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ネット小説家になろうクロニクル  作者: 津田彷徨
第三章 奔流篇

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第七話 続けることが一番難しい!? 書籍化が決まったあの日に父さんから言われた言葉。それを強く痛感する僕に対し、父さんが自らの経験を下にして、再び前を向くよう強く背中を押してくれた件について

 僕は自宅に向けて、夜道をまっすぐに歩く。


 ハングリーさの欠如。

 突きつけられたその言葉は、僕にとってショック以外の何物でもなかった。

 そして同時に、その指摘を否定できる自信もなかった。


 それ故に、僕の足取りはどうにも重かった。

 あの頃なら、サッカーに人生のすべてを捧げていた頃ならば、今の僕のように立ち止まってはいなかったと思う。


 いや、小説を書き始めたあの頃もそうだった。

 一つ目の小説を早期に終了させることを勧められても、僕はその先を目指しすぐに書き始めていた。学校が終われば全力で家に走って帰り、何よりもまず小説を書き始めるという勢いで。


 にも関わらず、今の僕には自宅に向かい駆け出す気力はない。

 それどころか、何度も立ち止まり溜め息をこぼす始末だ。


 だからこそ、ようやく自宅の前へとたどり着いたのは、ほぼ日付をまたぐ時間帯となっていた。


「ただいま」

 普段ならば既に皆が就寝して居る時間。

 誰も起きていないと考えていたけど、僕は建前としてそれだけを口にした。

 でもそんな僕に向かって、思いもかけない人が声を掛けてきた。


「遅かったな、昴」

「父さん?」

 視線を上げた僕の瞳に写った人物。

 それは普段この時間なら書斎に引きこもっているか、既に就眠しているはずの父さんであった。


「今から少し時間はあるか?」

「え……う、うん」

 状況が理解できず、僕は軽い困惑を覚える。

 すると父さんは、僕に向かっていつもの硬い表情のまま、思わぬ誘いを口にした。


「なら、リビングで少し紅茶でも飲もう」

 父さんはそれだけを口にすると、そのまま一人でリビングに向かって歩きだす。

 扉の奥に消えていく父さんのその背中を、僕は呆然と見つめ続けずにはいられなかった。


 なぜならば、こんな形で父から二人話すことを誘われるのは初めてだったから。




「香り高い強い紅茶だね」

 カップに注がれた紅茶。

 それは父のイメージとまるで異なり、とても甘く柔らかい香りがした。


「ああ。フランスで買ってきたフレーバードティーで、研究室で愛飲している銘柄だ」

「そうなんだ」

 僕は知らない。

 大学での父の姿を。


 いや、家でも父が紅茶を入れるのを僕は初めて目にした。

 だからこそ、どんな銘柄を好むのかさえ僕はこれまで知らなかったのだ。


「肩の力を抜きなさい。お前ももう高校三年生だ、それも地に足がついた……いや、つきかけたという方が正しいか。何れにせよ、帰ってくるのが遅かったことを咎めるつもりはない」

 そう口にすると、父さんは僕の顔を見つめながら、口元にやや不器用な笑みを浮かべて見せる。そして彼は、更に言葉を続けた。


「お前にとってはうっとおしいかもしれんが、少しばかり昔の話をしようかと思っただけだ」

「昔の話?」

「ああ。私がまだ助手……今で言う助教だった時のこと話だ」

 父さんはそれだけを告げると、一度眼前のカップに口をつける。そして小さく息を吐き出すと、再びその口を開いた。


「ちょうど母さんと結婚して少しした頃だった、私の投稿した研究論文が尽く却下された。海外の研究誌だけでなく、国内のものもな」

 僅かに苦い口調で、父さんは僕の知らない過去の事実を口にする。

 物心がついてからの父しか知らない僕は、そんな話に僅かな戸惑いを覚えた。


「それは研究がよくなかったから?」

「それもあるかもしれない。だがその悪循環に陥った一番の原因は、私の迷いにあった」

 僅かに遠い目をしながら、父さんは苦笑交じりにそう説明する。

 一方、僕はかつてない驚きを覚えずにはいられなかった。


「迷っていたって、父さんが?」

「はは、私も人間だ。当然うまく行かなかったこともあるさ」

 力なく笑いながら、父さんはそう口にしてみせる。そしてそのまま、僕に向かってその理由を紡いでいった。


「最初の数本の論文がリジェクト、つまり却下され、研究者としてやっていける自信を見失ったんだ。そして同時に一つの迷いを覚えた。民間に就職して、研究から離れるかどうかをな」

