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ネット小説家になろうクロニクル  作者: 津田彷徨
第三章 奔流篇

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第九話 敗北の理由を求めろ!? 担当編集者との打ち合わせの中で、スマホに適応し過ぎた文章の落とし穴や、縦書きと横書きの視線移動の違いがわかり、次回作において成すべき対策が見えてきた件について

「あ、ごめん黒木くん。待たせたかな?」

「いえ、僕たちも少し前についたところです」

 慌てて僕らのテーブルのもとへ小走りで駆け寄ってきた青年に向かい、僕はそう告げる。


 放課後にもし時間が空いているようなら、一度打ち合わせがしたい。

 それが担当編集である石山さんからの用件であった。


 僕はそんな石山さんの要望に対し一つの希望を伝え、この駅近くのカフェでの待ち合わせと相成ったのである。


「思ったよりも電車の乗り継ぎがシビアでさ。あ、それで君が例の編集者くんかな?」

「はじめまして、夏目優弥です」

 何時になく真剣な面持ちと口調で、優弥は自己紹介を行う。


 優弥をこの場に同席させること。

 それが僕の石山さんに対する希望だった。


「はい、はじめまして。確か戸山文化大学を受験するんだよね。しかし、そっか。なら合格すれば四月からは僕の後輩だね」

「え……石山さんも戸山文化大学なのですか?」

「そうだよ。あとうちの編集長の大山もかな。この業界は結構多いから」

 石山さんはそう口にすると、カラカラと笑う。

 それに対し優弥は、右の拳を強く握りしめ顔の表情を僅かに引き締めていた。


「というわけで、優弥。頑張って大学受かってね」

「ああ」

 いつもと違い明らかに口数は少なかった。

 だが首を縦に振ったときの彼の表情から、その気持ちは明らかに以前とは異なることを僕は感じ取っていた。


「はは、なんか受験前だから時間を取らすのもどうかと思ったけど、やる気を出してくれたようなら何よりかな」

「ですね。あ、でも優弥を連れてきたのは別の理由もあるんです。というのも、ベコノベの話をするのなら、優弥がいてくれたほうが間違いないですので」

 苦笑を浮かべる石山さんに向かい、僕は慌てて彼を連れてきたもう一つの目的を伝える。

 すると、優弥に向けられる石山さんの視線が僅かに強くなった。


「へぇ、そうなんだ。将来は編集者志望とは聞いていたけど、本当に君が彼をサポートしてきたわけか」

「そうです。もっとも、本物の編集者さんから見たらままごとみたいに見えるかもしれませんが」

 現役の編集者である石山さんを前にした優弥は、やや恥ずかしそうな表情を浮かべながらそう口にする。

 だがそんな彼に向かい、石山さんは軽く首を左右に振った。


「いや、正直言って素晴らしいと思う。同年代で同じような経験をしているのは君だけだろうし、目的意識を持って学生生活を送るのと送らないのでは全然違うからさ」

「本当ですか、ありがとうございます!」

 石山さんの言葉が嬉しかったのか、優弥は身を乗り出しながら感謝の言葉を口にする。

 途端、石山さんの顔には苦笑が浮かべられた。


「はは、嘘は言わないよ。でも問題は、君が目指している僕らの業界がちょっとばかり斜陽産業ってことだけどね」

「斜陽産業……ですか」

 その言葉を耳にした優弥は、眉間にしわを寄せながらオウム返しのようにそう尋ねる。

 すると、石山さんの首は一度縦に振られた。


「うん。実際、年々出版物の売り上げは減ってきている。原因は色々だけど、最近だとそれも原因の一つかな」

 そう口にした石山さんは、テーブルの上においていた僕のスマートフォンへと視線を向けた。


