第二十四話 僕たちの過ち!? いつの間にかポイント至上主義となり、小説を書き始めた初心を忘れてしまっていた僕たちに向かって、文芸部の部長である後輩が真正面から叱ってくれた件について
放課後の文芸部室にたどり着くと、僕と優弥は脱力感のあまり何もする気が起こらなかった。
それを見かねた二人の女性陣が、心配そうに次々と声を掛けてくる。
「どうしたの、あんた達。なんか今にも世界が終わりそうって感じの、深刻そうな顔してさ」
「あの……先輩方、大丈夫ですか? 良かったら、今お茶でもお持ちしますね」
彼女たちそれぞれの気遣いの言葉。
それに対し、返答を行ったのは向かいの席に腰掛けていた優弥だった。
「……計算をしくじったんだよ。完全にやられた」
「計算をしくじってやられた? 模試の数学が悪くて、E判定でも返ってきたの?」
優弥の言葉の意味がわからなかった由那は、軽く首を傾げながらそう問い返す。
すると、露骨に嫌そうな表情を浮かべながら、優弥は端的に僕らに突き付けられた問題を口にした。
「ちげぇよ! ベコノベのポイントの話だ」
「え、でも昴の『フクつく』は順調なんじゃないの? 今朝見たけど、日間ランキングでも応募作の中で一番をキープしていたし、合計ポイントでも応募作の中で四位まで上がっていたんでしょ?」
ああ、たぶん彼女も昼までの僕同様に、今朝のランキングで安心していたのだろう。
優弥もそのことに気づいたのか、彼女に向かって更に説明を追加した。
「確かに順位は今もそうだ。ただしあくまで『フクつく』の順位に関する話はな」
「だったら良いじゃない。急に不人気な話を書いて、ランキングを落ちたわけじゃないってことでしょ」
「それはそうなんだけどさ、問題はそこじゃないんだ。このままだと届かなくてさ」
僕はようやく重い唇を動かすと、由那に向かってそう説明する。
途端、彼女の表情は険しいものとなった。
「届かない? もしかして、あいつの女医ものに届かないってこと?」
「うん……このままだったらね……」
「最終選考まで残り十日。で、確かに今朝までは順調だったんだ。最終日前日に差し切れる計算でな」
僕の『フクつく』と神楽先生の『女医令嬢の残念な恋』とのポイントの差。
昨日の時点では、残り二千七百ポイントというところまで詰めることができていた。
しかし昼のランキング更新時点でも、それはほぼそのまま。
つまり、依然としてその差は二千七百ポイントのままであった。
「何があったっていうの? 急にあんた達の作品が不人気になったわけ?」
「さっきも言っただろ。『フクつく』は問題ねえんだよ。今も毎日五百ポイント近く稼げているんだ。ただ先日まで二百ポイント台で推移していたはずの神楽が、急に四百ポイント近く稼ぎやがった。改めてファンを外から呼び込むことでな」
そう、結局はそれが理由であった。
なぜ神楽先生の作品が再び伸びたのかわからなかった僕たちは、慌ててその理由を探った。そして彼のブログで一つの告知がなされていることに気づくこととなる。
「ファンを外から? 最初にもやっていたじゃない」
「違うんだよ。元々商業でやっていた作品の外伝をベコノベで書きだしたんだ。それで呼び込んできたファンが、『女医令嬢の残念な恋』を併せて読んでポイントつけている」
まさに優弥の言う通りだった。
僕たちが目にしたもの、それはかつて漫画原作を行っていた『クライシス』という作品のスピンオフを、ベコノベで短期連載するという告知であった。
そして慌ててベコノベ内の神楽先生の作品ページを確認すれば、確かに今朝から連載が開始していた。
「そんなことまで……でも、それって大丈夫なの? 漫画原作だし、作画家とか出版社とかの問題があるんじゃないの?」
「たぶんベコノベ運営まで含めて、予め許可を取っていたんだろう。このタイミングで話題を作るためにな」
「でもでも、ベコノベを見ている常連さんとか、あんまりいい気がしないんじゃないですか?」
二人の会話を耳にして、如月さんは読者視点からかそう尋ねてくる。
しかし、それに対する答えは既に出ていた。
「多少はあるかもしれないね。でも、神楽先生なんかとは比較にならないほど、明らかにルール違反をしている人がいるから」
「ルール違反?」
「ああ、現在神楽の次のポジションに居る作品。つまり鴉って作者の作品さ」
まさに優弥の言うとおりであった。
様々な指摘を受けながらも、依然として複数アカウントの疑惑が途絶えぬ鴉の作品感想欄は、はっきりと今まで以上に荒れだしていた。