 その父さんの言葉に、僕は一瞬言葉を失う。

 研究者一筋でこれまで生きてきたはずの父が、過去にそんな迷いを抱いたという事実。それは僕にとってあまりに突拍子もない事に思えたからだ。


「で、でも父さんは大学に残ったんだよね」

「そうだ。だから今、私はここに居る」

 僕の問いかけに父は迷わず首を縦に振った。


 そう、それは確定した現実である。

 そしてその父の言葉から、彼が僕に何を言わせたいのかようやくおぼろげながら理解できた。


「じゃあ、研究を続けようと思ったの」

 今の僕の状況。

 それを父さんは、かつての自分と重なっているように感じたのだろう。

 そしてそれ故、僕にこの質問をさせたかったのだと思う。


 その証拠に、父さんは予め用意していた答えがあるかのように、普段は重い口を滑らかに動かしていった。


「理由は色々あった。その中でも最大のものは、母さんが応援してくれたことだ」

「母さんは反対しなかったんだ」

「むしろ賛成してくれた。ここで研究を諦めるのは貴方らしくないってな。振り返ってみて、昴。今のお前は自分らしく生きれているか?」


 ドキリとした。


 普段はまったく僕を見ていないように思っていた父さんが、僕を見てくれていたんだとわかったから。

 その上、僕の悩みを完全に見抜いているのだと理解できたから。


 だから僕は、正直に自分の現状を告げる。


「違う……と思う」

 僕の回答。

 それを受けて、父さんは一つの問いを口にした。


「昴。あの日、私が言ったことを覚えているか」

 その意味するところ。

 それは書籍化が決まった日に、父から告げられた言葉に他ならなかった。


「続けていくことが一番難しい」

「そうだ。そしてお前はこう答えた。『本を出すのはゴールじゃなく、スタートだ』と。お前は今、どこに立っている?」

 父の言わんとする事は痛いほどわかった。

 そして同時に、あの日の喜びが、そして今の自分への失望が襲い掛かってきた。


 僕は今、どこに立っている。

 そしてどこに向かって立っている。


「……そうだったよね。そして僕は決意していたはずだったんだ。やるからには中途半端なことはしない。いつも全力で結果を求めるって」

「ああ。それでどうする」

「今みたいにディフェンスラインでのボールを回しても、何も始まらない。点を取るには、リスクをそして逆境を恐れず前にボールを運ばなければいけないんだ。だから――」

「昴、前を向け」

 何時になく強い言葉だった。

 僕の言葉を遮る形で、父さんの口から発せられたのは。


「いくら点を取られても、また取り返せばいい。だからまた立ち向かってみろ。グラウンドに立っていた頃のお前のようにな」

「そうだね……うん、そうだった。あの頃の僕は、そしてベコノベに出会った僕はただ前を向いていたんだ」

 それまでの自分を失い、ベコノベに出会ったあの時の僕は、ただ前だけを向いていた。

 初めての世界で、全てが手探りの状況だったはずなのに。


 省みて今の自分はどうだ。

 あの時の自分に真正面から言えるか。

 目指していた小説家に自分は成れた、と。


 その恥ずべき事実に気づいた瞬間、僕の胸のうちにあったもやもやしたものが全て晴れた。

 そして改めて決意をする。

 もう後ろは振り向かない。前に向かって走り続けるのだと。


 するとそんな僕に向かい、父さんはそっと背中を押してくれた。


「表情が変わったな。なら、説教じみたものはこのくらいにしようか」

 そう言うと父さんは席を立ち、僕の肩を軽く叩いてリビングを後にした。

 そうして一人残された僕は、居なくなった背中に向かって呟く。


「ありがとう、父さん。もう一度……いや、何度でも立ち向かってみせるよ。あの時の自分を偽らないためにも」

 その言葉を口にした瞬間、自分の頬に涙の雫が走るのを僕は止められなかった。


次話は4月19日19時更新となります。

明日もよろしくお願いいたします。

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