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ネット小説家になろうクロニクル  作者: 津田彷徨
第三章 奔流篇

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第二話 告げられた打ち切りの言葉!? 編集長と担当編集者に呼び出された僕は、発売たった二週間にして続巻が困難であると告げられ、これからどうして良いのかわからなくなってしまった件について

「改めて結論から言わせて頂くと、続巻は困難です」

 東京の護国寺。

 その駅から少し離れたファミリーレストランは、昼を少し過ぎたこの時間でも多くの客で賑わい、建物内は騒音で満ち溢れていた。

 だからこそ、たった今告げられた言葉がその中に溶け込んで、僕の耳まで届かなければよかったと思う。


 でも、僕は聞いてしまった。

 至近距離からのシュートのように防ぐことが出来ず、オフサイドであればよかったのにと思うその言葉。


 明らかな敗北の事実を前にして、僕は一瞬どう答えて良いかわからず言葉を失っていた。

 だが、何かを返さなければならないのは明白だった。

 眼前のメガネを掛けた革ジャン姿の男は、それを待っている。


 もちろんこの事自体は想定されていたことだった。

 この場に同席している石山さんから、電話で通告をされたあの日から。


 でもいざ目の前で告げられると、頭の中が真っ白となりろくに言葉が浮かんでこなかった。

 それ故、僕の口から紡がれた言葉は、極めて単純なただのオウム返しのようなものだけであった。


「そう……ですか」

 僕のその言葉に、大山さんは静かに頷く。

 それを受けて僕は、あまりに当たり前の事実を、もう一度問いかけた。


「それはその、つまり打ち切りということなのですね」

「具体的に言えばその通りです」

 大山さんは一切の躊躇なく、僕に向かってそう告げてくる。

 途端、彼の隣に座していた若い石山さんが、慌てて横から言葉を挟んできた。


「ちょ、ちょっと編集長。いや、あのね黒木くん、僕たちとしては今回とても残念だったけど、でも最初の作品だからこそわかったこともあると思うんだ。だから――」

「取り繕っても仕方がないですよ。彼が高校生だからそんな回りくどい説明をしているのだとしたら、それは違うんじゃないかな」

 石山さんの言葉を遮る形で、強い口調で発せられた大山さんの言葉。

 それに対し石山さんは、ややバツの悪い表情を浮かべ、僅かに戸惑いを見せた。


「いや、ですが……」

「私はプロとして、黒木さんの事を評価しています。だからベコノベで彼に声を掛け、こうして包み隠さず事実を伝えてるわけです。そこにそれ以外の要素を含ませるのは、かえって彼に失礼と思いませんか?」

 その大山さんの発言に、僕は僅かに胸に来るものがあった。


 目の前のこの人は、僕を未成年の高校生ではなく一人の作家として扱ってくれていると、そう感じたからだ。

 だからこそ、僕は敢えて遠慮することなく、胸に秘めていた一つの疑問をぶつける。


「お話はわかりました……悔しいですけど、それが現実なのだと思います。その上で一つ教えてもらっていいですか?」

「何ですか?」

「僕の本が……その『転生英雄放浪記』が売れなかった理由を、シースター社はどう捉えているのでしょうか?」

 その僕の質問を受け、大山さんは一瞬眉をピクリと動かす。


「どう捉えているのか……つまり、どのように解釈しているのかということでいいですか?」

「はい。その……僕は昔サッカーをやっていました。そして試合の後は、勝っても負けても必ずミーティングをして、その試合の結果を話し合っていたんです。ですので、今回の結果に理由があるなら、是非それを知りたいと思って」

「ああ、そういうことですか」

 そう口にすると、眼前のメガネの壮年は口元に苦笑を浮かべる。

 僕はそんな編集長の表情を真っ直ぐに見つめながら、自らの疑問と思いを率直にぶつけた。


「もちろん、僕の作品自体に及ばなかったところが多数あることはわかります。ですが、それ以外に何か僕に見えていないものがあるのならば、それを知りたいと思うんです」

「なるほど、黒木さんらしいですね。その辺りの考え方が」

「僕らしい……ですか」

 これまで、まだ三度しかお会いしたことのない大山編集長。

 そんな彼が、僕らしいなどという言葉を口にしたことに違和感を覚える。

 だがそんな僕の違和感に関係なく、大山編集長はゆっくりとその口を開いた。


「出版不況などと呼ばれる昨今、その要因は複雑極まりないものです。ですが、現在のベコノベを取り巻く環境に限局して物事を見れば、最大の要因は比較的シンプル。つまりは飽和でしょう」

「飽和?」

「そうです。要するに、市場におけるベコノベ作品の希少性が薄れ、書店の棚にベコノベ作品が溢れかえってしまった影響。さらにそれに伴うジャンルの飽和も輪をかけていますね」

「えっと、要するにベコノベの書籍化作品が増え過ぎていることがその理由と、そういうわけですか」

 それは確かに僕も気づいていた。


 先日、優弥たちと行った書店の棚も、ベコノベから書籍化された四六判の作品で埋まっていたからだ。

 だからこそ僕は自分の作品を見つけるのに手間取ったのだけど、それはきっと読者の人にとっても同じということなのだろう。


 すると、僕のそんな考えを肯定するかのように、大山さんは大きく一つ頷く。


「現実問題として、ベコノベ作品の売上は作品単体では年々減少傾向にあります。もちろんそれでもベコノベ作品に優位性があるから出版が続いているわけですが、実際に今、月にどれくらいの作品が本となっているかわかりますか?」