「スマホですか?」

「うん。今日も電車でここまで来たんだけどね、みんなスマホ見ているんだよね。たぶん十年、二十年前ならもっと本や雑誌を読んでくれていたんだろうけどさ」

 僕の問いかけに対し、石山さんは一度頷いた後にそんな説明をしてくれた。

 それを受けて優弥が、冷静な彼なりの見解を口にする。


「可処分時間をスマホに喰われているというわけですね」

「難しい言葉を使うね。だけど、そのとおり。いや、時間だけじゃなく可処分所得もだろうけどさ」

 軽く肩をすくめながら石山さんはそんな補足を告げてくる。

 それに対し優弥は、すぐさま彼なりの見解を提示した。


「でも、その御蔭でベコノベの今がある。僕はそう思っています」

「ああ、それは確かにそうかも。うん、悪くない着眼点かな。スマホのアクセス割合が高くなっているって、僕も話には聞いているからね」

「ええ、特にここ最近はその傾向が顕著ですね。その御蔭で好まれる作品や文章にも、以前とは異なる傾向が出てきていますし」

 優弥が淀み無い口調でそう告げると、石山さんは僅かに戸惑いを見せながらその先を促す。


「異なる傾向?」

「一つは、一話あたりの文字数が以前より減ってきているんです。あともう一つは短いセンテンス中心の作品が好まれること」

「……ちょっと詳しく教えてくれるかな」

 興味を惹かれたのか、石山さんは先程までの笑みを消し去り、真剣な面持ちでさらなる説明を求める。

 それに対し優弥は、少しばかり話の方向性を変えてみせた。


「まず文字数の話ですが、先程石山さんは電車で来たと言われましたよね?」

「言ったね。あと電車の乗客がスマホ使っていたってことも」

 石山さんは間違いないとばかりに小さく頷く。

 それを踏まえ、優弥はさらに自らの見解を続けた。


「つまり隙間の時間にスマホを操作する人が増えているわけです。で、この人達はベコノベを見るときも同じ傾向にあると思いませんか」

「要するに、隙間時間で読み切れる程度の文量が良いってことかな?」

「そうですね。最近は一話あたり二千から四千文字くらいで投稿を行う作品が比較的人気を集めています」

 その通りだとばかりに優弥は一度首を縦に振ると、何度か僕に教えてくれた一話あたりの流行りの文字数を彼は口にする。


「日本人の文化習慣の変化がベコノベにも反映されているってわけだね。でも、センテンスが短いのは何か関係あるのかい?」

「石山さん。石山さんが作る本は、どうやって読みますか?」

「え? どうやって読む?」

 漠然とした優弥の問いかけに対し、石山さんは僅かに戸惑う。

 すると優弥は軽く頭を掻き、そして改めて問いかけの内容を補足した。


「すいません、少し聞き方が悪かったです。そうですね……縦読みか横読みか、どちらで本は作っておられますか?」

「そりゃあ、基本は縦読みだよ……ああ、なるほど。つまりネット小説とは違うってことだね」

 ようやく質問の意図がつかめたのか、石山さんはそう答えた。


「ええ、ネット小説は基本横読みとなります。でも、その際の視線移動は単純に縦読みを横読みにするのとは大きく違うんです」

「視線移動が違う……か。つまりそれはスワイプを使うからってことかな」

 スワイプとはスマートフォンの画面を一つの方向に向かいなぞる様に指を動かす動作。

 僕らはスマホでベコノベを読む場合、その操作によって画面上の本文を動かしていく。そしてこの動きに伴う視線移動こそが、ベコノベ読書の特徴だと優弥は以前から指摘していた。


「はい。ベコノベでもスマホからアクセスした場合、どんどんページを上にスワイプしながら読んでいく形となります。その際の視線移動は、ほぼ垂直に動きます。つまり一文一文が長いと、視線がZの形で動くことをしいられるので、この視線移動がスムーズにいかなくなります」

