説明などを省略できることを意味している。


 特にベコノベの場合は、ベコノベ的な世界観が読者と作者の間、それどころか様々な作品間である程度共通している部分があり、まさにハイコンテクストの極地とも言うべき土壌が生み出されていた。


「ああ。何れにせよ、ベコノベの場合、そのあたりの細かい描写や決まり事が共通化されているから、作品作りをする上で言えば非常にイメージが湧きやすい。だから誰もが小説を書きやすいんだと思う」

「それは確かにあるかも」

 自分がベコノベで書き出したときのことを思い出し、僕はその優弥の見解に大きく頷く。

 そんな僕の反応に多少安心したのか、優弥は更に自らの考えを続けた。


「だがいくら共通認識があるとしても、それはある程度ファジーなものだ。もちろんそうじゃないと、完全に同じ設定の二次創作をみんなで作っていることに成るからな。当たり前といえば当たり前だけどさ」

「うん、それはそうだね」

「で、ここからが本題だ。そのファジーな部分を取り除いて、適した共通認識を明文化すれば……より正確に言えば、ベコノベ作品の土台として適切な確固たる設定や世界観場を作れば、自然と作品はその上で転がっていくと思わねえか」

 やや自信に満ちた表情でそう言い切った優弥の表情。

 それを目にして、僕がなぜ彼がこの発想に行き着いたのかに気づく。


「えっと……さっきの勉強の話でいうと、地理を規定することで、世界史が決まる。つまりそれをベコノベでやるというわけだね」

「そういうことだ。それに付け加えるなら、これってお前だけのことだけで済まさないほうが面白い気がする」

「……どういうこと?」

 優弥が急に言いだしたその意味するところがわからず、僕はすぐさま彼へと尋ねる。

 すると彼は、逆に僕に向かって質問を返してきた。


「昴、ベコノベらしさってなんだ?」

「ベコノベらしさ……えっと、例えば異世界転生とか?」

「ああ、それも一つだな。あとはゲームを模したスキルがあったり、ステータスやレベルがあったりする世界が多いとか、何らかのチートが使える土壌があるとかか」

「ある意味、二番煎じ三番煎じなどと言われるところだよね」

 ベコノベの外からは金太郎飴などと揶揄されたり、時にはベコノベ住人が自嘲気味に語る点。それこそがある意味、ベコノベらしさだと僕も感じていた。


「そうだ。だけどそれこそがベコノベの強みでもある。この手の作品を読みたければ、ベコノベに来れば次から次へと読めるわけだし、そんな読者の中には、自分もこのような舞台やアイデアを土台にして小説を書き始めようとするやつも出てくる」

「実際に僕も、最初はアリオンズライフにハマって、その後にランキング上位をひたすら読み続け、そして作品を書こうと思ったわけだからね」

 サッカーができなくなって目の前が真っ白になっていたあの時、目の前の優弥が僕にアリオンズライフの書籍版を手渡してくれて、そこからベコノベに出会うことができた。

 そして瞬く間にその世界に魅了され、自分も小説を書こうと思ったのだ。


「ああ。そして小説を書く上で言えば、ベコノベ的なお約束は取っ掛かりとしては非常に便利だ。それこそが小説を書き始める場として、ベコノベが他のサイトより優れてる部分の一つだろう。だが、それでもハードルが低いってわけじゃない」

「共通認識があるとは言え、そこがファジーだからやはりある程度の補足や作品のツメが必要ってことだね」

「そのとおりだ。だからこの際、そのお約束や共通認識ってものを明文化して公開してみないか」

「明文化して公開って、テンプレのパターンを文章にするってこと?」

 突然の優弥の提案に、僕は戸惑いながらそう尋ねる。

 だがそんな僕に向かい、優弥は首を左右に振った。


「文章にすると言えばそうだが、本質は違う。誰もが持つ共通認識をまとめた世界を一つ作ればいい。いわゆるシェアードワールドだ」

「シェアードワールド?」

 優弥が口にした聞きなれぬ言葉を、僕はそのまま反復する。

 すると彼は、そのとおりだとばかりに大きく首を縦に振った。


「ああ、物語の部隊や設定を複数の書き手で共有する世界。もともとベコノベはテンプレといわれる共通認識があっていわゆるシェアードワールドに近い。だったらいっそ、それを明確に示したものを作ってみようぜ。つまり誰でも使えるオープンシェアードワールドをな」


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