 以前に津瀬先生と統計データをまとめたときの記憶を思い出そうとして、僕は脳内であのリストを再構築する。

 だが個々の売上とポイントの関連性は覚えていても、そこにどれだけの作品が並んでいたかまでは、ましてやいつ出版されていたかまでは記憶をたどることができなかった。

 だからこそ、大まかなイメージで僕は答えを返す。


「五十冊くらいでしょうか?」

「……残念ながら倍以上です」

「え、じゃあまさか百冊以上?」

 大山さんの口にしたその回答を前に、僕は思わず声を裏返らせる。

 だが眼前の壮年は苦笑を浮かべると、首を縦に振った。


「そうです。私も初めて知ったときは、正直驚きました。まさかそこまでシェアを伸ばしているとはね」

「まさかそんなに多いなんて……」

 薄い笑みを浮かべる大山さんを前にしながら、僕は思わず絶句する。

 それはもちろん三桁もの書籍が毎月ベコノベから書籍化されていることもそうであるが、同時に自分の『転生英雄放浪記』がその百何十分の一であるという事実を突きつけられた様に感じたからだ。


「ベコノベの書籍化に関しては、最初は数ヶ月に一冊くらいのところから始まりました。それがいつの間にか毎月出版されるようになり、今では三桁。これではベコノベの読者も、とても全ての作品をカバーできなくなりますよね」

「ベコノベの下駄が消失しつつあるという例の話ですか」

 以前から聞き知っていた話であったのか、大山さんの説明に対し、石山さんは下駄という表現を用いる。


「その通り。デビュー前や出版前からファンが付いていたことがベコノベ作品の強みでした。でも現状では、それが薄れつつある。間違いなくこの状況は、今回の結果の一因と思っています」

「一因……ですか。つまり他にも要因があるということですね」

 僕は大山さんの話から、ベコノベ作品を取り巻く環境変化が、複数存在するのだと理解した。

 だからこそ、その実態を知りたいと思った僕は、大山さんに向かってさらに説明を求める。

 すると大山さんは、顎に手を当てながらゆっくりと話しだした。


「そうです。例えば、ランキング上位作品がほぼ出版され尽くしたこと。そしてそれに伴い、投稿されて間もない作品までが出版されつつあること。まあいわゆる青田買いというやつですね」

「確かにうちでもかなり早い段階で声を掛けさせてもらっても、既に他社さんで決まっていた例が多々ありました」

 石山さんは少し苦い表情を浮かべながら、溜め息混じりにそう呟く。


「報告は聞いています。何れにせよ、ベコノベのシェアの拡大は、他の新人賞作品にも影響を与えているようです。実際のところ、異世界をモデルにした小説が、ここまで書店に置かれるようになるとは思っていませんでした」

「ベコノベ以外にも異世界ものが増えてきたから、さらに僕の本は埋もれるかたちとなった……そういうわけですか」

「もちろん他にもマーケティング上の理由はあると思います。でも現在の趨勢を見るに、そんな側面があることは事実です」

 その大山さんの言葉を僕はゆっくりと咀嚼していく。


 ベコノベ作品を取り巻く現状。

 それは間違いなく厳しくなりつつあるのだろう。


 でも……それでも周囲を圧して、重版を決めて突き抜ける作品が存在していた。

 実際に、その隣に書籍が並べられていた僕にはわかる。

 積み上げられていた山が、二週間で消え去ってしまった『無職英雄戦記』をその目にした僕には。


 確かにベコノベの現状は厳しくなりつつある。

 でもそんな環境要因を打ち破れるだけの力のある作品なら話は違う。そして目の前の大山さんたちは、僕の『転生英雄放浪記』にその可能性を見出して声をかけてくれた。


 しかし結果として、僕の作品には力が足りなかった。


「なるほど……よくわかりました」

「そうですか。では黒木さん、私は会議があるのでここで失礼させてもらいます。あとは石山さん、よろしく頼みますね」

 そう口にして大山さんは椅子から立ち上がる。

 そんな彼に向かい、僕は深々と頭を下げた。


「あの……この度はすいませんでした」

「……黒木さん、一つだけ忠告しておきます。プロとしてやっていく以上、謝らないで欲しいです。君の作品は君のものではありますが、君だけのものでないのですから。その後ろに誰がいるのか、それを考えておいてください」

 大山さんはそれだけを僕に告げると、そのままテーブル伝票を手にして足早に歩み去っていった。

 そうして二人になった石山さんと僕は、苦い表情を浮かべながら見つめ合う。


「はは、編集長も厳しいことを言っていたけどさ、僕はいい作品だったと思うよ」

「でも売れませんでした」

 石山さんが励ましてくれようとしているのはわかる。

 でも現実と結果は明らかだった。

 だからこそ、僕はその場で深い溜め息を吐き出す。


「それは……うん。でもさ、さっきも言ったようにこの経験を糧に次を頑張ろうよ。僕はもちろん、シースター社としても君とまた新しい作品に取り組んでいきたいと思っているからさ」

「そう、ですか。ありがとうございます」

 その後、石山さんが僕に向かって色々話してくれたことは覚えている。

 でもその内容は……僕の耳に何一つ入ってくることはなかった。


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