「結局最後まで、疑惑を晴らそうとするつもりは無いみたいだね」
「一切感想に対する返信もせず、作者ブログでも弁解さえしない……か。というか、今もあいつは複垢を作るのを止めてやがらねえみたいだからな」
「みたいだね。ポイント的には、ジリジリと神楽先生に近づいているし……下手をしたら、今週中に首位が入れ替わりかねなかったから」
それほどに、最終選考を前にして上位二作品の差は縮まりつつあった。
そしてその事自体は、優弥によると既にベコノベ関連の呟きサイトや、様々なネット掲示板などで話題となっているらしい。
「まあそれを踏まえると、仮に首位争いをしているどちらを押したいかといえば、たとえ俺でさえ鼻にはつくけど神楽って答えるだろうからな」
「鴉って作者に比べれば、遥かにあいつの方がマシってわけね」
「だな。実際に一部では、汚い鴉に負けないようにって、ベコノベ住民で応援を始めている連中もいるみたいだ。少なくともあいつは、ずっとルールの中で戦ってるからな」
由那の言葉に頷きながら、優弥は現在のベコノベ内の空気を僕たちに説明する。
一方、僕はそんな上位争いの話を聞きながらも、頭の中は自分のことでいっぱいであった。
「ともかく僕たちだよ。このままじゃ、あの二人に勝てない。ポイントをもっと効率よく稼がないと」
「でもストックがないんだぜ。残りこれ以上作品を書いても文字数制限をオーバーして失格になるだけだ。残り五話となった今、ポイントを稼ぐために打てる手と言ってもな……」
僕たちに残されたのは五話、一万五千文字。
その中で、使える策を僕と優弥はその場で考えこむ。
「残った五話を分割していって、全部で十話にするとか……いや、それじゃあ、流石に話がぶつ切りになるよね」
「ああ、それはダメだ。急にやり方を変えたら、既にポイントを付けてくれている読者が、評価を下げたり、お気に入りを外し兼ねない……となればだ、打てる手といえばクロスオーバーぐらいか」
優弥が突然口にした聞き慣れぬその単語。
それを僕はそのまま聞き返す。
「クロスオーバー?」
「ああ、『放浪記』と『フクつく』をクロスオーバーさせるんだよ。つまり相互にキャラやストーリーを交流させるわけだ」
なるほど、確かにそうすれば放浪記を読んでくれているファンが、フクつくに興味を抱いてポイントを付けてくれるかもしれない。
だけど、僕はすぐにその問題点に気づいた。
「ダメだよ、優弥。それはできない」
「私もそう思う。だって放浪記はシースター社で出版が決まっているんでしょ? 今回は士洋社のコンテスト何だから不義理ってやつよ」
由那の言うとおりである。
シースター社から発売が決まっている作品を、勝手に別出版社が企画したコンテストに使うのは、様々な問題が生じる可能性がある。
言うなれば同じ学校に通っているからといって、プロのユースチームに通っている人間を、高校サッカー部の大会に勝手に出場させるようなものだ。
「優弥、それに万が一出版社の許可がもらえるとしてもさ、多分時間がかかると思うんだ。少なくとも残り十日しか無いのに、それを待っている時間はないよ」
「くそ、確かにな。他に何かねえか、今からポイントを稼ぐための――」
「あの……ちょっといいですか」
その声は沈黙を保っていた如月さんのものだった。
由那は軽く首を傾げると、彼女に向かって先を促す。
「何かしら?」
「先輩たち、なんかおかしいと思います」
彼女はそう告げると、決意を秘めたような眼差しを僕らへと向ける。
一方、僕は初めて目にするそんな彼女の表情に、思わず戸惑いを隠せなかった。
「えっと、どういうことかな」
「先輩は小説が好きだから、ベコノベに投稿されているんですよね。でも、特に今日はそう思ったんですけど、なんか先輩たちはずっとポイントばかり気にしていて……先輩の作品の読者まで、まるでポイントをくれる人としか見ていない気がするんです。その……物書きなんだったら、もっと自分の小説を、そして先輩のファンをもっと大事にすべきじゃないんですか」
その如月さんの言葉。
それが部室内に響き渡った瞬間、部屋の中は一瞬で沈黙に包まれた。
そう、誰も何も言い返すことができなかったが故に。
「あ……いえ……すいません、生意気なことを――」
「違う、そうだよ。君の言うとおりだ」
「昴……」
溜め息とともに僕の言葉が発せられた瞬間、由那は気遣うような声を僕へと向けてくれる。
