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ネット小説家になろうクロニクル  作者: 津田彷徨
第三章 奔流篇

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第十話 選んだ選択は二作同時執筆!? 集団相互評価を行っている連中に勝利し、その上で新たな流行を作り出すため、ベコノベと書き下ろしの二作品を同時に書き始めるとを決意した件について

「書き下ろし……ですか。つまりベコノベを経ずにってことですよね」

 石山さんの言葉をゆっくりと咀嚼しながら、僕は確認するようにそう問いかける。

 すると、目の前の青年はすぐさま首を縦に振った。


「うん。君の『転生英雄放浪記』もそうだったけど、今はネット小説の書籍化が増えてきている。でも、基本的には書き下ろしの方が今も多いし、メリットも有る。何しろ、ネットでの連載を前提にした書き方をしなくていいからね。この意味はわかるかい?」

 その石山さんの意図するところ。

 それはまさに、先程の僕の反省材料そのものでもあった。


「最初から縦書きを意識して書くことができる……そういうことですか」

「もちろんそれもあるよね。もっとも、それはさっきの君たちの話を聞いた上での理由だけど」

 石山さんはそう口にすると苦笑を浮かべる。そしてそのまま、僕達に向かい言葉を続けた。


「それ以外にもメリットは有る。最初から書籍にするつもりで作品に取り組んだ方が、一冊の作品としてはまとまりのあるものに成ると言うのもそうだね。これは前回の君の作品を、僕なりに解釈した結果だけど」

「……なるほど。ネットで常にアクセス数を意識しながら書かなくていいですから、一冊トータルで伏線や構成を行えるというわけですね」

 優弥は納得したかのように、顎に手を当てながらそう口にする。

 石山さんはそんな優弥の反応に、その通りとばかりにニコリと微笑んでみせた。


「そう。あとはネット小説特有の問題がある。これは以前に黒木くんが僕に教えてくれたことだけど、ベコノベでは作品に谷があると読者が離れやすいんだよね。その為の投稿戦略もあるみたいだけど、ポイントのことを意識するなら、基本的には読者が離れる構成は行いにくい。これは大きな制限といえるよね」

「つまり最初から書き下ろしをするならば、途中で読者が離れることを意識しなくていいと、そういうわけですか」

 以前、初めての打ち合わせの際にベコノベにおける投稿戦略を説明したことがある。

 その一つとしてあげたものが、物語がストレス展開とも言うべき谷に差し掛かると読者が離れてしまうため、谷展開の時のみ更新間隔を短くしたり、一話の中でストレスを回収するよう物語を構成したりする方法であった。


 しかしながら予め一冊の書籍として構成を考えるならば、途中での読者離れを計算して構成に制限が加わることはない。その観点から言えば、書籍書き下ろしの方が、構成において遥かに自由度が高いと言えた。


「もちろん無駄な谷を作る必要はないし、今後シリーズ化を考えるなら、途中で本を閉じないようにする工夫は必要さ。でも、お金を出して書籍を買ってくれた人の方が、最後まで作品を読んでトータルで判断してくれると思うよ」

「ベコノベならどうせタダですからね。気に入らなければそこで読むのをやめても、ほとんど損したという感覚はないですから」

 優弥も石山さんの見解に納得したのか、うなずきながらそう口にする。


「まあいわゆるサンクコストが少ないというわけだね」

「サンクコスト?」

 聞きなれない単語だったため、僕は石山さんに問い返す。

 すると彼は、指を一本突き立てて説明をしてくれた。


「サンクコストとは埋没費用って意味でさ、これまで物事に費やした投資の中で、その行為を中断して戻って来ない費用のことなんだ。本でいうならば、その購入資金などを指すわけだね」

「なるほど。本ならば買った時点でコストが発生している。でもベコノベなら全部タダだから、埋没費用が殆どないというわけですか」

「敢えて言うなら読書時間くらいだね」

 石山さんの説明を受けた僕は、ようやくその言葉の意味を理解し、優弥に続く形でそう述べる。

 そして優弥は顎に手をあてながら、改めて自らの見解を口にした。


「そう考えると、やはり書籍とネットは別物と考えるべきでしょうね。もちろんベコノベでヒットした作品が、書籍でも成功した例は多いですが」

「もともとネット小説の書籍化が流行るだけの素地は色々とあったんだ。例えばこれまでライトノベルは文庫サイズが主流だったけど、大判で出すことで棚を長期間確保できたこと。立ち読みができないようシュリンクを掛けられることが増えた中で、ネットで試し読みができるということ。そして何よりベコノベ版の読者にとって、自分が作品を送り出したという感覚があること」

