第二十一話 初めて文芸部へ!? 始業式の後に初めて文芸部室に集まって文化祭の計画を立てつつ、漫画原作コンテストで優勝するために、一次選考で僕たちがギャンブルに出た件について
始業式の翌日。
授業を終えた僕たちは、校舎の山手側に存在する旧館奥の一室へとこぞって向かっていた。
「へぇ、これが文芸部室なんだ。匂いもしないし、整理整頓されてて凄いな」
如月さんに先導される形で、部屋の中へと足を踏み入れた僕は思わずそう漏らした。
僕が以前使用していたサッカー部の部室と比べると、まさに月とスッポンという表現が、この上なく当てはまる。
なぜなら驚くべきことに、部屋中に充満する汗の匂いや、放り投げられた年代物のレガース、そして生乾きの穴の空いた靴下などは部屋の中に存在しないからだ。
それどころか、本棚はきちんと整理整頓され、過去に発行された部誌は発行年度通りに綺麗に並べられていた。
「昴、お前サッカー部と比べるのやめろよ。しかし、まだちょっとあちいのに、クーラーがないのは、残念だな」
「すいません、先輩。どうしても旧館はその……」
優弥の言葉を受けて、如月さんは申し訳無さそうにうつむく。
途端、優弥は慌てて彼女へと謝罪した。
「ごめん、愛ちゃんのせいじゃないしさ。それにいざとなれば、第二文芸部室を使えば良いだけだしさ」
「第二文芸部室? そんなのあるの?」
聞いたことのない部屋の名を耳にして、僕はおもわず首を傾げた。何しろ、部員が一人で文化祭での出店すら危機だったわけである。にもかかわらず、二つも部室を使用できるなんて話があるのだろうか。
そんなことを僕が思っていると、優弥はスッと一人の女性を指差す。
「あるぜ、そいつの家」
「な、なんで私の家が文芸部室なのよ」
突然話を振られた由那は、目を見開きながら抗議の声を上げる。
一方、優弥は首を左右に振って、彼女の発言を訂正した。
「だから文芸部室じゃねえよ、第二文芸部室だって」
「ほとんど同じじゃない」
「まあまあ、確かに由那の家は居心地良いけどさ」
そのやり取りに苦笑しながら、僕は二人の間に入る形となる。
すると、由那は僕から僅かに視線を逸らした。
「そ、そんな言葉に騙されないからね」
「でも先輩のお家は、私も素敵だと思いますよ」
「だな。という訳で、おめでとう。今日から第二文芸部室に決まりだ」
「愛ちゃんまで……あなた達は、ほんとにもう」
その怒っているような口調とは裏腹に、彼女の表情には僅かな笑みがこぼれていた。
僕は不意に初めて彼女の部屋に行った時のことを思い出す。
檻、とまで自分の家のことを呼んでいた彼女。
だからこそ、僕には彼女の本音があの表情に現れているのかなと思わずにはいられなかった。
「はは、ともかくもうすぐ秋ですから、すぐに涼しくなってきますよ」
「秋か……そうだな、そんな季節だよな」
如月さんの言葉を耳にした優弥は、視線の窓の外へと向けると、柄にもなくしんみりとそう呟く。
それを目にした由那は、先ほどの意趣返しとばかりに、優弥を弄りにかかる。
「なにナーバスになってるの。ああ、わかった。夏休みの模試の結果が悪かったのね。悩む必要なんてないじゃない。最初からわかっていたことだもの」
「ちきしょう。当たってるから悔しいけど、お前はいつも一言多いんだよ」
由那の言葉を受け、優弥は歯ぎしりしながらそう言い返す。
そんな彼の姿を目にして、僕は一応フォローに回った。
「まあ、悩んでるってことは、真剣にやってる証拠だよね。僕は良いと思うよ」
「お前はサッカー部時代、ほとんど悩んでなかったけどな」
「はは、そうだったかな」
優弥の指摘に苦笑しながら、僕は軽く肩をすくめてみせる。
一方、僕らの会話に興味をなくした由那は、いつの間にか部誌の並ぶ本棚の前へと歩み寄っていた。
「ここの文芸部って、きちんと活動していたのね」
「はい。その部誌はちょっと自慢なんです。言うなれば、文芸部の歴史みたいなものですから」
並べられた部誌の内の一冊を手に取った由那を目にして、如月さんは誇らしげな表情を浮かべる。
僕はずらりと並べられた部誌へと視線を移すと、如月さんに向かい確認するように問いかけた。
「歴史か……そういえば、文化祭は十一月だったよね」
「はい。藍光祭は例年十一月二週目ですから」
「だったら、原稿っていつまでに出せば間に合うのかな?」
如月さんに向かって僕がそう問いかけると、彼女は突然その場で硬直したかのように固まる。
「え、先輩もしかして……」
「まだなんとも言えないけど、せっかく入部したんだし可能ならね」