「なるほど、視線移動の効率化が望ましいわけか。面白い分析だね」

「実際、ベコノベの上位作品を見てみて下さい。このあたりの文章の作り方が非常に上手いですので」

 そこまで口にしたところで、少し冷め始めた目の前のコーヒーを優弥は口に含んだ。


「夏目くん、つまり君はベコノベにはベコノベの書き方があるってわけだね」

「はい。そして今回の昴の『転生英雄放浪記』が上手く行かなかったことの一因、それがこのあたりに適応できなかったことだったとも思っています」

「……どういうことかな?」

 それは明らかにそれまでとは異なる口調であった。

 それが優弥に向けられたことを理解した僕は、そんな二人の間に割って入る。


「それは僕から説明します」

 僕がそう口にすると、二人の視線がこちらへと集まる。それを確認した上で、僕は言葉を続けた。


「えっと石山さん。『転生英雄放浪記』には二つのバージョンが存在します」

「ベコノベ版と書籍版ということだよね」

「はい。そしてその大元はベコノベ版。これを上手く書籍版の読者層に向かい改稿できなかったことが、今回の失敗の一因だと思うんです」

 僕と優弥があの後に話し合った結果。

 様々な問題点が浮かび上がりはしたが、そのうちの一つがこの二つのバージョンの書き分けにあるのではないかと僕らは結論づけていた。

「改稿が問題か。これまでの話の流れから考えると、それはつまり縦書きと横書きの問題ということかな」

「そうです。これを見て下さい」

 僕はそう口にすると、カバンの中に入れていた一冊の本を取り出す。そしてそのまま、石山さんへと手渡した。

「これは?」

「『無職英雄戦記』という作品です。そしてこちらがこの作品のベコノベ版となります」

 そう告げたあと、手元のスマホを操作してベコノベ上の先生の書いた本文をそこに映し出した。

 それを目にした石山さんは、すぐに僕の意図に気が付きパラパラと書籍をめくる。そしてその内容をベコノベ版と見比べると、彼は深い溜め息を吐き出した。

「なるほど、これはすごいね」

「はい。内容自体もある程度加筆はされていますが、それ以上に書籍の読者のために文章のフォーマット自体に大きく手を入れています」

「しかしこれは担当編集の僕の責任かな。ベコノベと書籍版で、文章を書き換えるよう指摘できなかったんだから」

 自嘲気味にそう呟くと、石山さんは僅かに肩を落とす。

 だがそんな彼に向かい、優弥はすぐに首を左右に振ると、直ちにその口を開いた。

「いえ、ベコノベの延長で書籍化を考えていた俺たちが甘かったんです。実際にこうやって、きちんと書き分けている作品もあるわけですから」

「俺たち……か。本当に君は彼の編集をしているんだね」

「さっきも言ったように、あくまでままごとみたいなものかもしれませんが……むしろでしゃばりすぎていて、石山さん達の迷惑になっていたら申し訳ないと思っています」

 憧れの職についている石山さんを前にしてか、優弥は改めて恐縮した口調でそれだけを述べる。

 だがそんな彼に向かい、石山さんはすぐに否定を口にした。

「いや、そんなことはないさ。むしろ君は彼にとって大きな力になっていると思う。というか……」

 そこまでを口にしたところで、石山さんは突然黙り込む。

 その姿が気になった僕は、迷いながらも声を掛けた。

「どうかしましたか、石山さん?」

「いや、なんでもないよ。ともかく、君たちがしっかりと自分の作品の分析をしてくれたことはわかった。その上で、次の話をしよう」

 はっきりした口調で、おそらく今回の打ち合わせの本題を石山さんは口にする。

 その言葉に対し、僕は恐る恐るといった口調で確認するように言葉を発した。


「次……ですか」

「もし準備していたら申し訳ないんだけど、次の作品もベコノベに投稿するつもりかい?」

 思わぬ確認の問い。

 正直言ってそれは自明の理に思われた。だからこそ僕は、戸惑いながらも一つ頷く。


「え、ええ、もちろんです。まずベコノベに出して、ランキングを上げで――」

「ああ、多分そう考えていると思った。でも、僕は別の形でお願いしたいと思っている」

 その石山さんの言葉の意味するところ、それが僕にはわからなかった。だからこそ、そのままの形で問い返す。


「別の形……ですか」

「シースター社は君にベコノベからの作品ではなく、書き下ろしの書籍作品をお願いしたい。挑戦してくれないかな、黒木くん」


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