「……棚とシュリンクの話はわかります。でも、作品を送り出したと言うのはどういうことですか?」

 石山さんの分析に対し、僕は眉間にしわを寄せながらそう尋ねる。

 すると、石山さんは胸の前で軽く腕を組み、そのまま回答を口にした。


「基本的にベコノベからの書籍化は、読者が評価ポイントやお気に入りに入れることで、ランキングを駆け上がるところから始まる。つまり作品を世に送り出したのは自分だという感覚を、ベコノベの読者も共有できるというわけさ」

「後は感想欄のこともあるかもしれませんね。あそこの感想を見て作品を修正したり、改善したりするケースもあります。つまり直接作品に関与している実感を覚えられるかもしれません」

 優弥は石山さんの考えに続く形で、自らの意見を付け加える。

 それを受け、石山さんもなるほどとばかりに大きく頷いた。


「それもあるかもしれないね。感想欄と言えば、黒木くんは一人一人に返信をしているよね。あれも大きいと思うよ。つまり自分に言葉を返してくれる身近な人を応援したいという気になるかもしれないからね」

 その石山さんの言葉、それ自体は嬉しかった。

 だけど同時に、その言葉はチクりと胸の痛みを覚えるものでもあった。


「ですが、僕の作品は正直そこまで伸びなかった」

「そう、つまりこれまでのネット小説における成功の方式が陰り始めている。もちろんその最大の要因は書籍数が増え続けていることだね」

「確かにベコノベの書籍化なんて、昔は月に一冊あるかないかだったからな。ベコノベ発となると、当時はちょっと誇らしい気持ちでレジに持っていったのを覚えてる。でも正直、今はな……」

 優弥が苦い表情でそう呟くのもよくわかる。

 書店でのネット小説コーナーにおいては、今や所狭しとベコノベ発の作品が並んでいるのが現状なのだ。正直言って、とても全てを追うことができるとは思えなかった。


「実際のところ、ベコノベからの書籍化数は、最初期と比べて百倍近くになっている。それにともなって読者数も百倍になっているのなら別だが、実数は二倍から三倍くらいか。となれば、これまでの方程式は成り立たなくなるよな」

「つまり優弥、既にベコノベの優位性は薄れつつあると言うわけだね」

「まあな。と言っても、もちろんゼロじゃないだろうし、ベコノベ住人である俺自身、否定する気は無い。でもこのままだとジリ貧になる可能性はあると思うぜ」

 容赦のない優弥の見解に対し、僕は思わず反論を口にしたくなった。


 でも、僕は自らの口を開くことができなかった。

 なぜならば、優弥がたった今口にしたことを、まさに悪い意味で示してみせたのが僕自身、そして僕の『転生英雄放浪記』なのだから。


 そんな僕の気まずげな空気が伝わったのか、一瞬場の空気は重苦しいものとなる。

 だがこの沈黙を破ったのは、石山さんの一つの提案だった。


「何れにせよ、僕としては最初から書籍とすることを前提に、君に一冊の書き下ろしをコーディネートしてもらいたいと思う」

「……本当に僕がですか?」

 既に前を向くと僕は決めていた。

 だからこそ、僕はやる気を示しつつも、確認するように自分を指差す。

 すると石山さんは、すぐに大きく頷いてくれた。


「ああ、君にさ。もともと次が期待できないのなら、うちは最初から声なんて掛けない。それがシースター社の方針だし、編集のプロとしての自負でもある」

 その言葉には一切の迷いや逡巡はなかった。

 だからこそ、たちまち僕の胸は感謝の気持ちでいっぱいとなる。

 でも……


「ありがとうございます。そしてお話はわかりました。本当に……本当にありがたいと思っています。でも……」

「でも?」

「でも僕は、次の作品はベコノベで書きたいと思っているんです」

 僕の考え。

 それは既に定まっていた。

 そう、あの人たちのやり方を知ったその日から。


「……どうしてかな? 何か理由でもあるのかい?」

 ベコノベにこだわりを見せたことに驚いたのか、石山さんは僅かに戸惑いを見せる。

 僕はそんな彼に向かい、はっきりと自分の中にある理由を口にした。


「ベコノベのランキングに関して、色々と問題が起こしている人達がいます。僕はそんな彼らに対し、正面から挑みたいんです」

 集団でランキング操作をしている蘇芳先生たちのグループ。

 そしてその影響で、ランキングがそしてサイトとしての信頼が失われている現状。

 それを僕は見過ごすことができなかった。


 なぜならばあそこが、そうベコノベが僕の新たな原点となった場所なのだから。

 でもそんな僕の考えに対し、石山さんはやや否定的なニュアンスの問いかけを向けてきた。


「それは義憤からかな? だとしたらあまりいい考えだとは思わないな。いや、もちろんアマチュアならいいと思うよ。でも、それは君の進むべき道かな?」

「進むべき道……ですか」

「そう、進むべき道。目標と言い換えてもいいかな。それは良い物語を書くことかい? それとも問題児たちに勝つことかい? はたまたプロとして読者に素晴らしい作品を届けることかい?」

