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ネット小説家になろうクロニクル  作者: 津田彷徨
第三章 奔流篇

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第八話 新たな戦いとベコノベの危機!? 再びペンを手にとることができた僕は、集団相互評価工作によって揺れるベコノベのランキングに危機が迫っていることに気づき、戦うことを決意した件について

 いつもの放課後。

 僕は久しぶりにこの部屋にいた。


 そう、僕が所属する文芸部室に。


「ごめん、由那。それと……これ」

「え……これって!?」

 数日かけて一気に書き上げた成果物。

 それを手渡した瞬間、由那は元々大きな瞳を更に大きく見開く。


 一方、部屋の隅でうなりながら問題集に向き合っていた優弥は、突然立ち上がり、彼女の脇からその原稿を覗き込んできた。


「おい、これってもしかして続きか……ってことは!」

「うん。開店休業は終わりかな。もう一度頑張ろうと思ってね」

「開店休業どころか、店さえ閉めてやがったくせに。でも、そうか……まったく心配かけやがって、相棒」

 僕の言葉を耳にするなり、優弥は嬉しそうな笑みを浮かべながら肩を組んでくる。

 すると、僕の分のお茶を入れてきてくれた如月さんが、はにかみながら僕に向かって声を発した。


「先輩、おかえりなさい」

「ただいま、如月さん」

 いつもやや控えめの如月さんに対し、僕は頭を掻きながらそう答える。

 そんな僕らのやり取りを見ていた由那は、苦笑を浮かべながらその口を開いた。


「貴方がここに来るのも、そして原稿も、ほんと……ほんと長く待たされたわ。もう少しで別の原作者でも頼もうかと思ってたぐらいにね。でも、もう書いてきちゃったんなら仕方ないか」

