第七話 予備校でのまさかの再会!? 小説を続けるかわりに通うことになった予備校でクラスの女子と再会したんだけど、話が盛り上がっていたところを、チューターの先生からうるさいと怒られてしまった件について
「え、何であんたがここにいるの?」
初めて足を踏み入れた予備校のロビー。
そこで突然、最近耳にしたことのある声を僕は耳にした。
「へ? あれ、確かどこかで……」
「音原よ、音原由那!」
僕が頭の片隅から名前を引っ張り出してくるより早く、眼前の金髪女子は自らの名を名乗る。
「そうそう、確かクラスメイトの」
「……あんた、ボールを追っている時以外、ほんと頭回ってないのね」
「はは、まあね」
いろんな人からよく言われ、そして最近は自分なりにも多少の自覚を覚えていた。だから正直言って、その指摘には苦笑を浮かべるしか無い。
一方、そんな僕の反応が目の前の音原には気に食わなかったらしい。彼女はあからさまに目を細めて睨んでくると、やや強い口調で僕に絡んできた。
「褒めてるわけじゃないから。で、何であんたがここにいるの?」
「いや、勉強しに来たんだけど」
「当たり前でしょ。他の理由で予備校に来る人がいたら、一度見てみたいわ」
「いるんじゃない。例えば事務員さんとか、警備の人とか」
頭の中に浮かんだ例外となる存在を、僕は矢継ぎ早に口にする。
途端、音原の眉間には、深いシワがくっきりと刻まれた。
「……それはそうよ。でも、そんな話をしているわけじゃないの。アンダスタン?」
「おお、予備校っぽい」
突然発せられた英国風の発言を耳にして、僕は思わずうれしくなりそう口にする。
だが、そんな僕に対して返された反応は、ただただ深い溜め息であった。
「はぁ……夏目とあんたが仲いいのが、だいたいわかった。とりあえず、ここに通うってことね」
「なんだわかってたんだ」
「まあね。でも念の為に尋ねたの」
「そうなんだ」
「ええ、そう」
そこまで口にしたところで、思わずお互い顔を見合わせる。
綺麗に整えられた細い眉に、少し眼力を感じさせるぱっちりした目。
ああ、ちゃんと見てみると、音原って本当に整った容姿をしているんだ。
僕はこの時、初めて彼女の事をきちんと認識した。そして同時に、わずかな安心感を覚える。
「でも、音原さんがいてくれるのは嬉しいな。いや、親が選んできた予備校なんだけど、知らないところに来るのは流石に緊張してさ」
「……さっきまで誰だかわかってなかったくせに。だいたいあんた、全然人見知りに見えないけど」
「どうだろう。でもまあ、人間なんてそんなものだよ」
「何でそんな悟ったようなことが言えるの。ほんと夏目と同じで適当ね」
音原はあからさまに呆れた口調で、僕に向かってそう告げる。
僕としては、優弥と一緒にくくられたことには若干異論があったものの、普段から誰もそのことを理解してくれないので笑ってごまかすことにした。
「はは、そうかな。ま、まあそれはともかくさ、まずは担当チューターが面談室で待っているそうだから、そこに行くように言われたんだけど」
「本当に今日来たばかりなんだ……で、誰なの貴方の担当?」
「えっと、津瀬明人って先生らしいんだけど」
受付で告げられた名前を、僕は何の気なしに告げる。
しかし音原の見せた反応は、僕が全く予期せぬものであった。
「津瀬ね、津瀬……え、ほんとに津瀬先生!?」
「えっと、どうかしたの?」
かなり派手目で高飛車そうな見た目。
そんな彼女が、目を見開いて驚いている姿に、僕はどう反応して良いのか戸惑う。
だがそんな僕以上に、目の前の女子は深く動揺しているようだった。
「ちょっと待ちなさい。他の誰かと間違っていない? なんであんた程度の成績で、津瀬先生が担当につくの」
