第十九話 作品づくりに必要なのものはデート!? 担当編集からのメールでやる気を出していた僕に対し、『フクつく』にリアリティを与えるため、女性物の服を見に行こうと由那が提案してきた件について
黒木昴様
いつもお世話になっております。
シースター社の石山です。
英雄放浪記ですが、ベコノベ版が順調そうでなによりです。
そういえば、先日お問い合わせ頂いておりました三年縛りの件ですが、ようやく意味がわかりました。士洋社の漫画原作に応募されているのですね。週間ランキングを見ていたら、黒木さんの名前があって驚きました。
作品としては女性漫画誌の原作ということもあって、全体的に華やかな作りですね。個人的には、女性の描き方が上手くなっている気がして、これが放浪記にも生かしてもらえたらなと思っています。
改めてになりますが、先日お答えさせて頂きました通り、当社では三年縛りのような規定は設けておりません。ですから、他社様での活動は特に制約がありませんので頑張って頂ければと思っています。
もちろん当社を最優先していただけたら、石山は嬉しいわけですが……ともあれ、これで黒木さんの名前が有名になれば、その分放浪記も売り上げが上がる気がしますし、やるなら受賞してくださいね(笑)
さて、その放浪記に関しましては、イラストレーターさんの選定を始めさせて頂ければと思っています。特にご存知の方がいらっしゃらないとの事でしたので、当社の方から何人かの方をご提案させていただく形にさせて頂きますね。
一応、来年の三月に発売のつもりで動いておりますので、改稿分を十一月初旬には提出いただけたらと思っています。
それでは頑張ってくださいね。
以上、今後とも宜しくお願いいたします。
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株式会社 シースター社
アシスタントエディター
石山 修
「へえ、担当にばれたってわけか」
「ランキングはいつも見てるって、前に電話で聞いていたからね。まあ妥当なところではあるけど……って覗かないでよ」
いつの間にか後ろに回り込み、僕の右肩越しにスマホを覗き込んでいた優弥に対し、僕は思わず注意する。
しかし当人は、まったく反省した素振りを見せなかった。
「そんなみみっちいこと言うなって」
「そうですよ先輩、先輩ならドーンと構えてですね。へえ、三年縛りって本当にあるんですね」
優弥とは反対側の肩越しで、いつの間にか僕のスマホを覗き込んでいた如月さんは、興味深そうにその内容を口にする。
僕の肩にかかった彼女の長い黒髪を少し手でどけると、やや投げやりな口調で彼女の疑問に答えた。
「レーベルによるんじゃないかな。僕は拾い上げだから、そういう縛りとかは関係ないけどね」
「まあ出版社も慈善事業じゃないからな。新人賞にかかる経費を考えれば、専属の契約を結んで欲しいのは仕方ないところだろう」
僕たちの会話を耳にして、いつの間にか元のソファーへと戻った優弥は、軽く両腕を広げながらそう告げた。
それを受けて、僕は正直な印象を口にする。
「ある意味、契約金の感覚なのかもね。僕は貰ってないからわからないけどさ」
「お前も新人賞デビューなら、今頃ウハウハだったのに」
「はは、この部屋に居てそんなこと言っても虚しくなるだけだよ」
タワーマンションの最上階に当たるこの部屋をゆっくり見回しながら、僕は優弥に向かってそう告げる。
そんな僕の発言に対し、部屋の主人は軽く鼻で笑った見せた。
「ミリオンセラーでも出したら買えるんじゃないかしら。その時はうんとおごってもらわないとね」
「音原、お前までこいつにたかる気かよ。俺が独り占めするはずだったのにさ」
存在しない僕の新人賞の賞金話でよく盛り上がれるなと思いつつ、僕は目の前の灰色の男にチクリと釘を刺す。
「心配しなくても大丈夫だよ、優弥。大学に受かりさえすれば、僕はちゃんと約束を守るからさ」
「そうやって、地味にプレッシャかけてくるのやめてくれねえか。受験生のメンタルは繊細なんだぜ」
「あら、私は別にいつ受験でも構わないけど」
優弥を見下すかのような視線を向けつつ、由那は勝ち誇った笑みを浮かべる。
それに対し優弥は、悔しさからかすぐにそっぽを向いた。
「お前基準で物事を決めるなよ、くそう」
「本気で編集者になりたいのなら、地道に頑張ることね」
「え、先輩って編集者志望なんですか」
由那の言葉を耳にした如月さんは、驚きの声を上げる。