そんな彼女の気遣いに感謝しながら、僕は如月さんに向かって感謝を口にした。
「ありがとう、如月さん。ちょっと背伸びをし過ぎて、僕はスタート地点を見失っていたかもしれない」
「僕はじゃないさ、僕たちは……だろ」
その声は僕の向かいの席から発せられた。
だから僕は、反射的に彼の名を口にする。
「優弥」
「確かに愛ちゃんの言っていることは正しい。目先のポイントに一喜一憂しすぎて、足元を見失っていたかもしれねえな」
「そうね。私も共犯ね。だからありがとう、愛ちゃん。さすが私たちの部長さんね!」
優弥に続く形で、由那も如月さんに向かい感謝を口にする。
そうして、上級生たちからこぞって感謝を告げられた如月さんは、途端に顔を真っ赤に染めると、どうして良いかわからずうつむいてしまった。
「あの……その……私」
「感謝の代わりに、今度とっても素敵な服をあげるから。だから気にしないで」
「音原、それってお前の趣味を押し付けるだけ……いや、なんでもないけどさ」
由那の空気を読めと言わんばかりの視線を向けられ、優弥はそこで押し黙る。
一方、そんなタイミングで、不意に一つの考えが僕の脳裏を横切った。
「僕のファンを大事に……か。待って、もしかして!」
僕はそう口にするなり、かばんからスマホを取り出すと、慌ただしく操作を行う。
そんな突然の僕の行動を目にして、優弥は声をかけてきた。
「どうしたんだ昴。何か思いついたことでもあるのか?」
「うん。ちょっと確認したいことがあって……ああ、やっぱりそうなんだ」
表示させたスマホの画面を目にした瞬間、僕は自分の中で作り上げた仮説が正しかったことを理解した。
そんな僕に向かい、由那は眉間にしわを寄せながらその理由を尋ねてくる。
「昴、何を調べているの?」
「投稿日ごとの作品アクセス数だよ」
僕は日別のアクセス解析画面を目にしながら、はっきりとした声でそう告げる。
途端、優弥の瞳に理解の色が灯ると、彼は納得したように大きく頷いた。
「……そうか。お前自身についている読者か!」
「うん。やっぱりリンクしているよ。週二回投稿している日と一致して、『フクつく』も伸びてる」
「ねえ、何の話をしているの? 一致しているってどういうこ?」
僕と優弥のから置き去りにされたと感じたのか、由那はやや慌てた口調でそう問いかけてくる。
それに対し僕は、はっきりと自分の出した結論を口にした。
「えっと、もう一つの作品の更新日には、明らかに『フクつく』の作品アクセスも増えているんだ。これってつまり、僕のファンの人が後押ししてくれている証拠だよね」
「だな。つまりお前の作品なら、別のも読んでみようかって思ってくれていることの表れってわけだ」
「ありがたいことに、たぶんそうだと思う。だから僕は、僕についてくれているファンの方のために、頑張ろうと思うんだ。そうすれば結果的に、ポイントも後で付いてくるはずだからさ」
それは僕の所信表明。
たった今、僕はあの時のような覚悟をもって、作品に取り組むという決意を定めた。
すると、僕と優弥の会話を耳にしていた由那は、何かに気づいたようにハッとした表情となる。
「そういうわけね。つまり『フクつく』以外の投稿に力を入れるってことよね」
「うん。実際、神楽先生は商業での読者の方に、ファンサービスをしながら戦う方法をとった。だから僕は、ベコノベの自分についてくれている読者さんに喜んでもらいながら、神楽先生と戦おうと思うんだ」
胸の前で右拳を強く握りしめながら、僕ははっきりとそう宣言する。
それを目にして、如月さんが心配そうな視線を僕へと向けてきた。
「自分の読者さんに喜んでもらいながら……ですか?」
「そう。確かに『フクつく』は制限があるからこれ以上更新できない。でも僕には、毎日更新することで、読者さんに喜んでもらえる作品がある。そして結果的に、その作品を更新した日には、『フクつく』のアクセスも明らかに伸びているんだ」
「先輩、それってもしかして」
如月さんは僕が何に関して一定いるのか理解したのか、大きく目を見開く。
僕はそんな彼女に向かって大きく首を縦に振ると、自らの決意を口にした。
「『フクつく』にはもちろん最善を尽くす。そして同時に僕は『放浪記』にも最善を尽くしてみるよ。それが僕のできる、最善で精一杯だと思うからさ」
書籍化を目指し走り続けていたあの日のように、僕はこの日から連日更新を開始した。
そう、『フクつく』ではなくもう一つの僕の作品、『転生英雄放浪記』を。