 目元を軽く拭いながら、由那は僕に向かって真正面からそう言ってくる。

 すると、彼女に向かい隣から思わぬ人物の声が向けられた。


「でも先輩、ずっと言ってましたよね? 昴先輩以外には頼みたくないから、なんとか編集さんに伸ばしてもらうつもりだって」

「ちょ、ちょっと愛ちゃん!」

 如月さんの暴露を受け、由那は悲鳴に近い声を思わず上げる。

 途端、灰色の男がそんな彼女に向かい追撃を放った。


「だいたい、毎日今日は来ないかなって、文芸部室の中をウロウロ歩き回っていた奴が何を言っても説得力ねえよ。あれ、勉強の邪魔で鬱陶しかったからなぁ」

「だから、あんたは……というか、勉強するなら部室じゃなくてもできるでしょ!」

 横から言葉を挟んだ優弥は、たちどころに由那に叱り飛ばされる。

 いつもの部室、いつもの光景、いつもの会話。

 それを目の当たりにして、僕はようやく実感を覚えていた。


 あるべき場所に戻ってきたんだな、と。


「改めてみんな、ただいま。またよろしくね」

「おう。さて、これを見る限り音原の原稿も書けたみたいだし、お前がここに来たってことは、次に向かうつもりなんだな?」

「うん。『転生英雄放浪記』の次へ、つまり新作を始めようと思う」

 優弥の問いかけに対し、僕ははっきりと自らの決意を告げる。

 途端、彼の表情にはいつもの不敵な笑みが浮かんだ。


「へへ、そうでなくっちゃな。諦めるのはお前らしくねえし、良いと思うぜ。で、何かネタは考えたのか?」

「いや、まだこれからかな。ここ最近は、ベコノベにさえアクセスしてなかったし」

 正直言って、打ち切りに関係する全てのことに僕は触れることができなかった。

 つまり原稿に、ベコノベに、そしてこの文芸部に。

 でも、今は違う。だからここに僕は居る。


「まあ仕方ねえわな。じゃあブランクのあるお前に変わって、俺が最近のベコノベの動きというか、ちょっと変な傾向を教えてやるよ」

「ちょっと待ちなさい、夏目。あんたなんで最近のベコノベの動きとか傾向がわかるのよ」

「そりゃあ俺が……あ……」

 由那の言葉を耳にして、優弥は自らがある種の墓穴をほったことに気がつく。

 当然そのことに気づいた僕も、やや呆れ気味に彼へとその点を指摘した。


「優弥、来週はもうセンター試験だよね」

「お、おう。いや、ちょっとした息抜きだって。それに俺、戸山文化大学はセンター利用以外で考えてるし」

 頬を僅かに引きつらせた優弥は、右の手のひらをブンブンと顔の前で左右に振る。

 しかし思わぬ人物が、彼に向かい更なる追求を口にした。


「でも先輩、センターの点が良ければそれで決まりだって言ってませんでした?」

「ま、まあな……は、はは、大丈夫だって。また明日から頑張るからさ。それよりもベコノベだよ」

 後輩にまで指摘され自らの形勢の悪さを自覚したのか、優弥は受験の話題を打ち切ると、話を強引に本題へと戻す。


「とりあえずこれを見てくれ。今日の日間ランキングだ」

「一位が三千ポイントか……あれ、この人って」

 日間一位の作者名。

 そのペンネームには見覚えがあった。


「ああ。以前も書籍化したことのある作者だ。それは別にいい。それよりも話数を見てみろよ」

「まだ投稿を初めて三話……え、これで日間一位!?」

 たった三話でランキングの頂点にたどり着いたこと。

 それはあれだけ投稿戦略を練ってランキングに挑んだ僕にとって、まさに驚愕すべき事実であった。


「そうだ。もちろん昔から、圧倒的な作品はいくつもあった。一話や二話で日刊を上り詰めた作品もな。実際に累計ランキングの上位にはそんな作品も少なくない。でも、こいつはちょっと違うんだ」