それに対し、由那は意味ありげな笑みを浮かべてみせた。
「そうよ。だから無謀にも、慌てて受験勉強をしてるのよね」
「くそ、既に二人も俺がプロに育て上げたっていうのに、なぜ受験なんてしなけりゃいけねんだ」
「はは、育てたねえ。まあでも、今回もプロの編集さんと同じ指摘はしてきたし、本当に向いているのかもね」
「編集さんと同じ指摘ですか?」
僕の言葉を耳にした如月さんは、目を丸くしながらそう尋ねてくる。
すると、優弥がやや自慢気に自らの功を誇った。
「ああ、昴の女性表現が良くなったこと、俺が最初に気づいたんだぜ」
「気づいたのはね。結局のところ、一番は由那のおかげなんだけどさ」
僕は苦笑を浮かべながら、優弥の発言を軽く揶揄する。
一方、僕が名前を口にしたのが意外だったのか、由那が自分を指差しながら尋ねてきた。
「私の?」
「うん。ほら、この前に借りた漫画を読んでさ、だいぶ女性のキャラを書くとき感覚が掴めてきた気がするんだ」
「そ、そう。まさに私の計画通りね」
照れ臭かったのか、由那は僅かに言葉を詰まらせながら、敢えて優弥へとその視線を向ける。
「だからなんで俺に勝ち誇った顔を向けてくるんだよ」
「勝ったからに決まってるじゃない」
先ほどの照れはどこへやら、堂々とした口ぶりで、由那は優弥へとそう告げる。
途端、優弥は嫌そうな表情をその顔に浮かべた。
「最初からお前とは何も勝負してねえって。ともかくだ、個人的に昴の今回の作品で他に気づいたのは、ちょっと服の表現が頭でっかちな気がするってとこかな」
「頭でっかち?」
優弥の指摘をに対し、僕はその意味するところがピンとこず、わずかに首を傾げる。
すると彼は、意味ありげな笑みを浮かべながら、僕に向かって口を開いた。
「ああ。写真だけを見て、平面的に女性服を描いてる感じがするんだよ。もちろん文章だから感覚的な話なんだけどな。でもたぶんお前、女の子の服とか選んだことないだろ」
「小学生の頃に妹の服を選んであげたことはあるよ」
そう、妹が幼稚園に通っていた頃に、母に連れられて服を買いに行った記憶。
その際に、妹のトレーナーの柄を決めたのは、誰を隠そうこの僕であった。
だが、そんな黒木家の微笑ましい過去を、優弥はバッサリと切って捨てる。
「小学生の頃の話はノーカンだ。というか、そん時の服選びの記憶がお前の作品に使えるか?」
「そう言われると、あまり役には立たないかなぁ」
「だろ。それが文章から透けて見えるんだよ」
そう言われると、僕も反論のしようがなかった。
確かに、小説では女性主人公がセンスのある服を服飾の理論から選んでいく描写を描いている。
しかし作者たる僕には、自分の服もサッカーのジャージのメーカーくらいにしか特にこだわりがなかった。
そんな僕の悩み。
それに気づいたのか、由那が急に顔を上げると、少し顔を赤らめながらその口を開く。
「つまり本を通して以外で、女の子の服を知らないことが問題というわけね」
「まあ極端に言えばな」
「なら対処は簡単ね。行きましょう」
「行く? 行くって何処に?」
彼女の言葉の意味するところがわからず、僕はそのまま問い返す。
すると彼女は、人差し指を軽く突き立てながら、僕に向かって言葉を返してきた。
「女の子の服を知るために一番適した場所によ」
「ああ、なるほどな。つまり音原は、服を一緒に買いに行く口実が欲しかったわけだ」
由那の発言を聞くなり、優弥がニヤニヤした表情を浮かべながら、意味ありげなことを口にする。
途端、由那は僅かに声をどもらせながら、首をぶんぶん左右に振った。
「そ、そんなんじゃないわよ。勝手に理由を解釈しないでくれる」
「えっと、これは私も遠慮した方がいい場面なのでしょうか?」
僕たち三人を順に見ながら、如月さんは誰に言うとも無くそう呟く。
それを自分への言葉だと解釈したのか、由那は慌ててその口を開きかけた。
「だからそんなんじゃないの。私はただ単純に――」
「そうだね、由那が服を買いに行くなら、荷物持ちくらいはするよ。そうでもないと、女性の服のお店なんかにとても入れないからね」
流石に僕も年頃の高校生である。
彼女がなにに気を使っているのかあっさりと看破してみせた。
しかし、そんな僕の発言を耳にするなり、優弥が由那に向かって意味のわからぬ言葉を投げかける。
「……音原、お前もけっこう大変だよな」
「止めて。貴方の同情、すっごく虫酸が走るから」
由那はそう口にしながら、その日一日はずっと、なんとも言えぬ表情を浮かべ続けることとなった。