なんかかなり失礼なことを言われている気がする。
でも、それ以上に気になる点が、彼女の言葉には含まれていた。
「僕程度って言われてもさ……それより何で僕の成績を知ってるの?」
「いつも大きな声で、夏目の奴と話してるでしょ。あんたたちの成績くらい、クラス中のみんな知ってるわ」
「ああ、なるほどね。まったく優弥には困ったものだ」
両手を左右に広げながら、僕は思わず首を左右に振る。
すると、音原は僕に向かって視線を強めながら、再びその口をひらいた。
「さっきも言ったよね。あんたたち二人の声が大きいから、知っているって」
「そりゃあ、ピッチ上では小声で話しても伝わらないからね」
「……あんた達が話していたのは教室でしょ」
「そういえばそうだったか」
適当に口にした言い訳を一蹴され、僕は素直に白旗を揚げる。
一方、そんな僕の反応を目の当たりにして、音原はしみじみと言葉を吐き出した。
「なんだかなぁ。あんたって、もっとスマートな人だと思ってたけど、まさか普段はこんな感じだったなんて」
「サッカーはやめたけど、まだそんなに太ってはないつもりだよ」
「あんた小説書いているんでしょ。なら、スマートの意味くらい自分で考えなさい。ともかく、付いてきなさい」
「付いてきなさいって……どこに?」
突然の音原の言葉に、僕は戸惑いを見せる。
彼女はそんな僕の左手を掴むと、さっそうと前を歩き出した。
「津瀬先生のところ。面談室にこれから行くんでしょ。すぐそこだから、連れて行ってあげる」
「あのさ、音原さんって、いい子なんだね」
手を引く音原に向かい、僕は何気なくそう口にする。
途端、音原はこちらを振り返ると、顔も真っ赤にした。
「な、何を言ってるの!」
「ああ、ごめんごめん。子とか言っちゃってさ。怒らないで」
こんな派手な見た目をしているのである。きっと背伸びをしたい年頃なのだろう。
それを一人で察した僕は、すぐに子供のように扱ったことを謝罪する。
しかし目の前の女子は、僕から視線を外すと、わずかに声を上ずらせた。
「知らない。もう、早く付いてきなさい」
その言葉を契機に、音原は僕の手を引いたまま、さらに歩く速度をあげる。
正直言うと、少し左足がキツイ。
でも、なんとなく彼女の親切心を無駄にしたくはなかった。だから僕は、敢えて関係ない話題を口にして、歩く速度を落としてもらうことにする。
「音原さんって、何時からここ通ってるの?」
「高校に入ってから。ああ、もう、その音原さんってやめてくれる?」
「え、じゃあ音原様?」
首を傾げながら、僕は音原のことをそう呼んだ。
途端、彼女は足を止めると、再び僕へと向き直る。
「……なに? 私に喧嘩売ってんの?」
「そんなつもりはないよ。でも、じゃあなんて呼べば?」
「同級生だから、さん付けってかゆいでしょ。呼ぶなら呼び捨てにしなさい」
なるほど。サッカーの時は先輩も、わざわざさん付けなんてしないしね。
「わかった。由那、これからよろしく」
「ばっ、馬鹿! 呼び捨てってのは……もういいわ」
顔を真っ赤に染め上げた由那は、そう口にするとプイッとそっぽを向いてしまう。
自分で言い出したのに、何で怒っているんだろう。
「えっと……何がもういいの?」
「サッカー馬鹿には関係ないこと。その代わり貴方のことも、呼び捨てにするからね」
「ああ、それはかまわな――」
「君たち、いつまで部屋の前で騒いでるつもりなのかな? 予備校に遊びに来たのなら、今すぐ帰りたまえ」
僕の言葉を遮るような形で、眼鏡を掛けた神経質そうな長身男性が、目の前の部屋からその姿を現す。
そう、これが僕とあの津瀬明人との初めての出会いだった。