「違うって、どういうこと?」

「これだけで見てもわからないだろうから、他にも幾つか作品を出すぜ」

 由那の問いかけに対し、優弥はそう口にすると、マウスを操作して幾つかの作品へとランキングからアクセスしていく。


 もちろん中には知っている作者の作品も存在した。

 でも優弥が見せてくれた作品の大半は、比較的最近ベコノベに参加した人のものばかりであった。


 それらの作品に共通すること。

 それは異様に投稿話数が少ないにも限らず、ランキングを昇っていることであった。


「最近はこんなに早い段階でランキングに昇ってくるのもあるんだ。確かにあんたの言うとおり、少し傾向が変わったみたいね」

「いや、違う……もしかして優弥、これって」

 なんとなく、直感から僕は一つの可能性に気づいた。同時に一人の人物の顔が脳裏に浮かび上がる。

 そう、この傾向を人工的に作り出したであろう人物の顔が。


「その様子だと知っているみたいだな。さっきまで表示した作品の作者だが、それぞれがそれぞれの作品にポイントを付けあっている」

「……どういうこと? 似たような作品が好きで書いている人たちが、たまたまタイミングが重なってランキングを駆け上がったってわけ?」

「それもあるかもしれねえが、それよりもこんなことが確実に起こるケースが一つある。つまりこいつらが全員つるんでいる場合だ」

 由那の疑問に対し、優弥ははっきりとそう告げる。

 その回答を受けて、僕はゆっくりと自らの重い唇を動かした。


「優弥、ちょっと確認してくれないかな? 今見せてくれた作品の作者さん達が、ある人をお気に入りしていないかどうかを」

「ある人? だれのことだ?」

「蘇芳凪」

 僕は迷うことなくその名を告げる。

 途端、優弥の眉間にはくっきりと皺が浮かんだ。


「蘇芳凪? 確か神楽みたいにプロ作家でベコノベに来た奴だったよな。ちょっと待ってくれ」

 優弥はそう口にするなり、改めて先程の作品の作者たちのページへとアクセスしていく。


 そして僕らはその目にした。

 彼らの尽くが、蘇芳凪の作品に評価ポイントを付けている事実を。


「……やはり黒だね」

「先輩、何か知っているのですか?」

 これまで目の前の事態に戸惑いを見せていた如月さんは、おっかなびっくりの様子でそう問いかけてくる。


「うん。実は僕も勧誘されたんだ、つい先日ね」

「勧誘……なるほど、そういうことか。怪しげな連中だと思っていたが、完全グルってわけだ」

「えっと……要するに、蘇芳凪って人を中心に、何人かでベコノベのランキングを操作しているってこと?」

 僕と優弥の会話を受け、由那は険しい表情を浮かべながらそう尋ねてくる。

 それに対し僕は、首を一度縦に振った。


「たぶん……ね」

「ちっ、ここのところ変だと思っていたんだ。普通なら上がってこないような作品が急にランキングを登ってくるし、全体的にちょっとランキングの順位に比べてポイントが下がってきてるし」

「ポイントが下がってきてる?」

 優弥の発言を耳にして、僕はすぐさまそう問いかける。

 すると彼は、すぐに皆に向かって説明を口にしてくれた。


「前だったら日間の一位は五千とか一万ポイント行くことがあっただろ。だけど、ここのところはランキングに載ってる作品が全体的にポイントを下げて来ている。正直言って、あんまり良くない傾向だぜ」

「それってランキングの注目度が下がってきてるってことですか?」

「ランキングに並ぶ作品の質が落ちれば、当然そうなるよな。あとは本当に面白い小説が、こいつらのせいで埋もれている影響もあるだろうし」

 如月さんの質問に対し、優弥は自らの見解を示す。

 それを受けて僕も、自分の考えを口にした。


「ランキング上位を彼らが占めちゃうと、普通なら上に来るはずの作品がアクセスを伸ばせなくなるからね……」

「ああ。あと心配なのは、こんな状況が続けば他の作者が不利だと考えて、ベコノベではなく他の投稿サイトに投稿したり、新人賞に応募したりするようになることだな」

「確かにそうなってくると、ベコノベは悪循環に陥りかねないわね」

 優弥の懸念を受けて、由那は顎に手を当てながら苦い表情を浮かべる。

 それを受けて僕も、自分の考えをみんなに向けて口にした。


「たぶんこれって下手すると、ベコノベ自体のイメージが悪くなるかもしれないよね」

「ああ。そうしてサイトが衰退すれば、こいつら自身も工作の意味がなくなるんだがな」

「まさに自分の足を食べるタコね。でもさ、これって違反にならないの?」

「ならねえな。ちっ、だから外でお前を誘ったわけか」

 由那の問いかけに答える中で、優弥は彼らの巧妙な手口に気づいたようだ。


 ベコノベにおける評価依頼に関する規約はこうなっている。

 『ベコノベサイト内で、特定の作品に対する評価を依頼する文章を投稿する、又はメッセージで送信する行為は禁止』。


 蘇芳先生自身が語っていたとおり、彼らはそれを認識した上で、明らかにその隙間を突いていた。


「彼らは意図的にランキング工作をしている。運営の裏をかく形でね」

「裏をかくっていうより、犯罪スレスレな気がするな。特に今みたいにランキングを駆け上がれば書籍化が決まる現状では、出版社をも欺く行為に等しい。よくやるよ、ほんと」

 その優弥の言葉に僕はハッとなる。


 確かにそうだ。

 ランキング上位作に出版社が声をかけている以上、彼らのやり方はもはやベコノベに留まらない行為と言えた。


「だね。でもそんな彼らに勝たなければ、次は……ん、電話?」

 僕が自らの決意を口にしかかったその時、突然カバンの中にマナーモードで入れていたスマホが振動していることに気づく。

 そうして手に取ったスマホの画面、そこには『シースター石山』という表示が浮かび上がっていた。


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