「ほ、ほんとですか。でも先輩プロだし、うちにお金は」
「はは、高校の部活なんだし、もちろんいらないって。それにどちらかというと、入ったばかりの新人なのに、部誌に書かせてくれって言う僕が、図々しい話だしね」
長い黒髪を振り乱しながらあたふたする如月さんに向かい、僕は苦笑交じりにそう告げる。
すると、部誌を手にしていた金髪の女性が、一つ頷きながら続いて声を発した。
「普通に考えればそうよね。で、表紙の入稿はいつまでかしら?」
「ゆ、由那先輩まで。いいんですか?」
「まあ、カラーってわけじゃなさそうだし、表紙絵一枚描くくらいならね」
由那は手にした部誌の表紙を眺めつつ、ニコリと微笑みながらそう口にする。
そうして僕たちの寄稿が相次いで表明されたところで、残された灰色の男が慌てて会話に参加してきた。
「おいおい。ちょっと待て、俺抜きで話を進めるなよ」
「あら、そういえばあなたもいたのよね。仕方ないから、最後のページにオマケってクレジットだけつけてあげるわ。安心しなさい」
「なんで俺だけそんな扱いなんだよ。俺も出すからな」
由那の発言に憤慨しつつ、優弥は高らかとそう宣言する。
すると、そんな彼に向かい、如月さんが驚きの声を上げた。
「ええ、先輩も小説書かれるんですか」
「おうともよ。これでもベコノベ作家としては、昴の先輩だからな」
白い歯をキラリと光らせながら、優弥は僅かに自慢気にそう口にする。
一方、後輩に当たるらしい僕は、そんな彼に向かい窘めるように口を開いた。
「というかさ、優弥は受験勉強忙しいんじゃないの。あんまり無理しないほうがいいと思うけど」
「心配いらねえって。すでに原稿はあるからな」
「どういう……ああ、そっか。なるほどね」
一瞬僕は何を言っているのかわからなかったが、彼が自らのことをベコノベ作家と名乗っていたことに気づくと、ようやくその意味するところを理解する。
「おう、かつてベコノベの日間ランキングにもかすったことのある異世界麻雀。もう世に出すことはないと思ったが、ついに封印を解く時が来たようだな」
「あのさ、高校生の部誌で麻雀なんて扱っていいのかな?」
「どうなんだ、愛ちゃん」
優弥はそう口にすると、この部の部長である如月さんへと視線を向ける。
そうして突然話を振られて動揺する彼女は、ある意味予想された回答を行った。
「いや、それは……わからないです」
「わかんねえか。でもまあ、推理モノ書けば殺人事件も出るわけだし、別に麻雀で人は死なねえから大丈夫だろう」
納得できるような出来無いような、よくわからない優弥の理屈。
それが披露されたところで、僕はあっさりと結論を出した。
「まあ、優弥のはダメなら削除ってことで」
「そうね。じゃあ、決まり」
「おい待てって。俺のが載らない可能性があるだろ、それ」
僕と由那の発言に対し、優弥は慌てて口を挟もうとする。
そんな僕らのいつものやり取り。
それを目の当たりにしていた如月さんは、急に目をうるませると僕たちに頭を下げてきた。
「先輩方、本当にありがとうございます」
「はは、やめてよ。如月さんは部長なんだからさ」
彼女に向かい、僕はすぐに頭をあげるよう促す。
すると、そんな僕に由奈も続いた。
「そうそう。少なくとも、一番下のそいつには頭を下げる必要はないわ」
「おい、いつの間に文芸部内でヒエラルキーができてんだよ」
勝手に序列を決められた優弥は、すぐに異議を申し立てる。
でも僕は冷静に考えた上で、彼に向かって口を開いた。
「まあ、加入したの一番最後だったしね。言うなれば、一番新人?」
「昴、お前まで……っていうか、同じ日に入るって決めただろうが」
「こういうのは、宣言が早いもの順よ。まあいずれにしても、例のコンテストが片付いてからの話よね」
由那のその言葉を耳にして、僕はその思考を目の前の壁へと向けた。
「そうだね。一次選考の発表がちょうど来週か」
「計算外のこともあったけど、受かっていると信じてるわ」
由那は僕に向かってやや心配げな眼差しを向けながら、そう言ってくる。
そしてあとに続くように、優弥が真面目な表情のままその口を開いた。
「リスク覚悟の上で、俺たちは勝負に出たんだ。これで一次を通過できたら、勝負手となる新たな第二の矢が打てる。何しろそのために、ぎりぎりまで更新話数を最低限にしてきたんだからな」
そう、応募規定で定められた文字数上限は五万文字。
だが一次選考を前にして僕たちが現在までに投稿したのは、選考基準をギリギリ満たす一万五千字に過ぎなかった。




