第二十二話 一次選考突破!? ギリギリのラインで一次選考を突破した僕に対し、津瀬先生が神楽先生だけではなく、例の複数アカウント作家である鴉に注意が必要だと助言してくれた件について
「おめでとう、昴くん」
いつもの予備校の個人講義。
津瀬先生は僕の顔を見るなり、昨日発表された結果をねぎらってくれた。
「ありがとうございます。でもここからが本番です」
「そうだな。今回の一次選考はあくまで漫画原作に向いてるかどうかの篩い分け。二次からは各作品ごとの純粋なポイント勝負。つまりは力と力の戦いだな」
「はい、ここからどこまでポイントを伸ばせるかが勝負ですから」
今朝公開された一次選考通過作品は全てで二十作品。
その中で、ここから一ヶ月の間に最もポイントを伸ばしたものが原作権を得ることができる。
あくまで現在のポイントは参考値になるとはいえ、現状において僕の作品の『フクつく』は未だ五千八百ポイントであり、二十作品中十九位という位置に甘んじていた。
「ふふ。君のその表情を見る限り、ここまでは作戦通りといったところかな」
「いえ、正直ヒヤヒヤでしたよ。本当にギリギリを攻めたつもりですし。なにより何作品通過できるかわからなかった上に、漫画原作に向いていないと判断されれば、いずれにせよおしまいでしたから」
「だが君は通過した。しっかりとした実りを手にしてね。正直に聞こう、あと何話残しているんだい?」
「御存知の通り、今公開しているのが四話で一万五千字。残しているのは十二話で三万四千字です」
そう、僕は全体の四分の一だけしかまだ公開していなかった。
一方、他の作者の作品はどんな少ないものでも二万五千字以上、多いものでは既に四万字を超え完結済みとなっている。
つまり僕は、他の作品の投稿回数やポイントを見ながら、リスクを承知でこれまで最低限の更新話数しか投稿していなかった。
「ふむ、残り十二話か。いずれにせよ編集の目を通過するために、公開済みの四話だけで起承転結を意識したワンエピソードに仕上げていたのは正解だろうな」
「はい。予想外のことがあり少しプロットをいじった形になりましたが、最終的には正解だったと思います」
作品を評価される上で、エピソードとして一度オチをつけることが重要だと僕たちは知っていた。
もちろんそれはこれまでのベコノベの経験からである。
初めて投稿した『転生ダンジョン奮闘記』においても、完結時に祝儀として多くの感想やポイントを頂くことができた。そしてそれは書籍化が決まった『転生英雄放浪記』も同様の現象、つまり一章が終了した時点で多くのポイントを頂くことができている。
このことから、僕たちは一次選考の段階で作品の進行状態を中途半端にせず、ワンエピソードで区切った段階にしようと考えていた。
ただあくまで本来は、全十六話構成として八話目までは投稿し、その時点で一つの区切りを行う予定だったのである。
それを変更したり理由はただ一つ、予定外の人物の介入によるものであった。
「君のお父上ならば、結果を求めたからこそだと評価されることだろう。しかし蓮に一度作戦を潰されながら、見事に裏をとってみせたな」
「裏を取ったというか……今回に限って言えば、二位には意味がありません。善戦ではダメなんです。だから勝負せざるを得なかったというのが本音ですよ」
由那の漫画原作権を得ることができるのはたった一作。
もちろん他の入賞作にも賞金などが用意されているが、僕たちが必要な物はあくまで原作権のみであった。
「確かにそうだったな。なるほど二位以下では一次選考で落ちるのと同義だったというわけか。いずれにせよだ、勝負はここからだ」
「はい。そのためにも、早速手は打ちました。僕の……いえ、僕たちの第二の矢で必ず原作権を射止めてみせます」
後の先を取る僕たちの計画が潰されたあと、僕と優弥で話し合って考えた第二の作戦。
それは既に結果が公表された今朝から開始していた。
「ほう、早速か。いや、むしろ今が最善だろうな。結果が公表され、普段以上に作品へと視線が集まるこのタイミングがな」
「はい、僕たちもそう思っています。何しろ、神楽先生がお手本を見せてくださいましたから」
津瀬先生の見解を受けて、僕は大きく頷くとともに、ニコッと微笑んでみせた。
もちろんその理由は一つ。