「それは……」

 その石山さんの問いかけに対し、僕は答えに窮した。

 そんな僕の様子を目にしてか、石山さんはゆっくりと諭すように言葉をかけてくる。


「まずその優先順位をきちんと定めるべきだと思う。いや、もちろん君が書こうとするのを邪魔したいわけじゃない。前に会った時と違って、君が前を向いているのはよくわかったし、それを後押ししたいとも思っているからね」

「あの……石山さん。ちょっといいですか?」

 僕と石山さんのやり取りに、優弥は突然言葉を挟んできた。

 それに対し、石山さんは柔らかな笑みを浮かべながらその先を促す。


「何かな、夏目くん」

「アマチュアとプロを両立させてはダメですか?」

 僕も予期しなかったその優弥の言葉に、石山さんは真剣な面持ちとなりすぐさま問い直す。


「……どういうことかな」

「以前から思っていましたが、ベコノベ出身の作家はいわゆるプロの商業作家と少し違うと思うんです。もちろん個人差はありますが、その軸足がベコノベにあり続けている人が多いですし、これはプロでありアマチュアでもあると思うんですよ」

「というか、プロと呼ばれるのをあまり好まない人も多いよね」

 先生という呼ばれ方や、プロと評されることが苦手な人がいることを、僕はあの新年会で知った。

 だがそんな僕と同様の体験を、優弥は別の手段を通して得たようだ。


「ああ。俺はSNSなんかでよく見るが、謙遜からの人、次の書籍化を見据え作品のハードルを下げるための人、まあ理由はそれぞれあるみたいだ。でもどの人も、ベコノベという砂場を大事にし続けている人が多いと思う。なので……あくまで昴が頑張れるならという条件付きですが、同時というのは如何でしょうか?」

「同時?」

「ええ、書き下ろし作品と、ベコノベに投稿する作品。この二つを同時進行で進めていく……いかがですか?」

 そう口にした優弥は、僕と石山さんを交互に見る。

 一方、石山さんは慎重な口調で彼へと問い直した。


「……書けるのかい?」

「それは俺ではなく、昴に聞いてください。もちろん尻は叩きますけど」

 優弥が苦笑を浮かべながらそう口にした瞬間、四つの瞳は一斉にこちらへと向けられる。

 それに対し、僕が口にすべき言葉は当然決まっていた。


「やります。二つ同時で書かせてください」

「……分かったよ。でも、ベコノベに投稿する作品に関しては書籍化するという確約は出来ない。それでもいいんだね?」

「もちろんです。これは僕のわがままでもありますから」

 石山さんの念押しの言葉に、僕は間髪入れず返答を行う。

 そうしてこれから向かうべき二本の道が決まったところで、優弥がニヤニヤした笑みを浮かべると、石山さんに向かってその口を開いた。


「決まりですね。となれば、少しばかり俺にアイデアがあります。よければ聞いてもらえませんか?」

「何かな?」

「これから昴が書く二つの作品をリンクさせるというのは如何ですか」

 優弥が発した言葉が意味するところ。

 その解釈に戸惑ったのは、隣で眉間にしわを寄せる石山さんだけではなく、この僕もであった。


「リンクさせるってどういうこと?」

「細かい詰めはこれからだ。ただ例えば二つの作品を同じ世界観の別作品にしたり、それぞれに共通するキャラクターを登場させるなんて方法だな。やり方は色々あると思う」

「もしかして……まさか君の狙いは、書き下ろし作品にベコノベ作品のメリットを享受させることかい?」

 優弥の発言を黙って聞いていた石山さんは、ほんの少しばかり強い口調でそう尋ねる。

 すると、優弥は嬉しそうに笑い声を上げた。


「流石ですね。もちろんベコノベ連載作とまったく同じとは行かないでしょう。でも、普通に作品を書き下ろしで出版するより、最初から少しでも後押しがあった方が有利だと思います」

「悪くない……むしろ非常に面白いと思う。わかったよ、それで行こう。ただしこの僕を、そしてうちの会社を納得させられるだけの企画書を提示してくれないかな。それが君たちに課す最低限の条件だ」

 石山さんの口から紡がれたその条件。

 その中には、僕にとって未知の領域に位置する単語が含まれていた。


「企画書……ですか」

「ああ、企画書さ。しかし、もしこれが形となれば、今後こそ流れを作ることができる編集者として、あの人を見返すことができるかもしれないな」

「あの人?」

 興味が惹かれたのか優弥は石山さんに向かってそう問いかける。

 すると、石山さんはやや複雑な表情で、はっきりと一人の人物のをその口にした。


「うちの編集長……大山だよ」


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