僕たちが開始したこの作戦が、あの人の戦略をそのモチーフとしているからである。
「応募開始と同時に、作品投稿を開始した例の件か。確かにプロが参戦するという公式のアナウンスと相まって、あいつは大きな話題性を作ることができた。お手本という意味では、確かに理想のものと言えるかもしれないね」
「ええ。以前に津瀬先生が教えてくださった、『作って半分、届けて半分』というあの言葉。それをまさに体現してみせた神楽先生は、まさしく一流のプロだと思います。ですが、それでも僕たちは負けるわけには行きませんから」
たとえ相手が現役のプロであろうとも、僕たちは負ける訳にはいかない。
なぜならば、ベコノベは僕たちのホームグランドなのだから。
「ふむ、結構。実に良い覚悟だ。期待しているよ、昴くん。そして同時にだ、あの男には十分注意しておきたまえ」
「あの男……神楽先生ですか?」
僅かな違和感を覚えながら、僕はそう問いかける。
だが、津瀬先生の首はあっさりと左右に振られた。
「違う。もう一人の一次選考通過者、つまり私が以前にその存在を危惧していた人物だ」
「え、まさか……」
僕はその言葉を聞き、慌ててスマホを操作する。そして漫画原作部門の通過者名一覧の中ほどのところに、たった一文字のペンネームを使用する作者の名が記載されていた。
「そうだ、例の鴉が一次選考を通過している。現在、約一万ポイントを獲得して、ランキングの三位でな」
「一位の神楽先生と二千ポイント差ですか……」
鴉という作者の作品は、僕のと比べると確かにほぼ倍近いポイントを取ってはいる。
だがそれ以上に、この作者の作品とやっている事への疑念から、僕は一次選考を通過している事自体に驚きを隠せなかった。
「正直言って、この作者の作品が通過するとは私も思ってなかった。要注意だとは、思っていたがね」
「……先生はどう思われますか?」
「そうだな、もちろん作品の質は主観も入るからおいておくにしても、感想欄で複垢の可能性が指摘され始めた時点で、おそらく弾かれると考えていた。最近は特に指摘のコメントが増えてきているからな」
その先生の言葉を受け、僕は鴉の書いている『転生王女はパティシエ志望〜パンがあっても、ケーキを食べればいいじゃない〜』という作品の感想欄を開く。
するとそこは、普通の作品の感想欄とは些か異なった光景が繰り広げられていた。
「確かに、かなり荒れていますね……でも、この状況を見る限り、編集部がたまたま気づいていなかったということでしょうか?」
「いや、彼らも商業活動を行っているわけだからな。流石にリスクには敏感のはずだ。少なくとも、作者ブログや感想欄程度は当然目を通しているだろう」
「となれば、それでも通過するに足る作品だと評価されたわけですか」
津瀬先生の説明を受けて、僕はいまいち納得がいかないもののそう考える。
納得がいかないのは津瀬先生も同様であったようで、苦い表情のままメガネを軽くずり上げると、ぶつぶつと独り言を口にした。
「そう考えるのが自然ではあるが、万が一、彼が……いや、彼らが協力して別の目的のためにこの原作コンテストを利用しているとしたら……」
「どうかされましたか?」
悩ましげな表情を浮かべる津瀬先生に対し、僕は率直にそう問いかける。
だが、津瀬先生は軽く首を左右に振ると、その表情に苦笑を浮かべてみせた。
「いや、まさかな。気にしないでくれ。ちょっと埒の明かない仮定が頭の中で浮かんだだけなのでね」
「はぁ……仮定ですか」
「まあ、君が気にすることではないさ。それよりも考えるべきは、首位である『女医令嬢の残念な恋』をどうやって抜き去るかだろうね」
その津瀬先生の言葉に、僕は僅かな違和感を覚えていた。
しかしながら、それが何によるものなのかがわからず、僕は目の前のことにだけ集中する覚悟を決める。
「……確かにその通りですね。もちろんやるからには中途半端はしません、いつも全力で結果を求めます」
「ふふ、黒木先生の言葉か。そうだね。余計な思惑が混じっていたとしても、そんなもの自らの力で突き破れば良い。だから残り三週間を精一杯頑張り給え、昴くん」
その先生の応援を受け、僕は第二の矢を放つこととなった。
そう、他の応募作の更新が停滞し始めたこのタイミングでの、文字通り連日更新を。




